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『その指に恋をして』 #春ピリカ応募
「私、今日の帰り柊ちゃんに告白する」
唐突な私の宣言に、教室で一緒に昼食を食べていた友人たちは好物のおかずもそっちのけで身を乗り出した。
「萌音、ついに柊哉先輩のこと好きって認めたね!」
「うちらが幾ら好きだね~って言っても頑なに抵抗してたのに!」
「『私は柊ちゃんの指が! 好きなの!』」
友人たちが声を揃えていつもの私の台詞を真似てみせる。
「ゆ・び・が!」と強調するところまで忠実だ。
「あんた柊哉先輩の指が好きすぎて、2,3年の先輩にソロ譲ってくれって頭下げてたもんね」
吹奏楽部仲間でもある景ちゃんが半ば呆れたように肩をすくめた。
「だって柊ちゃんが指揮する最後の演奏会だから」
物心ついた頃から柊ちゃんの指が好きだった。
柊ちゃんとはいわゆる幼馴染だ。
目の前で何度も弾いてくれたピアノの鍵盤上を舞う指も、遊びに行くとき私の手をぎゅっと握ってくれた指も、全部好きだった。
「〇〇する人この指止まれ」と柊ちゃんが言うと皆が集まる。魔法の指。
なかでも印象的なのは小学校の卒業式。
卒業生合唱の伴奏をしていた柊ちゃんが珍しく前奏でミスを連発した。演奏が完全に止まってしまい、体育館がざわめくなか、私がたまらず「柊ちゃん!」と呼ぶとすぐに演奏は仕切り直された。
合唱が終わったあと、保護者や全校生徒の中から私を見つけて、真っすぐに差してくれたあの指を、私は一生忘れないと思う。
恋をしていた。その指に。あなたに。
*
「ではNから全員で」
放課後の部活。学生指揮者の柊ちゃんが指揮を振る。
楽譜記号Nの5小節目。トランペットソロの入り。柊ちゃんが左手で小さく合図をしながら私の目を見て頷く。
その指を見つめ、私はめいっぱい想いを込めて奏でる。
すると柊ちゃんが「それでいい」というふうに満足気に微笑みながら私を見てもう一度首を縦に振る。
この瞬間、この上なく心が震える。恋しくて大切で仕方ないと思う。
時に優しく、時に激しく、なめらかに歌ったり弾ませたり——その指の示す通りに導かれることが私の幸せだ。
*
「柊ちゃん!」
部活後、校門の外で柊ちゃんを呼び止めた。
駆け出して、彼の目の前に立つ。
「柊ちゃんに大事な話があるの」
柊ちゃんの喉仏が上下に動く。たぶん彼は私が今から何を言うか察している。
心臓が波打ってリズムが加速する。もしかしたら振られるかもしれない。それでも、胸いっぱいの想いを言葉にして伝えたい。その耳に届けたい。
私は緊張に負けないよう、ソロを吹く前にするのと同じように深呼吸をしてから口を開いた。
「私ね、柊ちゃんのことが——」
「萌音」
名前を呼ばれ、喉元まで出かけた音をピタリと止められる。まるで指揮者が演奏を止めるかのようで、奏者の私はその指に抗えない。
その指の示す通りに導かれることこそが私の——
柊ちゃんは、私の目を真っすぐに見据えて、微かに首を横に振り、そっと人差し指を唇に当てた。
(1,200文字)
『ピリカグランプリ』夏に続き2回目の参加です:)
募集が始まった5日にnoterさんの作品で開催を知り、お題を見た瞬間「書きたい」と気持ちが昂るのを感じました。
「ゆび」
ハートフルもファンタジーもホラーも、どんな作品だって創れちゃいそうな広がりあるテーマを提示してくださるピリカグランプリさんに脱帽です。
個人的な話、こういったコンテストに、初めて納得のいく作品に仕上げたうえで参加できました。それがとてつもなく嬉しくて、いつも〆切ギリギリに推敲も間に合わないまま出す私にとって、この経験は財産だとさえ感じています。
(最初書き上げた段階で2,000字ちょっとになった時はどうしたものかと思ったけれど。笑)
これもひとえにピリカグランプリ開催のおかげです。
素敵な企画をありがとうございます。