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学習理論備忘録(26) 『どうにもとまらない』


(続き)

コーヒーを飲んで心拍数が上がった後にパニック発作になるが、自分が安心できる人といるときにはパニック発作は起こらないとする。

もともといっしょにいれば安心する。そういう人のお陰で発作が起こらなかったのであればこれは A+/AB- の条件づけがなされたということにはならない。学習されたのではなく、不安とリラックスが両立しないで打ち消されているのだ。だからこれは条件制止ではなく逆制止と呼ばれる現象である。


ところで薬は、パニック症になる前は、お医者さんに処方もされていなかったであろう。だからパニック症になった後に、通常発作が起こるようなところで薬を飲みパニックにならないとき、学習がされる。 A+/AB-  の「条件制止」が成立する。

つまりパニック症の治療につながる新たな学習が成立した、ということになる。


ちなみにこの勉強会をしきる原井先生は、ここでパニック症の治療薬としてのうつの薬、抗うつ薬の話をした。SSRIなどの抗うつ薬は不安の閾値を上げるとされている。だから抗うつ薬を使っても発作は起きにくくなる。ただし、飲んでからすぐに効果が現れないため、学習が成立しづらい。

医師は、不安を止める抗不安薬の有害性を知っているので、抗うつ薬のほうを患者さんに勧めるかもしれない。だがその手応えを感じていない患者さんは、抗うつ薬を服用することに熱心にならないかもしれない。

抗うつ薬を飲むのをやめたり、また飲んだりということを繰り返すと、その効果を実感できるかもしれない。何度か再発をするという手痛い犠牲はあるが、実際に怠薬を通して薬のありがたさが判る患者はいる。


パニック症の病理について述べておく。

・パニック発作自体はだれにでも起こる(二酸化炭素や乳酸を利用してパニック発作を起こすことが可能である)
・パニック発作を起こしやすい体質の人がいる
・窒息発作、心臓発作を恐れる人がいるが、そういったことと関連していると思われる
・閉所恐怖とも関連しているという説もある。洞窟などに閉じ込められた際に、いち早く窒息の危険を察知し、そのような状況を避けることで生き延びられた、という進化心理学的な説明がつけられる。
・恐怖して当然な状況でパニックになった人は、その状況がなくなれば安心する。つまりパニック症にはならない。だが、明らかな理由もなく突然発作になる人がおり、そういう経験をした人は、その後パニック症になる確率が高い
・その理由は、発作を本当に起こすものと、発作には関係ないものを正しく見分けられていないからである。パニックと体のささやかな変化(心拍数の増加、呼吸数の増加)を、発作の兆候だと誤解してしまう。
・そのようにして「パニックになるかも!なりそう!」という予期不安の下で発作を迎えることがほとんどである
・やがて、パニックを起こしそうな状況そのもの(運動、激しい呼吸)を避けるようになってしまう(回避)
・その結果、 A+/AB- が成立することがない
・回避のために、生活がうまくいかなくなり、うつになる、といった悪循環に至る(パニック症)

怖い状況を避けつづけることが、本来治りやすい病気を延々と長引かせ悪化させる原因である。


以上の病理を踏まえ、条件制止を使い、安全の手がかりを提供するという治療が推奨される。ただ、最後に注意喚起として、条件制止は条件興奮より長続きしない、ということが述べられている。用意した安全な手がかりが長く使われなければ、また一時的に再発するかもしれない。




次は強迫症の話を。

「〜しなければならない」という強い考えである「強迫思考」はたいてい、嫌悪感を催す状況で起こる。例をあげると、


その1
汚れたお金を渡すと相手に細菌をうつしてしまうと考え、お金を洗う患者がいた。主治医は性に関することを尋ね、患者のその罪悪感・汚れの感覚が、お金を洗うという症状に繋がっていると考えた・・・

これは、フロイトがねずみ男(*1)の症例報告で述べたことと書いてある。


その2
人々が生き霊で人が死んだと言う噂をしていた。それを真に受け、自分がいつのまにか殺した、と嘆く。服や髪にお祓いの芥子の香りが染み込んでいるような気がしてきて、髪を洗い、着物を着替えるようになる・・・

そう源氏物語、六条御息所である。


「汚れ」を洗い清めるという考えは日本独自のものと思われている節があるが、嫌悪は汚れの感情と強く結びついており、それが体やものを洗うという反応に繋がるのは万国共通である。


その3
患者が、王を計画的に暗殺したことについてのうわごとを言うのを、医者が聞いていた。患者は、暗殺のとき彼女の手についた血の汚れの感覚を訴え、強迫的に手を洗う。心の重荷のせいで病になっている、と医者は結論づけた・・・

マクベス夫人だ。



皆嫌悪感を、本当の理由ではなく、もっともらしい別のことに帰属(原因があると考えること)した。その反応として洗浄しているが、そんな象徴的なことをしたところで、嫌悪感は洗い長せない。

A+/AB-

の条件制止にはならない。



何らかの刺激によって汚れた感じ、「汚染の感覚」というものは、普通は、刺激を受ける前の汚れていないときの感じにすぐ戻るものだが、ここで、それが戻りづらい個人がいる、という仮説を立ててみる(Rachman,1994)。いつまでも「汚れた感じ」がして解放されることがないのだ。このようなタイプの人は、以下に示す流れで強迫症になる。

「嫌悪感/汚れ」を経験した → すでに嫌悪感を和らげる行為として学習している「手洗い」をする → 「嫌悪感/汚れた感じ」から一時的に解放される → だが継続的な「汚染の感覚」は残る → 手を洗う

これを繰り返す

やがて  強迫症になる

それでも手洗いが唯一の解決策だと思ってしまうのだ。実はかえって苦しむ原因であるのに!

単に「体が汚れてしまった」と思って手洗いをくり返す強迫症の人には、その汚れたという認知を変える認知行動療法(CBT)が効く。だが、汚れている感覚が一時的では収まらずに残ってしまうタイプでは、そう単純にはいかない。。



さてここからはオマケである。自作を恐縮しないで、バリバリに宣伝をする。引っ越し作業中に高校生のときに書いたホラー小説(というかショートショート)が出てきたので別垢にアップした。書いた当時評判は良くなかったが、今読んで、強迫症の確認や儀式についてよく描かれているな、と思ってしまったのである。


" 常にある背後への恐怖から、一時期変な癖がついた。壁があるとそこに背中をつけるというものだ。これなら背後から何かが襲って来れまいという訳である。こうすることによって安心を覚えるようになった。一時期、そう一時期だった。さっきも言ったように恐怖というものは、考えなくてもよいことを考えて自分を苦しめる形で大きくなる。壁をすりぬけて背後を襲われるのではと考えたが最後、壁に背をつけても恐怖は離れなくなった。
 私はよく振り向くようになった。背後に何かがいるーーような気がする。何もいないということは頭では十分理解できたのだが。背後を確認することによって、背後への恐怖から解放されるような気がした。再び前を向く。また背後が気になる。振り向く。これを繰り返す。"



当時は強迫性障害(いや、強迫神経症という言葉のほうがメジャーな時代かも)なんて言葉や概念は知らなかった(*2)のに、本稿で書いているようなことがしっかり描かれている。奇しくも、精神科、なんて言葉も出てくるので笑ってしまう。

構成概念による恐怖条件づけがつく年頃の子(?)が、ブギーマンというものを恐怖するようになった。確認強迫の起源が恐怖にある、という想像上のケースである。強迫症を描いた名作として、マクベス、源氏物語に並べておく。



Ver 1.0 2021/3/11

Ver 2.0 2021/3/12 話の流れをぶったぎっているのが嫌で、注を脚注に変えた(このへんのこだわりは強迫っぽいナ)。またその内容を、原井先生に教えてもらったことを踏まえ少し改めた。
また、CBTが効くという話は単純ではなく、同じ強迫でもかなり違う対応が必要になるので、最後を書き改めた。

Ver 2.1 2021/3/19 次の稿にあった自作のホラー小説を、こちらにオマケとして持ってきた。脚注の位置を変えた。

Ver 2.2 2021/3/26 (*1)に書いたが、ねずみ男の記載を変えた。

Ver 2.3 2022/4/6 少しだけ文章を修正した。


(*1)ねずみ男は精神科の中でもっとも有名な症例と言ってもよい。その症例報告の翻訳が絶版で見つからなかったのだが、フロイド全集に載っていたのを見つけた。ただ、Learning and Behavior therapy の記載とはずれがある。どこかに誤訳があるのだろうか?
そういうわけで、ねずみ男の記載を、少し削った。


(*2)あと、原井先生に指摘されて気づいたが、主人公はブギーマンという言葉を初めて知ったときのこと(エピソード記憶)を10年たっても覚えている。たとえば「テニスって言葉をいつ覚えました?」と聞かれても、これは意味記憶というものなので、普通の人は答えられない。
ところが強迫症の人は、たとえば「強迫症」という言葉をいつ知ったかと聞くと、エピソード記憶として、いついつです、と答えられることが多い。こんなこともこの小説では踏まえていたのである(さすが俺)。


 

学習理論備忘録(25)はこちら。



(27)はこちら。



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