鉱物資源の秘密:地質学と宝石学の世界(13)アクアマリン II
前回の #アクアマリン に関する記事では、 #アフリカ (#モザンビーク)現地で私が行った原石の選別作業が予想外に重労働だったことをお話ししました。鉱物資源の専門家である私でも、この種の作業に関する書籍や教材はほとんど目にしたことがありませんので、この話は多くの方にとって意外だったと思います。このような情報が少ない理由はいくつかあります。
まず、原石バイヤーへの配慮が必要な点を挙げることができます。上級のバイヤーは、私がトップ1%の原石を自分用に確保していることを常識として理解しています。そのため、彼らはどのようにしてその1%を引き出せるかが、原石取引交渉の出発点となります。
一方で、上級に至らないバイヤーは、購入する原石が最高級品ではないと知ると不快に感じることがありますが、目利きができないバイヤーに対しては、どんなに質が劣る原石でも『これが最高級品です』と言って販売することもあります。
しかし、私と同等に目利きできるバイヤーが相手だと、『この程度の原石しか仕入れられないのは鉱脈が悪いからだ』とか『セカンドグレードの原石しか手に入れられない無能な採掘者だ』と誤解されるリスクがあるため、バイヤーの能力を見極めることが非常に重要です。
バイヤーの能力を見極めるのは意外と簡単です。実力のないバイヤーほど散発的な知識を多く語ります。他にも、どのようなルーペを使用しているか、ルーペやピンセットの扱い方、原石を観察する動作などから、相手の能力はすぐに把握できます。
大統領や州知事の紹介で来たり、有名な宝石商の団体に所属していたり、宝石鑑定師の資格があるかどうかは、それほど重要ではありません。私の経験では、このような条件を満たすバイヤーほど、目利きの能力が低い傾向にあります。要するに、自分の経験や感性で宝石を扱っているか、何らかの権威に依存しなければ何もできない人かの違いです。
また、 #宝石 としてではなく #スピリチュアルストーン として販売することを目的とするバイヤーにとって、宝石グレードの原石は関心の対象外となります。私が宝石として価値がないと判断し、売値よりもカット料金の方が高くつく、カットする価値のない原石であっても、 #ニューエイジ 思想や #ヒーリングストーン を求める顧客層に対して、さまざまな #スピリチュアル な説明を付加して原石のまま販売する業者が多く存在します。意外に思われるかもしれませんが、最も利益率が高いのは、子供たちを対象とした原石販売業者です。
日本では子供たちを対象にした宝石販売会が頻繁に開催され、どこも大盛況です。学術的な観点から、子供たちが様々な宝石や貴石に興味を持つことは、彼らの知的好奇心を刺激し、神話、文学、鉱物学、地球化学、結晶学、物理学、資源学への関心を引き出すきっかけになります。そのため、高価な宝石だけが価値があるわけではなく、価値を理解せずに宝石を購入する人々よりも、様々な石をコレクションする子供たちの方が、 #鉱物資源の魅力 を良く理解していることが多いです。
さらに、 #宝飾品 とは言えない品質の宝石や貴石でも、芸術的な #アクセサリー へと昇華させる #ジュエリーデザイナー の労力や情熱、想像力、デザイン能力は尊敬に値します。
私が提供している情報がほとんど知られていない理由は、他にも宝石関連の情報発信源の問題もあります。 #ジュエリー を販売する業者は、採掘現場での過酷な労働や、宝石研磨職人の搾取についての話題を避けがちです。当然のことながら、婚約指輪や結婚指輪、その他のアクセサリーを販売する際に、『この宝石がここに至るまでには、採掘現場で労働者が酷使され、カット職人が一日千円で搾取され、採掘権を巡る争いで何千人もが命を落とし、採掘権者が連続して暗殺された血塗られた歴史がある』と説明されたら、そのような宝石を購入したいと思う顧客はほとんどいなくなるでしょう。
一方で、人権団体や環境団体は、採掘現場や研磨工場での人権問題や環境問題に焦点を当てていますが、私が宝石を分類する際に直面する原石分別作業時に眼が痛くなる問題は、彼らにとっても、宝石業者にとっても、関心の対象外なのです(笑)
今回は原石の分別作業について話したついでに、 #宝石鑑定 の基礎知識にも軽く触れます。宝石鑑定は非常に広範な分野で、それぞれの石について何冊もの書籍が書かれるほどの膨大な知識があります。従って、ここで紹介する内容は、初歩的な内容に過ぎません。
私が携わる専門分野は非常に多岐にわたります。以下の説明を通じて、私が情報工学、 #半導体 、地球化学、鉱物資源学、エネルギー学、環境学、農学、薬学など、多様な領域に関わっている理由が理解し易くなると思います。これらの学問領域は一見無関係に思えるかも知れませんが、実は基礎的な部分で多くの共通点を持っています。
宝石鑑定の目的は何か?
宝石鑑定は、宝石の真贋、品質、価値を評価し、その特性を正確に識別するために行われます。このプロセスは複数の目的を持ち、様々な角度から宝石にアプローチします。以下に、宝石鑑定の主な目的を説明します。
1.真贋の識別
真実性の確認:宝石が天然物か合成品か、または模造品かを判断します。市場には天然宝石を模倣した合成石や模造石が出回っており、これらを正確に識別することが重要です。また、宝石の多くがガンマ線照射や加熱処理によって色合いや透明度が向上されることがあり、日本で市販されている宝石の大半は加熱処理を施されています。
宝石鑑定において、依頼人は鑑定項目を指定し、加熱処理の有無などを確認することも可能です。加熱処理された宝石の価値は購入者の好みに左右されますが、私はタンザナイトを除く加熱処理された宝石を無価値と考えます。さらに、 #エンハンスメント処理 (加熱やオイル含浸処理)や #トリートメント処理 (これらはもはや天然石とは呼べないもの)と呼ばれる、曇りやヒビのある宝石にガラスや樹脂を注入して見た目を改善する処理があります。日本で販売されている宝石の90%以上がエンハンスメント処理を施されていますが、これらも私にとっては無価値です。これは個人の好みの問題にも関わりますが、例えば美容整形と厚化粧を施した人と、素顔でシンプルな服装の女性との好みの違いに似ています。
2.品質の評価
4Cの評価:特にダイヤモンドに関しては、カラット(重量)、カラー(色)、クラリティ(透明度)、カット(切断・研磨の品質)の4Cに基づいて品質が評価されます。
他の宝石の品質評価:色石( #カラーストーン )においては、色、透明度、カット、そして場合によっては産地も、品質評価の重要な要素となります。カットには主に、多面体に加工された #ファセットカット と、ドーム型の #カボションカット の二種類があります。海外では、日本の宝石職人のカット技術が時として素人同然と見なされることがあります。これは、例えば、58面体のラウンド・ブリリアント・カットのようなダイヤモンドのカット面が揃っていないためです。また、結晶面に逆らってカットすることも一因です。カボションカットの場合でも、カット職人の技術が不十分だと、スタールビーやキャッツアイなど、特定の光の効果を持つ宝石の特徴が中央からずれたり、曲がったりしてしまうことがあります。
3.価値の鑑定
市場価値の推定:宝石の品質、希少性、需要に基づいて、その宝石の市場価値を推定します。投資目的や保険のための評価も含まれます。
4.安全な取引の保証
信頼性の確保:鑑定書は取引において重要な役割を果たし、購入者と販売者の間の信頼関係を築きます。例えば、 #ラリマー のような石に関しては、ラリマー鑑定協会のような団体が存在しますが、彼らが鑑定の本質を理解していない場合があります。鑑定された石が封印されていなければ、開封後に偽物とすり替えられる可能性があります。そのため、封印していない石に鑑定書を発行する団体は、その鑑定の意味がないと言えます。
詐欺の防止:正確な鑑定により詐欺的な取引を防ぎ、消費者を保護します。日本には鑑定知識を持たない、鑑定団体を名乗る組織が多数存在します。鑑定者の資格も重要な要素です。
5.歴史的・地質学的情報の提供
産地の特定:特定の宝石がどの地域から採掘されたかを明らかにすることができます。これはその宝石の歴史的価値や地質学的特性を理解するのに役立ちます。私が産地を気にしない理由は、自分の会社で掘っているため、産地を間違えることがないからです。しかし、新興国での出荷手続きにおいては、鑑定所によって自分が採掘した石と偽物が入れ替わる可能性があります。また、カット工場で偽物とすり替えられるリスクもあります。そのため、カット前の原石の特徴や内包物( #インクルージョン )のパターンを全て記憶し、カット前後の形状をシミュレーションする能力と、関係者との信頼関係の構築が極めて重要になります。実際には、採掘からカットまで一貫して手掛ける業者は稀で、通常は採掘者と最終消費者の間に多数の宝石商が介在します。宝石を合法的に扱うためには、採掘地での税金の支払いから始まり、輸入時の関税や消費税まで、多額の税金が伴います。これらの税金を支払わない取引は脱税行為であり、産地証明ができない原石は盗掘の可能性があります。それにもかかわらず、実際には多くの宝石に産地やオーナー履歴の証明書が付いていないことが一般的です。それでも、高度な鑑定技術により、ほとんどの情報がなくても産地を特定できるのが宝石鑑定の領域です。
6.コレクション価値の向上
コレクター向けの情報提供:コレクターは、特定の特性を持つ宝石を求めており、鑑定によってその宝石の特性を詳細に知ることができます。
7.研究目的
科学的知見の拡大:宝石鑑定は、宝石学や地球科学の分野における研究に貢献し、新しい知見や技術の発展を促進します。
宝石鑑定で使用される装置や器具
宝石鑑定には、高度な技術、精密な機器、そして専門的な知識が必要です。これにより、宝石の価値を正確に評価し、消費者や業界の信頼を確保することが可能になります。
成分、内包物、色、純度などを詳しく分析するために、様々な高度な装置や器具が使用されます。これらの装置は宝石鑑定専用のものだけでなく、半導体の研究・開発、地質学、広範囲にわたる科学的研究で頻繁に使われるため、多くの科学者にとって身近なものです。
ルーペ(10倍拡大鏡):宝石の表面や内部の特徴を拡大して観察し、内包物、傷、加工の質などを評価する基本的なツールです。
偏光顕微鏡:宝石の光学的特性を調べ、内包物の種類や結晶構造を観察し、合成宝石や模造品を識別するのに役立ちます。
分光光度計:宝石が光をどのように吸収、反射するかを分析し、宝石の色の原因や特定の元素の存在を検出します。
蛍光X線分析装置(XRF):元素の種類と量を非破壊的に分析し、宝石に含まれる微量元素を特定し、起源や処理の有無を判断します。ハンドガンタイプの携帯用簡易分析装置は、主要な成分の分析に十分実用的です。卓上型はより高価ですが、詳細な分析に用いられます。
赤外分光光度計:宝石の化学組成や内部構造を調べ、特に有機質宝石(真珠、珊瑚、琥珀)の鑑定に有効です。
紫外可視分光光度計(UV-Vis):宝石が紫外線から可視光線の範囲で光をどのように吸収するかを分析し、色の起源や特定の処理を識別します。
ラマン分光光度計:物質の分子構造を調べ、宝石や鉱物の同定、内包物の同定や結晶構造の分析に役立ちます。
電子顕微鏡:高解像度で宝石の表面や内部の微細構造を観察し、内包物の詳細な調査や細かい加工の痕跡を検出します。
エネルギー分散型X線分析装置(EDXまたはEDS):宝石に含まれる元素の種類と分布を分析し、色の変化や処理の有無を判断します。
光学分光光度計:宝石が特定の波長の光をどのように透過または反射するかを測定し、宝石の色や透明度の特性を詳細に分析します。
レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置(LA-ICP-MS): 微量の物質をレーザーで除去し、その組成を高精度で分析し、宝石の起源や加工履歴を特定します。
熱重量分析(TGA):物質が加熱される際の質量変化を測定し、宝石に含まれる水分や他の揮発性成分の量を特定します。
差分走査熱量計(DSC):物質が加熱される過程で吸収または発散する熱量を測定し、宝石の熱的性質を理解するのに役立ちます。
これらの装置を使用することで、宝石の真贋判定、種類の同定、処理の有無の確認など、様々な情報を得ることができ、宝石の価値を正確に評価するために不可欠です。これらの手法は、単独で使用されることもあれば、より確実な判断を下すために複数組み合わせて使用されることもあります。特に、高価値の宝石に関しては、その真正性を確認するために、複数の手法による検証が行われることが一般的です。
それぞれの装置の動作原理や何を分析しているかについては、宝石鑑定の章で詳しく説明します。