映画『カモン カモン』感想 心の奥底にある感情を翻訳する映画
モノクロ映画は最近の流行りぽいですが、その中でも最もカラフルに感じられました。映画『カモン カモン』感想です。
『20センチュリー・ウーマン』でも知られる映画監督マイク・ミルズによるアメリカ映画。配給会社はA24ということなので、センス良さげな雰囲気を感じて観てまいりました。
あらすじを読んでもらえばわかる通り、筋書きとしては物凄く凡庸な物語だと思います。子役の可愛らしさで引っ張りつつ、大人が色んなことに気付く姿を感動的に描くというのは、正直手垢まみれもいいところのベタな話でしょう。A24やホアキン・フェニックスの名前が無ければスルーしてしまっていたところでした。けれども、その凡庸な物語に奥行きを持たせているのは、流石のセンスだと思います。
大人であるジョニーが、子どものジェシーに振り回されるという定番的な展開ですが、ジェシーは聞き分けのない子供じみた行動ではあるものの、その行動理由のようなものをしっかりと感じさせる演出になっています。劇中では、ジョニーが多くの若者にインタビュー録音する場面が出てきますが、これが演技ではなく実際にインタビューを行った映像なんですよね。そして、それがそのままジェシーの行動や心情を、直接ではなくとも代弁してくれているようなものになっているように思えます。つまりは子供たちの理解し難い言動や行動を、翻訳する機能を果たしているように感じられました。
この子供たちへのインタビューがとても理知的で驚くほど知性に溢れており、もはや世界の未来は明るいと錯覚してしまいそうになりました。ちょっと「出木杉くんばっかり集めてんじゃないの?」という気がしないでもないんですけど、子どもたちの嘘偽りなく語られる言葉は感動的ですね。
ジェシーが感じている不安やそれに連なる行動は、両親の状況・母親と離れているという非日常の不安感と、伯父という新しい家族との距離感、住む場所から離れた所での生活という非日常からくる期待感というものが、ない交ぜになっているんだと思います。そして、それは子どもたちがインタビューで感じている未来への不安と期待とを、オーバーラップさせているように感じられました。
さらに、ジョニーやヴィヴが表に出さないだけで、不安感を抱えているというのが浮き彫りになっていくことで、子どもたちが感じている不安と期待というものは、大人も感じているものであり、このインタビューの言葉がジェシーのような子どもの感情の翻訳だけではない、全ての人間が持っている美しい言葉のように感じられるものになっていきます。
ホアキン・フェニックスといえば、『ジョーカー』での壊れてゆく男の演技が最も知られている姿だと思うので、今作でのジョニーは真逆に位置する演技という観られ方もされているかもしれません。けれども、その前の『her/世界でひとつの彼女』でもウジウジした内向的男性、『ジョーカー』でも外へ救いを求めることが出来ずに内側へ堕ちていく男性と解釈すると、意外と今作のジョニーという人物とは大きく括れば共通するキャラクターなのかもしれません。
ジョニーも、ジョーカーのようになってしまう可能性があったと考えると、ヴィヴとジェシーの存在がいかに重要だったかを感じられて面白いですね。
この物語をベタに描くなら、名前だけで登場するジョニーの過去の恋人のエピソードや、ヴィヴの関係性の改善などを劇的にクライマックスに持ってくるはずなんですけど、それをやらず、特に奇跡を起こすことなく物語が結末を迎えていくというところが、この作品を美しく輝かせているように思えます。
終盤で、ジェシーが悪戯で録音するインタビューの言葉がタイトルに繋がっていくのは、何てことない出来事なんですけど、ベタな奇跡よりもよっぽど感動的なんですよね。
僕にもジェシーと同世代の甥っ子が2人いるのですが、ジェシーよりもよっぽど理解不能な言葉とエネルギーで人生を謳歌しています。インタビューに応える今作の子どもたちのような知性はまだ正直ありませんが、自身の欲望に真っ直ぐな美しさは確かにある子たちです。
ただ、あの子らにも未来に対する期待も不安も、行動や言葉には出ているんでしょうね。この作品を観たら、彼らの言葉にも、もっと耳を傾けてみたいという気になりました(ただそれには、正直物凄くエネルギーを消費するのですが…)。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?