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映画『ベイビー・ブローカー』感想 脚本の穴を遥かに上回る感動的なメッセージ

 クライマックスの1シーンだけでも、山ほどのお釣りがくる作品。映画『ベイビー・ブローカー』感想です。

 土砂降りの雨の夜、とある教会施設の赤ちゃんポストに、若い母親ムン・ソヨン(イ・ジウン)が赤ん坊を置き去りにする。赤ん坊は、ハ・サンヒョン(ソン・ガンホ)とユン・ドンス(カン・ドンウォン)が保護するが、2人は、赤ちゃんポストの子どもを盗んで、子どもの恵まれない夫婦に斡旋する裏稼業を行っていた。
 翌日、教会施設に戻って来たソヨンが、赤ん坊が居ないことに気付いて警察に通報しようとしたため、2人はソヨンに接触、「大切に育ててくれる家族を見つける」という名目でソヨンを説得し、報酬は分け合うことを誓う。ソヨンは呆れながらも、2人の提案を受け入れ、養父母探しの旅に同行することになる。一方、サンヒョンとドンスの裏稼業に目を着けていた、刑事のアン・スジン(ペ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)も、現行犯逮捕を狙い、3人の車を静かに追いかける…という物語。

 日本を代表する映画監督の1人である是枝裕和監督による最新作。『万引き家族』の世界的な成功から、前作『真実』でのフランス撮影を経て、今作では韓国撮影と、活躍を海外に広げています。今回は映画祭で挨拶したソン・ガンホと話した際に、いずれ出演を、と話していたのが、そのまま企画となっていったそうです。
 
 作品のテーマは、『万引き家族』と同じく、既存のものではない新しい形の家族を模索する物語になっています。是枝作品、若しくは映画作品に限らず、昨今の物語は血縁以外での繋がりを描く作品が増えているような気がしますね。そういう意味ではトレンド的なテーマといえるのかもしれません。
 
 ドキュメンタリー出身の是枝監督の手法は、出演者のあるがままの姿を撮影して、その一場面を物語に当て込んで創り上げていくというものだったと思いますが、今作ではそのドキュメンタリー的な手法は少し減っているように感じられて、物語自体も作劇的な要素が強くなっているように思えました。
 基本はサンヒョン、ドンス、ソヨンと赤ん坊に、ドンスが育った養護施設の少年ヘジン(イム・スンス)が加わって旅を続けるロード・ムービーになっていますが、生活を描くのではなく移動し続ける姿を描いているせいか、いつもの本当の関係性になっているかのような描写が薄れているように思えました。もちろん、赤ん坊が柔らかくソヨンの髪に触れる仕草など、演技しているかのような奇跡の瞬間もあるのですが、今作では作られた物語だという部分の印象が強いものになっています。
 
 さらに、ロード・ムービーにしては登場人物たちの背景が複雑過ぎて、ちょっとゴチャゴチャしているように感じられるんですよね。家族と離れてしまったサンヒョンや、赤ん坊を施設に置き去りにされた幼少期の自分と重ねるドンスはわかりやすい設定です。だけど、ソヨンが赤ん坊を手放す背景のヤクザ絡みの件はサスペンス要素もあるし、刑事のスジンが子どもを望めない身体(恐らく)であるというのも、ドラマ性としては申し分ないのですが、ちょっと詰め込み過ぎていて、ひとつひとつを丁寧に見せてもらえないかという気持ちになってしまいました。
 そして、登場人物たちはその背景を抱えつつも、のんびりと旅を続けるロード・ムービーなので、要素が詰め込んでいる割には、なかなか話が進まない感じにもなっています。
 
 終盤の畳みかけるような展開も、クライマックス感はあるのですが、この辺りの背景を上手く情報処理出来ていない状態で迎えたため、それぞれがどのような心情で動いていたのか、今一つ理解できないまま結末となっているように感じてしまいました。
 サンヒョンが最後にとある行為をしたようですが、サラッと流されたような描写で、観ていたときには気付けなかったんですよね(観終わってから、他の方のレビューを読んで気付きました。お恥ずかしい)。この行為は、はっきりと描写すべきだったと思います。
 
 今作は、『万引き家族』と構造はよく似ていると思います。『万引き家族』では、生活苦から致し方なく犯す窃盗だけでなく、生活苦とは関係ない罪としての窃盗をしている姿も描かれていたので、あの家族が解体することに説得力を持たせていたと思います。
 今作でも、犯罪行為自体は罰せられる展開となるのですが、先述の「要素詰め込み過ぎ問題」があるので、ベイビー・ブローカーという犯罪行為がちょっと後ろにいってしまっていないかと思うんですよね。これなら、ブローカーとしてでなくとも、養父母探しを手伝う物語としても成立したんじゃないかと感じてしまいました。

 是枝監督作品にしては、脚本に瑕疵が多いように思えます。割とホテルに宿泊したりしているので、その旅を続ける資金も、生活苦からブローカーやっていたはずなのにどこから出しているのかなど、気になる点も多かったです。ドキュメンタリー的ではなく、作劇要素が強い方が脚本に穴が生まれるというのも面白い結果とも言えますが。
 
 それでも、登場人物たちの優しい魅力はそれぞれできちんとあるし、役者陣の演技も一級のものでした。序盤でのソヨンのキツイ顔つきが、段々と柔らかになっていくのも、イ・ジウンさんは見事な演技だと思います。ドンスとソヨンの観覧車での会話は、切なくなるけど、ずっとこの空気に包まれていたいと思うくらい温かなものでした。

 そして、やはりクライマックスにある「生まれてきてくれて、ありがとう」という台詞には、凄まじいまでの感動を禁じ得ませんでした。このシーンだけでも、この作品は観る価値が十二分にあります。こんなに陳腐な台詞で、登場人物だけでなく、観ている観客の心までもが救われるのかと驚嘆するしかありません。この言葉を聞いたソン・ガンホの演技も堪りません。本当にこの1シーンの演技だけで、カンヌの男優賞を獲ったとしても、大納得の演技です。今、書いているこの時も泣きそうになってしまいます。
 
 是枝作品は、常に結末は観客に委ねるというか、投げ掛けて考えさせる終わり方をするという特徴もありましたが、今作では比較的、はっきりとした結末と結論を提示しているように感じられました。子どもは親だけでなく、誰が育ててもよい、皆の子どもとして育てる方法があるという提示には、是枝監督が作品に常に込めている優しい眼差しのようなものが、最もはっきりとした形で表れているように思えます。

 ただ、是枝監督がはっきりとした描き方をせざるを得ないくらい、現実は暗澹としているとも思えてきました。個人的にネガティブな気持ちになっているだけなのかもしれませんが、はっきりとした終わり方をさせられた方が、不安感が増してしまうというのも、難儀な物の考え方をしているなと自分でも思います。

 脚本に不足はあっても、是枝監督の考え方、生み出す空気感が自分は好きなのだと再認識出来ました。不満はあっても、僕にとっての大事な一作となる作品です。


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