アニメ映画『THE FRIST SLAM DUNK』感想 大胆なスピード感と繊細な人間心理を描いた新しい名作
2022年最後の映画感想にして、度肝を抜かれた大傑作。アニメ映画『THE FRIST SLAM DUNK』感想です。
もう説明を入れるまでもないでしょう。「少年ジャンプ」を代表する名作漫画『スラムダンク』を、作者である漫画家・井上雄彦さんが原作者としてだけでなく、脚本・監督として参加し、長編アニメ映画として製作された作品。公開が決定してから、あらすじなどの情報は一切発表しないプロモーションが賛否を呼んで話題となりました。しかし、公開直後からは絶賛の嵐となり、原作のアニメ化という以上に、単体のアニメ作品として歴史に名を遺す名作という評価が定まりつつあります。
自分としては『スラムダンク』連載当時、リアルタイムで読んでいた直撃世代であり、中学時代はその影響でバスケ部に入っていたので(全く上達しなかったけど)、観に行かない選択肢はありませんでした。しかし「今更アニメ化?」という感覚は持ってしまっていたし、声優陣の一新は当然だと思うのですが、OP主題歌、ED主題歌がThe birthday、10FEETというのは「あまりにセンス古くない?」と難癖付けたくなる気持ちも湧いておりました。
しかし、観終えてみたら、あまりの傑作なので腰を抜かしてしまいました。原作がスポーツ漫画表現の極北であると同様に、スポーツアニメ表現の到達点に至る映画作品だと思います。
まずメインとなる山王との試合シーンですが、このスピード感とリアリティがもうハイレベル過ぎる映像なんですよね。以前のTVアニメよりもリアリティあるものになるというのは、誰しもが予想出来ていたと思いますが、ここまでのものを生み出しているとは皆、思いもよらなかったんじゃないでしょうか。
個人的には、試合開始直後の桜木花道(声:木村昴)のドシロート感ある動きに感動してしまいました。コートにいる他の9人のプレイヤーと比べて違う動きになっており、明らかにちゃんと「浮いている」ように見えていて、「あ、花道って本当にバスケ始めて半年足らずなんだ」と改めて気づかされてしまいました。これは花道の描き方がしっかりとしているのもそうですが、他の選手がきちんとバスケットの動きをしているということでもあるんですよね。
さらに、シュートやブロックなどのボールに関わるプレイの凄まじさを表現するのは当然としても、ボールに触る以外の場面、ディフェンスで腰を落とす動き、タイムアウトで選手同士が声を掛け合い、作戦の確認をする際の仕草など、完全にバスケの試合を観ているのと同じ感覚を覚えさせるものになっています。実写でバスケ映画を撮っても、ここまで上手くはいかないと思います。
スピード感を活かすために、原作の表現を大幅に端折っているのも大英断ですよね。最もわかりやすいのが、山王の沢北(声:武内駿輔)がオフェンスでボールを放り投げて「よーい、ドン」と呟いて駆け出す場面。原作では湘北のメンバーが「待てコラァ」と怒り、ダッシュするも、沢北のスピードに付いていけずダンクを決められてしまうシーンですが、これを原作漫画のコマ割りそのままアニメでやろうとすると、どうしても数秒以上かかってしまい、バスケコートが現実よりも広いものに感じられてしまったと思うんですよ。
ただ、ここを本作では、目で追うのがやっとなくらいの物凄く短いわずかな時間で見せることによって、沢北が異常なスピードでコートを駆けていった描写になっています。ある程度、観客が理解出来ると信用してくれているからこそ、可能になった表現ですね。視聴者としては、非常にリスペクトを感じられて嬉しくなった部分です。
それと、原作では客席のバスケ通な観客にプレイを評価する台詞を言わせることで、いかに作中のプレイが凄い事かを説明させているような描写がありましたが、ここもスパッと無くしていて、そのうえで映像だけで凄いプレイであることを徹底的に描写しています。ここも、観客の説明台詞は漫画的表現によるものなので、映像でやると、とたんにリアリティを失うものということを理解しているのだと思います。きちんと映画表現に置き換えている大正解の演出だと思います。
原作漫画をきちんと映像化している部分だけでも凄まじい出来なんですけど、そこに原作とは違うドラマ性を加味しているのも評価が爆上がりした部分だと思います。
もともと、原作漫画は、桜木花道がバスケを始める物語でしたが、ここをあえて宮城リョータに主人公を変更して、単行本未収録だったリョータ(と思しき少年)の生い立ちを描いた短編『ピアス』を下敷きにした物語になっています。ここが、『スラムダンク』以降の井上雄彦作品『バカボンド』『リアル』で描かれている内省的なドラマになっていて、非常に感動させるものになっているんですよね。
今作を観て気づきましたが、そういえば『スラムダンク』ってドラマ性はわりと希薄な物語なんですよね。花道がバスケを始めた動機は明白でしたが、流川楓(声:神尾晋一郎)がなぜストイックにバスケに打ち込むのかとか、ゴリこと赤木剛憲(声:三宅健太)と妹の晴子(声:坂本真綾)がバスケに打ち込むわりには、両親は応援に来ていなかったりするし、掘り下げればドラマになりそうな部分が描かれていないんですよね(それをやり始めたら『バカボンド』よりも巻数重ねて完結してないでしょうが)。
原作では三井寿(声:笠間淳)の更生物語や、わずかに描かれる花道の父親のエピソード、安西先生(声:宝亀克寿)の過去の教え子のエピソードで、隙間を埋めるようにドラマ性を高めている作りになっていますが、基本的にはひたすらにバスケットボールを描いた漫画作品になっています。
今作では宮城リョータに生い立ちから焦点を当てることで、全体をエモーショナルな物語に仕立て上げることに成功しています。三井との因縁を描くことで更生する物語も組み込まれているし、何よりも原作を読んだ人にとっても、全く新しい『スラムダンク』として捉えることが出来るようになっているんですね。
それでいて、原作未読の人でも、宮城以外の湘北の選手が、どういうキャラクターで、どういう関係性なのか、くどくど説明することなく、試合展開と回想シーンで理解出来るものになっていると思います。わかりやすくしながらも、物凄くハイレベルなことをしていると感じました。
クライマックスの場面は、もう原作を読んだ人であれば言わずもがなの名シーンであるし、様々なところで言及されていると思いますが、このラストプレイを繋ぐのが宮城リョータの作戦であるという改変は、バスケ描写としても、ドラマ性としても抜群の巧さだと思います。バスケのPGというポジションがどういうものかを表現しているものでもあるし、リョータがようやく自分の中にいる兄のソータと並べた瞬間でもあるんですよね。
このプレイ前の円陣で、キャプテンの赤木が宮城に声出しを任せるのは、次のキャプテンを任せる意味というでもあるし、冒頭でソータが宣言していた「この家のキャプテンは俺だから」という言葉をリョータがようやく引き継げたという意味でもあります。こんなの、めちゃくちゃ泣けるじゃあないですか!
懸念していた主題歌の部分ですが、それぞれ曲としては興味を持てないものの、演出的な部分では上手くハマっていたと思います。そして、観終えた後の印象で気付いたのですが、原作もこの映画でも、『スラムダンク』ってヤンキー要素強いところから始まり、それがバスケに夢中になることでヤンキー部分は薄れてスポーツ漫画になっていくという「不良更生物語」的な構造になっているんですよね。
そう考えるとOPがThe birthdayの革ジャン・バイク的なロックナンバーで始まり、EDが10FEETのスポーティーな疾走感あるロックというのは、きちんと考えて配置されたものなのかもと感じました。
ネタバレにならない程度にラストのエピソードに触れると、原作にないこの終わらせ方も、現在の日本バスケ界を表していて素晴らしいものだと思います。原作連載時では、あまりにもフィクションとなってしまい描けなかった事象が、現実のバスケ選手の活躍によりリアリティあるエピソードになっていっているんですよね。
その現実を生み出したのは、『スラムダンク』という名作の漫画が持つ力であり、この『THE FRIST SLAM DUNK』という新しい名作には、現実のバスケ選手に新たな影響があるんじゃないかと夢見させてくれる力があるように思えます。
原作漫画がきちんと動いているというだけでなく、新しい表現、新しい作品として仕上げていることに大感動させられました。最新型の井上雄彦作品になっている大傑作です。遅々として進まない『リアル』『バカボンド』の連載をどうにかして欲しいと数年思っていましたが、これだけのものを魅せつけられてしまうと、一読者としては平伏して待ち続けるしかなくなりますね。素晴らしい映画体験をさせてもらいました。