映画『関心領域』を見てアウシュビッツ年表を作ったら無関心を認識した話。(5,000文字)
先日映画『関心領域』を見ました。
思ったことや感じたことなど、たくさんありますが、作品について考えれば考えるほど
「自分はホロコーストについて関心を持ったことがあるのか」
「関心を持つことと知ることは、同時であるべきじゃないのか」
という問いが生まれてきました。
個人的にアウシュビッツの背景情報をいくつか調べてみたので、自分用の健忘録として、作った資料をまとめておきます。
学術的な資料ではなく、一個人が勉強したノートを覗くような感覚でみてもらえると嬉しいです。
国内でも話題になっている『関心領域』をこれから見る人・見た人。
そして、少しでもホロコーストについて関心を持った人の思考の入り口になれればと思います。
アウシュビッツ年表
以下赤いマーカーの箇所については、『関心領域』の主人公、ルドルフ・フランツ・ファーディナント・ヘスに関する情報です。
この年表は、「united status holocaust memorial museum」と「国立アウシュビッツ=ビルケナウ博物館」を参考に作成しています。
また、年表内の画像はすべて「united status holocaust memorial museum」より引用しています。
※ちょっとスマホで見ると見にくいかと思います。
ちゃんと見たい人はこちらにアップロードしておいたので、DLしてご確認ください。
https://gyazo.com/888e58b3c3b107e5d629e748bcd7a060
人物・組織について
ルドルフ・フランツ・ファーディナント・ヘス
ナチス・ドイツの高官で、アウシュビッツ強制収容所の所長。
1901年に生まれ、ナチス党に加入。第二次世界大戦中、アウシュビッツで多くのユダヤ人を含む囚人の虐殺を指揮する。
戦後、逃亡するが1946年に逮捕され、ニュルンベルク裁判で死刑判決を受ける。
1947年に絞首刑に処された。
映画『関心領域』では、妻のドウィグの横暴な部分が目に入りやすく、
彼自身の人間性に対して、比較的ネガティブな描写は決して多いとは言えません。
ただし、彼がイギリス軍に逮捕された際に執筆した獄中手記には以下のような記載がある。
また、
との記載もあり、彼自身罪の意識はあったものの、殺人に対する反省はない子がうかがえます。
作中の嗚咽のシーンから見れる通り、彼には人間の感情(罪の認識)はあったものの、時代背景やポジションによって作られた彼の人格は、罪の意識を持つことはありませんでした。
作中で描かれる前の彼の人生について振り返ってみると
1916年
「バーデン第21騎兵連隊」に入隊。同盟国オスマン帝国軍の軍団に所属してイギリス軍と2年間戦う1921年
ゲルハルト・ロスバッハ率いる「ロスバッハ義勇軍」に所属し、ナチスへ入党。1923年
ロスバッハ義勇軍のメンバー、小学校教師ヴァルター・カドウのリンチ殺害に加担し投獄され、10年間の服役を受ける。1933年
ナチス親衛隊(SS)へ加入
ザクセンハウゼン強制収容所副所長を経て、アウシュヴィッツ強制収容所の所長となる。
という経歴を持ち、人としての道ではなく、ナチス党員として、歯車として生きる道は必然とも言えるかもしれません。
彼やホロコーストについて調べていくうちに、彼を批判することよりも、
自分自身がその立場に立ったときに別の道を歩めたのか。
同じ過ちを繰り返す可能性は0といえるか。
という考えが頭をよぎります。
また、ホロコースト関連の有名な哲学者ハンナ・アレント(1906~1975) の提唱した「凡庸なる悪」という概念では、
とされています。
大量殺戮まではいかずとも、思考停止による悪には思うところがあり、意識しないと誰にでも、ヘスになりうる道は用意されているような気がします。
ハインリヒ・ルイトポルト・ヒムラー
親衛隊(SS)のトップの長官。
1900年に生まれ、ナチス党に早期に加入。
SSを強力な組織に成長させ、ゲシュタポ(秘密警察)や強制収容所の運営を指揮。ホロコーストの主要な実行者として知られれる人物。
1945年にドイツが敗北した際、逮捕を避けるために変装し逃亡を試みるも、最終的に逮捕され自殺。
親衛隊(SS)
1925年に設立された総統アドルフ・ヒトラーを護衛する党内組織。
一種の貴族階級、人種的にも特別に選び抜かれた部隊とされる。
ヒムラーが親衛隊全国指導者に就任後、ナチスの秘密警察や軍事力として急速に勢力を拡大。
ユダヤ人の迫害やホロコーストの実行に深く関与し、戦後は多くのメンバーが戦争犯罪で裁かれた。
SSは、もともとヒトラーの護衛を目的として組織された部隊だったものの、ヒムラーの指導者就任後は、ホロコーストに大きく関わる組織と変貌していきました。
また、”人種的に特別に選び抜かれた”という部分について。
ヒトラー率いるナチス党では、ドイツ国民を「アーリア人種」の一民族として賛美する概念を推進していたため、入隊には6世代前までアーリア人種である証明が必要だった模様。
しかし、当時の6世代前まで遡ることは決して簡単ではなかったため、判断基準として、ヒムラーが顔を見て判断するというものがあったなど、かなり非科学的な根拠による判断を行なっていた。
また、ハンス・ギュンターの『北方人種』にると、太古においてはドイツ人と日本人は同族であり、日本人もアーリア人だそう。
日独同盟政策との整合性を持たせるための学説ではあるものの、当時のナチス政策がいかに非科学的でオカルティズムだったのかが見て取れます。
SSについて、以下の動画がかなりわかりやすく解説していたので気になった方は確認してみてください。
アウシュビッツについて
アウシュビッツの土地関係については、BLACKHOLEの動画でかなりわかりやすく解説していました。
作中ではビルケナウの横にヘスの家がありましたが、実際はアウシュビッツⅠの横に建てられていたようです。
そもそも、アウシュビッツって複数あったんだ……。
もともと、全く関心がなかったわけではありませんが、無関心ゆえの無知に、少し肩がグッと重くなるような感覚を覚えたのでそれぞれ調べてみました。
アウシュビッツI(オリジナルの収容所):
最初に建てられたアウシュビッツ収容所。
収容者数は12,000〜20,000名。
元ポーランド軍の基地内そしてその建物内に1940年中頃に建てられる。
アウシュビッツII-ビルケナウ(絶滅収容所):
最も大きく最も有名な絶滅と強制労働のための収容所。
収容所の大部分は1941年から1942年にかけて建設される。
アウシュビッツIII-モノヴィッツ(労働収容所)
ブナとも呼ばれる。
ドイツ企業の労働、特にIGファルベン社の工場での労働するための収容所。
囚人は化学工場や合成ゴム工場で過酷な労働を強いられ、多くが労働や劣悪な生活条件によって死亡。
そのほかBMWなど現代にも残るドイツの企業が、ユダヤ人を労働奴隷として酷使していた。
囚人のカテゴリについて
アウシュビッツ強制収容所では、囚人は様々な「班」(Kommandos)に分けられ、それぞれが特定の役割や仕事を割り当てられていました。
労働班(Arbeitskommandos)
石炭掘り班: 炭鉱で石炭を掘る作業を担当。
道路建設班: 道路や鉄道の建設・修理を担当。
建設班: 建物や施設の建設作業を行う。特別班(Sonderkommandos)
死体処理班: ガス室で殺害された囚人の遺体を処理し、火葬炉で焼却する作業を担当。最も過酷で恐ろしい任務とされ、多くの囚人がこの班に配属される。
選別班: 新しく到着した囚人を選別し、労働可能かどうかを判断。クリーナー班(Reinigungskommandos)
清掃班: 収容所の清掃や衛生管理を行う。食料班(Essenskammerkommandos)
食事班: キッチンで食事を準備し、配給を行う。工場班(Industriekommandos)
製造班: 収容所内の工場で武器や軍需品の製造を担当。管理班(Verwaltungskommandos)
記録班: 囚人の登録や記録を管理する。
倉庫班: 収容所の物資や衣服の管理を行う。医療班(Krankenbaukommandos)
看護班: 収容所内の病院で働き、囚人の健康管理を行う。医療実験にも利用される。特殊班(Sonderkommandos)
音楽班: ナチスの命令で演奏を行う囚人による楽団。
芸術班: 囚人アーティストが芸術作品を制作する。
囚人の処理作業を担当する特別班は、仕事の性質上、ガス室や火葬炉で行われる大量虐殺の詳細を知っているため一定期間が過ぎると処刑される運命にあったそう。
なお、ビルケナウの特別班の囚人たちは、1944年10月7日にガス室と火葬炉の一部を破壊し、SS隊員3名を殺害する反乱を起こしています。
結果、450名が処刑されたものの、この反乱はナチスに対する象徴的な抵抗の一つとして記録されています。
収容人数について
収容所には、約110万人※が収容され、ソ連に解放されて生き延びたのは7,000人程度とされています。
なお、登録されて囚人となった人数は40万人。
20万人のユダヤ人、15万人のポーランド人、約23,000人のジプシー、約12,000人のソ連軍の捕虜そしてその他の国民が約25,000人とされています。
※参考文献によって数字が異なり少なくとも130万人ともいわれています
自然災害と比べるのは話が違いますが、観測市場最大の自然災害である、1970年のバングラディシュで発生したボーラ・サイクロンでも死者・行方不明者数は30万名。
年表を作成していた際にも感じたことですが、時間が進むにつれて人数の単位感覚がおかしくなってきました。
この単位の順応ですら2日程度だったので、環境への慣れは誰にでも起こりうることだと改めて実感しました。
その他用語について
カナダ
歯磨きチューブからダイヤモンドが出てきた話や、息子が金歯で遊んでいるシーンなど、『関心領域』作中でも"カナダ"について言及されることがありました。
カナダとは、アウシュビッツ収容所内のユダヤ人の荷物保管倉庫を指します。
ポーランド人にとってカナダは豊かな土地である国として知られており、それにちなんで”カナダ”と呼ばれていたそう。
趣味の悪いネーミングすぎる。
IGファルベン
第二次世界大戦前のドイツ国内企業ランキング1位の総合科学会社。
ナチス政権下では、軍事経済体制に協力。
アウシュビッツの収容者に強制労働をさせ、アウシュビッツで使用された毒ガスであるチクロンBを製造した。
1947年、連合国軍によってIGファルベンの役職員23人が戦争犯罪の嫌疑で起訴され、翌1948年、クラウホをはじめとする13人に有罪判決が下された。
『関心領域』みてアウシュビッツについて調べた感想
私は『関心領域』上映中、序盤に一度意識を飛ばしてしまいました。
いかんせん、興味を持たずに鑑賞すると、他人の退屈なホームビデオを見せられているような、変わり映えのない日常から押し寄せる睡魔にやられる作品だと思います。
ただ、鑑賞していくうちにこの行動が、ヘス一家同じく無関心からくるものであると認識し、背中に嫌な汗が滴りました。
鑑賞してから1週間が立った今でも、ことあるごとに作品の音や映像がフラッシュバックしてもやもやする時間があります。
過去の出来事に対し、常に関心を寄せることは難しいかと思いますが、一度立ち止まって、無関心を認識して関心を寄せることも、過去の過ちを繰り返さないために必要な行動なのかなと思いました。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?