『蟹につままれた話』/掌編小説
蟹につままれた。
指や鼻をはさまれたのではない。
大きな蟹が、砂浜にしゃがんだ僕の袖をちょいちょいと優しくつまんで引っ張るのだ。
僕の服を傷めないように、ハサミの力加減を調節しているようだ。
なんだか分からないが、いじらしい。
蟹は僕をどこかへ案内したいようだった。
なんだろう。僕はこの砂浜できれいな貝殻を拾っていただけで、悪戯な子供たちに虐められていた蟹を助けたわけでもない。
きれいな貝殻をいくつか拾って満足していた僕は、素直にこの蟹に着いていくことにした。
蟹は横歩きで砂浜を進んだ。
いつの間にか砂丘のような砂山までたどり着くと、そこには小さな蟹と猿がいた。
猿は小さな蟹に向かって、しきりにまるまるとした柿を投げつけていた。この小さな蟹は僕をここに連れてきた蟹の子供かもしれない。助けてほしくて僕を呼んだんだな。
そう思った僕は、猿と小さな蟹の間に割り入って、飛んでくる柿を片手で受け止め、猿へ投げ返した。当てるつもりはなかったが、猿を追い払うためだ。
驚いた猿はキィキィと何かいっているようだったが分からない。蟹はお礼に手のひらに包めるくらい大きな輝く真珠をくれた。
真珠の眩しさに思わず瞬きすると、僕は刀を腰に差して日本一の旗を背負った桃太郎だった。
いきなりきび団子を投げつけられた猿は驚き目を丸くしている。
僕はなにをしているんだ?今朝おじいさんとおばあさんに見送られ、鬼退治の旅に出たはずだ。砂浜で貝殻など拾っていない。
おばあさんの美味しいきび団子で猿を手懐けて、お供してもらおうと思っていたのに。僕にきび団子を投げつけられた猿は、怯えて山道を50メートルくらいあとずさりしている。訳がわからなかったが、ふと重さを感じて手元をみると、いつの間にか大きな沢蟹が袖にぶら下がっていた。
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