映画『ラストマイル』感想 物流が繋ぐ人々の絆と欲望
社会派メッセージとエンタメの高度な結実を実現した傑作。映画『ラストマイル』感想です。
TVドラマ『アンナチュラル』『MIU404』を手掛けた塚原あゆ子監督と、同ドラマの脚本家・野木亜紀子さんがタッグを組み、両シリーズと同じ世界線で起きる事件を描いた作品。両シリーズのキャラクターも端役で出演しているのがドラマのファンにとっても大きな売り文句になっています。
このドラマ2作品とも好きな作品だったというのもありますが、何よりも野木亜紀子さんの脚本作品は、現在のトップに位置するものであり、きちんとエンタメしながら、誠実なメッセージを投げかけるその姿勢を非常に評価しているので、とても期待しながら観させていただきました。
ドラマ2作品と連なる世界ということで、よくあるTV放送の続編を劇場版で、という手法に見えてしまいますが、本筋の部分では全く2作品のドラマは関係なく、未見の人でもしっかりと理解出来る作りになっています。ただ、ドラマを観ている人にとっては、それぞれのキャラクターがどのようにこの物語で機能して、この事件にどのような役割を果たしているかが、短い登場時間でも堪能出来るものになっているんですよね。未見の人を置いてけぼりにせず、ドラマファンの期待にも応える辺り、非常にバランス感覚が優れた割り振りをしていると思います。
物流業界というサスペンスの舞台にするにはあまりに地味な題材ながら、きちんと大衆受けするようなエンタメに仕上げつつ、「2024年問題」と呼ばれた物流ドライバーの現実問題をメッセージに込めているのも、野木亜紀子作品らしい見事な脚本になっています。
登場人物も多いし、情報も二転三転する物語でも、きちんと一本筋道が通って見えるのも、本当に職人芸的な美しさを持つストーリーテリングであり、レベルのケタが1つも2つも違うものを感じさせます。
予告やCMなどの事前情報の印象だと、エレナと孔がバディとなり、ネットショッピングで働く人々がプロフェッショナルのプライドを見せる、みたいな印象を受けていたのですが、全くそれは見当違いであり、昨今はもはやインフラ装置と化しているネットショップという仕組みそのものを、完全に批判する視点で作られた物語になっています。
実際の物流倉庫をロケ地として、撮影されたオープニングも悪い意味で凄まじいですよね。日々、労働者がイベント客のように列をなして働きに向かう様は、チャップリンの『モダン・タイムズ』のように戯画化された映像に見えますが、これは実際の労働に近いもので、非常に異様なものとして映ります。
これをコントロールする社員が、10人に満たないというのも、ちょっとギョッとしてしまいます。作中の演出のために少なく設定していると思いたいくらいに、致命的な労働体制に感じられました。
エレナも孔も、序盤は共感しにくい人物像に思えます。孔の何が不満なのかわからないまま、心を閉ざしている感じがなかなか明かされることなく、岡田将生さんの整った顔立ちが逆に冷たい演出となって、あまり感情移入が出来ないものになっています。
そしてメイン主人公のエレナも、事件当初から自分の会社利益が最優先で、正直倫理観がバグっている人間になっています。むしろ、この作品においては「悪役」に見えてしまうんですよね。「満島ひかりさんの演技にしてはハマっていないなー」なんて思っていたのですが、この前半部分がちゃんと前フリになっているんですよね。
中盤で、エレナがどういう人間なのかが明かされていくわけですが、ここで初めて感情的になる場面で、満島ひかりの演技がついに全開になる瞬間があります。ここで鳥肌が立つほど瞬間的に感情が流れ込んできて、泣きそうになってしまうんですよね。全てはこの瞬間のためにあえてチューニングをズラした演技をしていたように思えました。脚本のやり方として非常にクレバーだし、それにきっちり合わせる演技が出来るのも天才的だと感じます。
この中盤辺りから、事件の真相解明と共に、物流業界の問題点、どこに歪みが生まれて、どこに疲弊や傷が生まれているのかが焦点になっていきます。そこでエレナや孔のスタンスが人間的なものにシフトしていくことで、完全に物流業界の体制がおかしいという主張になっていっているように感じられました。
そして、エレナと孔が人道を重んじる形にシフトしていくことで、この非人道的な犯行であるはずの事件の動機とリンクしていくというのも、ドラマとして精巧な脚本だと思います。ともすれば、この犯行を肯定してしまう側面があるわけですが、あくまで犠牲者を出さないように努める主人公2人の姿が、ギリギリで作品を倫理的に正しいものにしているんですよね。
まあ、爆弾の威力から考えると被害規模が少ないとか、動機に同情的な部分があるとはいえ、このテロを起こすのは悪質過ぎるとか、ちょっと瑕疵的な部分は否めない物語になっています。この辺りは映画とドラマのリアリティラインの違いによるものに思えます。ドラマだとフィクションとして楽しめるリアリティの無さが、映画だとなぜか現実味がないと気になってしまうものなんですよね。
ただ、これだけの登場人物を扱いながら、その全てに役割を持たせて、結末まで一本に持っていく脚本は、やはり驚嘆に値するものだと思います。色々な人間がいて、それぞれの役割が繋がっていくというのも、物流業界の働きそのものを描いているように思えます。
何かに似ているような既視感がありましたが、観終えてしばらくしてから『機動警察パトレイバー』の劇場版1作目の影響もあるんじゃないかと思うんですよね。様々な働く人々が役割を果たしていくのは『パトレイバー』の漫画やアニメで描いているテーマだし、知っている人にはちょっとネタバレになりますが、犯人の結末も劇場版1作目に近いものを感じさせます。
大団円で終わらせることが出来るはずなのに、ちゃんと怖さを感じさせてスッキリさせないのも、この作品の場合では非常に誠実なものに感じられます。結局、物流業界が疲弊し続ける態勢は変わらないし、待遇改善を描いていても、あくまでフィクションの中の「お話」なわけで、現実に生きるこの社会は、作中で伝えようとした問題は解決していないんですよね。それがわかっているから、現実社会へのメッセージとしてあの終わり方をしているんだと思います。
自分としては、ネットショップは極力使わず、宅配便も不在にならないようにしていて、システムには抵抗しているつもりですが、ここまで広まるといずれは頼らざるを得ない状況になる可能性はあると思います。利用する人の便利さだけでなく、そこで働く人や、誰かへのシワ寄せがないような社会の仕組みを考えていかなければならないことを痛感するメッセージでした。