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【CALメンバー紹介】作家 秋杏樹の世界



●令和時代の新星 秋杏樹


『サロメ座の華』の刊行を記念いたしまして、今回は弱冠一九歳の現役女子大生で、すでに『蒼の悲劇』(2022年)で新進気鋭の作家としてデビューされた秋杏樹様の世界を御紹介いたします。
公式プロフィールにもあるように、秋杏樹様は青森県出身で筑波大学に在学されております。
太宰治をはじめとする日本近代文学の熱心な愛好者であり、御自身でもこれまでに多くの詩、短歌、小説を発表されてきました。

秋杏樹
作家、詩人、筑波大学在学
CAL副編集長
Classic Anthology Library創立時のファーストメンバー
©Anju Aki 2023

そんな秋杏樹様は、鈴村智久(筆者)主宰の文芸叢書CAL(Classic Anthology Library)から刊行された第3回配本『マテリアル・ゴシック』(デザインエッグ社)において副編集長を務めて下さいました。
また、秋杏樹様は本書のタイトル『サロメ座の華』の名付け親であり、本書の企画テーマを「ファム・ファタル」に決定していただいた共同主催者でもあります。
小説の他にも、Twitterでの詩、短歌をはじめ、noteでの書評など、一貫して文学に寄り添いながら現在も先鋭的な作品を発表されています。

この特集記事では、そんな秋杏樹様のこれまでの文学活動を振り返ってみたいと思います。

●詩人としての活動

最初に紹介するのは、筆者がセレクトさせていただいた代表的な詩二篇です。

秋杏樹「長針と短針」 ©Anju Aki 2023

詩「長針と短針」では、時計の針と数字をメタファーにした創作論が垣間見えます。
「追われるが天才なのではなく、/追いかけ続けられるのが天才なのだ」。
この一節にもあるように、ある一つの分野を徹底的に極めるためには、「長針」に追いかけられているという焦燥とは乖離した孤高の境位において、それを追い続ける、探し求めるという一貫した意志が必要なのでしょう。
「追いかけ続けられる」とはつまるところ、それを追求するのに喜びや愛を感じるということですが、実はこの「それをするのが好きだ」という状態を維持するためには技術的修練、知識が必要でもあります。
この詩があえて「時計」という円環的な形象に創造論を仮託しているのは、このような芸術的探究の果てしない精進過程を暗示しているのかもしれません。

秋杏樹「ひと夏の寂しさよ」 ©Anju Aki 2023

詩「ひと夏の寂しさよ」は、晩夏の波打ち際に私たちを誘う抒情的な詩です。
興味深いのは、「海の底に 深く 深く 沈む貝殻は/かつて砂浜で見上げた太陽を探してる」という一節に端的に示されているように、事物の過去の記憶が描かれている点です。
人間的な意味での「過去」は、往々にして喜びに満ちた清々しい記憶とは正反対の映像も喚起させるものですが、非人間的な事物にとって「想起」するとは何を意味するのでしょうか。
この詩には、夕暮れを待ちながら孤独な随想に耽る人間の姿が描かれている一方で、海辺を構成する自然的な物質(貝殻、砂粒)には別の感情のリズム、別の記憶が存在することをも示唆しています。
もしかすると語り手は、喧噪に満ちた都市から逃れるようにして、海辺で別の自己へと生成変化するための記号を探しているのかもしれません。

●「刹那の死神」が問いかけるものとは


次に紹介するのは、秋杏樹様の小説デビュー作である「刹那の死神」(『蒼の悲劇』所収)です。
この小説については、「太宰治から秋杏樹へ――「情死の美学」と反出生主義の現在」というタイトルで筆者による論考が同じ『蒼の悲劇』に「解説」として収録されておりますので、この記事では簡単に見所をお伝えさせていただきます。
まず、「刹那の死神」の冒頭を読んでみましょう。

秋杏樹「刹那の死神」冒頭①(『蒼の悲劇』収録) ©Anju Aki 2023
秋杏樹「刹那の死神」冒頭②(『蒼の悲劇』収録) ©Anju Aki 2023

「刹那の死神」は、死に惹かれる一人の女子高生の日常を、彼女の内的独白を通して描いた小説です。
奔流のように溢れ出す言葉、学校や社会への透徹した懐疑、生への極めてラディカルな挑戦的言説など、本作を特徴付ける要素はいくつもありますが、通奏低音となっているのはタイトルに暗示されているように「死」への強烈な憧憬です。
生温い薔薇色の青春や、甘酢っぽい恋愛遊戯などはほとんど存在しません。
ダンテの『神曲』地獄篇第三歌から引用すれば、「汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ」(山川丙三郎訳、原文はLasciate ogne speranza, voi ch'intrate.)という「地獄の門」の名高い銘句は、この小説を読む上でも覚悟すべき信条となるでしょう。
逆に言えば、この小説には読者を「死」の世界へと引き込み、「情死」へと誘うような抗いがたい危険な魅力が存在します。
先進国の中でも、「15~39歳の各年代の死因は自殺が最も多い」(出典:厚生労働省「自殺対策白書」2020年)状況が続いているとされる現代日本において、「刹那の死神」での心の叫びが問いかけているメッセージは非常に大きなものがあると思います。
『蒼の悲劇』「解説」でも詳しく述べておりますが、「刹那の死神」は近年世界的に注目を集めている哲学者デイヴィッド・ベネターや、エミール・シオラン、アルトゥール・ショーペンハウアー、ギリシア詩人テオグニスといった「反出生主義」(antinatalism)の思想的系譜とも関連する非常に興味深い作品です。

「刹那の死神」は、今のこの時代――社会の中で様々な生きにくさが蔓延しているこの時代――だからこそ読まれるべき現代の悲劇と言えるでしょう。

●最新作「迷妄の撫でし娘」の魅力


秋杏樹
©Anju Aki 2023

そんな秋杏樹様の最新作「迷妄の撫でし娘」を収録した『サロメ座の華』が、4/10にいよいよ発売となります。
一作ごとに刺激的な作品を発表される彼女のチャレンジ精神は、本作においても遺憾なく発揮されています。
「迷妄の撫でし娘」のテーマを端的に言い表せば、それはおそらく「美とサディズム」になるでしょう。
ぜひ以下の冒頭部分に目を通してみてください。

秋杏樹「迷妄の撫でし娘」冒頭①(『サロメ座の華』収録) ©Anju Aki 2023
秋杏樹「迷妄の撫でし娘」冒頭②(『サロメ座の華』収録) ©Anju Aki 2023

御覧のように、極めて流麗な書簡体文学の様式によって、一人の少女の瑞々しい告白が綴られています。
「美の起源には傷しかない」とは、ジャン・ジュネが『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』で展開した審美的命題ですが、「迷妄の撫でし娘」においては、この「傷」が秘密の、極めてエロティックな次元において表現されています。
「刹那の死神」との関係で捉えなおせば、「死」に取り憑かれたあの女子高生の語り手が、今や一人のファム・ファタルとなって男たちを翻弄し、破滅へと追い込んでいくめくるめく「変容」を目撃することになるでしょう。
死とエロティシズムの表裏一体的な構造を、この二つの作品は鏡像的に映し出しているかのようです。

このように一作ごとに作風とテーマを刷新できる才能は秋杏樹様の魅力のひとつだと言えます。
同時に、一貫して内的独白、告白文学の様式で語り手の感情の動きを濃密に描き出す手腕も、彼女の作家としての美質を構成していると言えるでしょう。

そんなたくさんの魅力が詰まった「迷妄の撫でし娘」の本編は『サロメ座の華』でお読みいただけます。
ぜひ、この令和時代に相応しい新しい感性の登場を目撃してください。


※本記事に掲載させていただいたすべての画像(御写真、作品のスクリーンショット)は、すべて御本人様の使用許可を得た上で掲載しております。

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