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『PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(ローレンス・レビー著)のレビュー

ピクサーはいまではディズニーが買収しています。

しかし、もとはといえば、いまでは伝説的経営者として歴史上の人物になってしまったスティーブ・ジョブズが買収して名付け、独立させた会社であるということを知らない人が意外といるみたいです。

当時のジョブズはアップルから追い出されたところで、NeXTという会社を立ち上げていました。それと同時並行でやっていたのがピクサーの経営だったわけです。

とはいえもちろん、ジョブズはCGアニメーションに関しては完全な素人。それでいてこだわりは強く、ワンマン体質だったため、職人気質のアニメーターたちとはかなりの軋轢がありました

 そんなジョブズとアニメーターたちの間に立ち、四苦八苦していたのが、財務責任者である、本書の著者、ローレンス・レビー氏でした。

しかも、創業当時のピクサーが一生懸命制作していた「トイ・ストーリー」というアニメは当たるかどうかもよくわからない代物。しかもこの作品はディズニーとの間で権利ががんじがらめにされた、ピクサーにとってかなり不利な契約が結ばれてしまっているものでした。

ピクサーはつねに金欠で、オーナーだったジョブズは金が足りなくなると追加出資してなんとかしのいでいる状態だったのです。

そんなアニメーターとジョブズの間に立ち、会社のお金のやりくりをなんとかしていたのが、本書の著者であるローレンス・レビー氏です。以下、レビー氏がはじめてピクサーの財務状況を確認したときのところをちょっと引用してみましょう。

 

「資金はどうしているのですか?」

エド(エド・キャットムル)によると、毎月なんとかかんとかしのいでいる状態らしい。映画の制作費用はディズニーからもらっているし、レンダーマンとアニメーションコマーシャルも多少の収入にはなっている。だが、ピクサーの費用をまかなうには少なすぎる。

「不足分はどう埋め合わせているのでしょう」
「スティーブです。毎月、スティーブのところへ行き、いくら不足なのかを言うと、小切手を切ってくれるのです」

これには驚いた。スティーブがピクサーを支えているのはわかっていたが、まさか、毎月、個人小切手で資金を供給しているとは思わなかったのだ。投資家は、普通、6カ月か1年分、場合によってはもっとたくさんのお金をまとめて提供する。毎月お金をもらいに行くのは極めて珍しいし、そんなことが楽しいはずもない。

さらに、レビー氏はピクサーがディズニーと結んでいる契約の内容を精査してまた驚きます。

ピクサーはディズニーのために3つの作品を制作することを義務付けられていたのです。

ピクサーにはもちろん、同時にいくつもの作品をつくる体力なんてないから、実質的にディズニーのためだけに作品を9年くらいは作品を作り続けることを意味していたわけですね。

それだけではありません。

もうひとつ、気になる点があった。ある段落の最後にさらっと書かれているのだが、ディズニーに提示した映画のアイデアは、却下されたものも含め、契約が終了するまで他社に提示してはならないというのだ。

「これはおかしいでしょう。まったく興味がないと1995年に却下されたアイデアがあったとして、それから10年間、そのアイデアについて、ほかの映画スタジオに話もしてはならないことになってしまいます。でも、映画というのは、公開の何年も前に配給会社とアイデアをすり合わせる必要があります。つまり、すばらしい映画のアイデアがあってもディズニーに気に入ってもらえなければ世の中に出せなくなってしまうわけです」
「ええ、それこそが契約の取り決めです。ディズニーの映画に専念しろ、ほかのスタジオの仕事はするなということです。そういう条件だからディズニーはピクサーの映画に多額の資金を投入してくれるわけです」

(中略)

「この条項があっても、ディズニーに提示せずアイデアを追求することは可能ですよね。そういうアイデアにはこの条項が適用されないので、ほかの配給会社と話をすることもできる、と」
「いいえ、それもできません」

そう言ってサムが示したのが「独占条項」である。そこには、契約期間中、ピクサーのアニメーション部門は、クリエイティブスタッフも含め、ディズニー専属とすると定められていた。
これには驚いた。

「ジョン・ラセター以下、チーム全体が、今後10年間、ディズニーの仕事しかできないということですか? ほかのスタジオと映画の話をすることはまったくできない、と?」
「そのとおりです。実績がない場合、こういう契約にするのが普通なのです」
「でも、ピクサーはバンドや俳優と違います。会社です。アニメーション部門にこれから千人採用しても、この契約では、その全員がディズニーの仕事しかしてはならないことになってしまいます。こんなふうに会社全体を縛る契約、ありなんですか?」
「おっしゃりたいことはわかりますよ。でも、ディズニーの立場で考えてみてください。映画を制作した経験のないピクサーと契約するわけです。しかも、実績のない種類のアニメーションですし、監督も無名で実績がありません。かなり危険な賭けだと言えます。ディズニーの資金で制作する映画に集中してもらわないと困るんですよ」

ピクサーが生き残るためには、これからつくるすべてのアニメーション作品が尋常でないヒットになり、ピクサーにお金が入ってくるようにするしかない。

そしてその第一発目である「トイ・ストーリー」がすべての命運を握っていたということです。結果として、この作品は伝説を生むような超ヒットとなるわけですから、なかなかドラマティックですね。

ハリウッドでは、国内の興行成績が基準となる。つまり、北米の映画館における入場料収入である。そのレベルに応じて、どのくらいの収益がピクサーに入ってくるのか試算してみた。国内の興行成績が1本1億ドルではお話にならない。製作コストがかさむこと、公開頻度が低いことから、その程度では事業を続けられないのだ。1億5000万ドルでもぎりぎりなんとかなるレベルで、いい感じになるのは1本1億8000万ドル超だ。
対して、1億5000万ドル以上の興行成績をコンスタントにたたき出すのは前代未聞というのが現実である。だれも達成したことがないのだ。1937年の『白雪姫』以来、ディズニーはたくさんのアニメーション映画を公開してきたが、そのうち、国内の興行成績が1億5000万ドルを超えたのは2本だけ――2億1700万ドルをたたき出した1992年の『アラジン』と3億1300万ドルという記録を打ち立てた1994年の『ライオン・キング』をのぞくと、平均が1億ドルを下回ってしまう。
そう、ディズニー・アニメーションでさえもそうなのだ。世界の隅々までその名が響きわたっているブランドでさえも。ほかの会社のものも含むアニメーション全体の平均はもっとずっと低くなる。というか、公開時に5000万ドルを大きく超える興行成績をあげたアニメーション映画は、ディズニー以外どこも出せていない。 

さて、『トイ・ストーリー』の公開結果はみなさんご存知のとおりですが、ここでレビー氏たちはディズニーとの契約内容の交渉を始めます。

金銭面はもちろんのこと、レビー氏がこだわったのは、ピクサーをディズニーと対等に扱うということでした。しかし、これにディズニーは難色を示しました。

「でもどう考えてもおかしいですよね。映画は我々が作っているのに彼らの成果になるって道理に合いません」
と、道理まで持ちだしてきた。私も同じ思いだ。
「残り2本の映画も成功すれば、それはディズニーの功績になる。失敗すれば、それは我々のせいということで切り捨てられておしまいだ」
「当然のことなのに、なぜ、してもらえないのでしょう」
ジョン(ジョン・ラセター)だ。
「ストーリーもキャラクターも、ここで生まれています。このビルで、です。あっちじゃないんです。我々としては、自分たちがしたことの功績を認めてほしいだけなんですが。それを取りあげようというのはどういう了見なんでしょうね」
感情的な物言いだが、それも当然だろう。何年もかけて育ててきたのだから。子どものようなものだ。ピクサーの子どもだ。「ディズニーの『トイ・ストーリー』」と大きく書かれた横に小さくピクサーの名前が添えられたポスターなど見たくないというのが本音だろう。

 この契約のやり取りの結果は、その後のピクサーの扱いを見ればわかるように、認められることになりました。

そしてレビー氏は、ピクサーの2作目『バグズ・ライフ』において、アニメーションの制作スタッフだけではなく、ピクサーのバックオフィスの人たち、つまり自分たちのように会計やマネジメント、資材担当者、採用などを担っている人達の名前もクレジットに乗せてほしいと交渉したのです。

私も知らなかったのですが、映画におけるクレジットはその人の履歴書の役割も果たすそうで、基本的には映画にあまり関係ない人の名前は載せられないと言う方針があるようです。そのため、ディズニーはこの条件にも反対しました。

しかし粘り強い交渉の末、この要求も認められます。

しかし、そのためには悲しい結末が待っていました。

「いいってさ」とスティーブ。「ただ、条件がひとつあるそうだ」
「なんでしょう」
「ピクサー役員のクレジットはなし、この慣例はやぶれない、だそうだ」

これがなにを意味するのかはすぐにわかった。スティーブもエドも、『トイ・ストーリー』に製作総指揮としてクレジットされている。そして、『バグズ・ライフ』の感謝クレジットで我々役員がクレジットされることはない。つまり、ピクサー役員のなかで私だけ、名前がスクリーンに登場することなく終わってしまうわけだ。部下は全員登場するのに。
正直なところ、ちくりと来るものがあった。1回だけでもいいから、自分の名前が登場したらどんなにいいだろう。家族は大喜びしてくれるはずだ。でもそうはならない。それがどうした。望みを達成したのだ。言うべきことは決まっている。
「いいんじゃないですか。やりましたね。ディズニーへの申し入れ、ありがとうございました」

これは悲しすぎる。

お金の面で、契約の面で、ピクサーというブランドを守るために東奔西走していた影の立役者であるレビー氏は、ついぞクレジットに名前が乗ることはなかったのです。

本書で紹介した内容はごくごく一部。

これからピクサーがディズニーに買収されていく経緯、そしてスティーブ・ジョブズの死なども語られていきます。

ぜひ実写映画化されてほしい一冊ですね。なかなか泣けそう。


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