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日曜日、カタツムリについて考えたのですが

 ふとカタツムリのことを考えました。

 子供の頃に比べてカタツムリについて考える時間がとても減ったなぁ、と思ったんです。ほとんど関心がなくなった。日本語で蝸牛ということも忘れていた。カギューですよ、カギュー。こんなイカした名前をしているのに。イカでも牛でもなくて貝だけど。


 子供の頃ってカタツムリがもっと身近だったと思うんです。「でんでんむしむしかたつむり…」という童謡があるように、むかしから親しまれてきたようです。

 彼ら(雌雄同体なのでこの呼び方は不適切ですね)がなぜ子供にとって身近なのかを考えてみました。

・それほど田舎に行かなくても街中や通学路、住宅街にもいるのでいつでも会える
・退屈な雨の日になると出てくるので、エンターテイメントとして優れている
・動きが遅くいので観察しやすく、かつ捕まえやすい
・ぬめぬめした身体に触れなくても殻をつかめるので捕まえやすい
・ぐるぐるした渦巻き状の貝殻、突き出した角の先の目、触角といった、他の生物にはにない独特の形状。特徴が多いので絵に描きやすい
・貝殻の形や色、模様にバリエーションがあって楽しい
・飼育も比較的簡単にできる
・雌雄同体という特性
などと、子供が接触する機会が他の生物に比べ非常に多く、さらに興味を惹く特徴がふんだんにあるということがわかります。あらためてみるとほんとうに面白い。なんて魅力的なんでしょうか、この蝸牛というやつは。


 僕が幼稚園に通っていた頃、教室で飼っていたカタツムリが逃げ出して本棚の奥に潜んでいたことがあって、先生がそこにいることに気づかずに本棚に本を戻してカタツムリの殻を割ってしまいました。少々残酷ですが、先生はそれを僕達に見せてくれました。割れた貝殻の中には渦巻き状に身が詰まっていて、中は空洞ではないということを丁寧に教えてくれました。あれはとても科学的、教育的にすぐれた授業でした。50年以上たった今も強烈に覚えているのですから。大人になり、サザエの壺焼きや茹でたバイ貝を食べるたびに螺旋状の身をくるくると引き出しては「ああ…」とその時のことを思い出して納得するのです。


 かたつむりは実家の小さな庭にもたくさん住んでいて、簡単に捕まえられるのでプラスチックの虫かごで飼ってみたこともあります。餌もキャベツなどの野菜でよいので簡単です。当時はキャベツひと玉いくらだったのでしょうか。たぶん50円くらいだったんじゃないかと思いますけれど、興味がなかったのでわかりません。


 雌雄同体であるかたつむりですが生殖には交尾が必要で、互いの卵子に交換した精子を授精させて両方とも卵を生みます。そのシステムも驚異的でした。結局産卵まで観察できたかどうかは覚えていないのですが。あれ、もし貝殻がなかったらあんなに人気はなかったですよね。ほとんどの人はナメクジだったら飼う気にはならないし、やつらに触ることには虫が好きだった僕でもけっこう抵抗があります。嫌悪感によって代名詞まで変わってしまうほどです。


 インターネットのない時代ですから多くの家庭には「図鑑」がありました。我が家にあったのはクリスマスプレゼントにサンタさんからいただいたものです。小学館の12冊セットの立派なものです。うちに来たサンタさんはあわてものだったのか、後日、学校に行っている間に専用の本立てを届けてくれました。サンタさんが日中に街を徘徊していたのかと思うと今でも不思議なんですが。

 その図鑑で調べてみると、日本にも何種類かのカタツムリが棲んでいることがわかりました。名前に「なんとかマイマイ」と他の生物にはない独自の呼称が付いているのもいいですね。「マイマイ」。かわいい響きです。ほとんど覚えていませんが、『ヒダリマキマイマイ』というひねくれものがいたはずです。そしてカタツムリを捕食するハンターである『マイマイカブリ』という禍々しい昆虫の存在も子供心を刺激しました。ゴミムシみたいなぱっとしない外観だったと思うのですが。

 せっかくなのでインターネットで検索してみたところ、日本には700〜800種類以上のカタツムリが生息しているそうです。代表的なのは『ミスジマイマイ』『ニッポンマイマイ』『ヒダリマキマイマイ』『ウスカワマイマイ』『ベッコウマイマイ』などですが、地域によっていろいろな種類が分布しているようです。近畿地方は『ギュリキマイマイ』『クチベニマイマイ』『ナミマイマイ』『ニシキマイマイ』『ハリママイマイ』『アワジマイマイ』など大型のカタツムリが豊富です。また中国、四国、九州は『ダイセンニシキマイマイ』『サンインマイマイ』『アワマイマイ』『セトウチマイマイ』『ツクシマイマイ』など、単純に地名を付けたものが多いようです。

 他にも『オカチョウジガイの仲間』『キセルガイの仲間』『キセルガイモドキ』なども出てきますが、カタツムリの定義について引用すると、「一般にカタツムリは蓋をもたず触角の先に目を持つ有肺類の陸貝で、中でも球型や饅頭型の殻を持つものを指すことが多く、「マイマイ」と呼ばれるのはこの類である。 殻に蓋をもつヤマタニシ類や細長い殻をもつキセルガイなどがカタツムリと呼ばれることは少ない。」ということでした。

 写真を見ると僕が住んでいた中部地方では『ミスジマイマイ』が多かった気がします。憧れの『マイマイカブリ』はついに見ることはありませんでした。残念です。僕はファーブルにはなれなかった。


 さて、中学生、高校生となるとさすがに道端でカタツムリを見つけても捕まえたりはしなくなります。そんなことをしてもモテないですからね。子供時代から思春期に移行するというのはモテを意識するということなんでしょうか。あんなに夢中だったのに。トモダチだと思っていたのに。と、カタツムリ側にも親愛の情があったとしたら、トイ・ストーリーのウッディみたいに寂しい気持ちになっていたことと思います。たぶんなんとも思ってないでしょうけど。

 多くの人は大人になると、仕事や恋愛、家族、経済、環境問題や人権問題など、人生には対処すべき様々な問題が多すぎて、その脳内にカタツムリが入る余地なんてなくなります。あいかわらずそこらにいるんですけど、雨上がりにコンクリートの壁を這っているのを見ても目に入らないか、軽い嫌悪感を感じるくらいでしょう。彼(兼彼女)らは成長するにつれて貝殻も大きくなっていくのでその材料となる石灰質をコンクリートの表面を削り取って補給しているのですが、そんなこと知る由もありません。僕も今回調べていて数十年ぶりに思い出しました。

 そうそう、ひとつ例外があります。「エスカルゴ」です。

 大人になると、人はどこかの時点で「フランス料理ではカタツムリを食べるそうだ」ということを知ります。最初に知った時はおそらく「気持ち悪っ!」と思ったことでしょう。異文化の食べ物なんてそんなもんです。以前は高級なフレンチレストランでしか食べられなかったはずですが、バブル時代、グルメブームの波に乗ってビストロから洋風居酒屋、サイゼリヤまでエスカルゴの裾野が広がってきました。今では皆さんそれほど抵抗なく食べていると思いますがいかがですか?

 食用に飼育された「エスカルゴ」の件を除くと、成人してからカタツムリについての新しい知見はネガティブなものばかりでした。
・広東住血線虫という寄生虫がいる。最悪死に至る。
・沖縄に侵入した外来種、最大25センチにもなる世界最大の『アフリカマイマイ』による食害
・カタツムリに寄生し、視神経を乗っ取りゾンビ化させて宿主を鳥に捕食させる恐怖の寄生虫『ロイコクロリディウム』

 ちょっと気持ち悪くてエスカルゴを食べる気が減退します。まぁ機会があれば食べるんですけどね。

 そんな感じで、今はもうカタツムリにポジティブな感情を抱きにくいのです。

 話は逸れますが、広告の仕事をしていた頃に、海外の有名な写真家の作品で裸の女性の肌にカタツムリを這わせた写真を見たことがあります。視覚から感触に訴えてそくっとしたことを強く覚えています。誰だったかな。

 もうひとつ、子供の頃に読んだSF小説で、遠い惑星に降り立った探検隊が巨大カタツムリに襲われるというものがありました。カタツムリの歯はご周知のように1万本以上もあって、びっしりならんだ細かい歯舌(しぜつ)が大根おろし器とかヤスリのように食物の表面を削り取って食べるんですよね。これに食われるということは…想像を絶する恐ろしさです。ヘビに丸呑みにされるより、ワニにデスロールされるより、コモドオオトカゲに食いちぎられるよりイヤかもしれません。どれもイヤだけど。

 そんなふうに、無邪気な幼少期の記憶とは程遠くどんどん嫌な感じの知識ばかりが積もっていくカタツムリですが、さっき検索していたら最近明るいニュースを見つけました。なんと「光るカタツムリ」の話題です。以下引用します。

 へぇ、そんなのがいるんだ。80年前に初めて発見したのも日本人なんですね。そもそも「発光生物学」などという分野があるだけでも驚きです。もっとも深海に住む貝なんかは光るのもいそうですよね。光るカタツムリは洞窟とかにいるのかな。

 ネガティブ要素に比べるとささやかなニュースですが、こうしたことにいちいち驚く心を思い出してちょっといい気持ちになりました。


 レイチェル・カーソンの名著『センス・オブ・ワンダー』をふと思い出しました。『沈黙の春』に比べるとどこかぼんやりとしていて、内容はあまり覚えていないのですが、最近森田真生さんによる新訳が出たそうなので読み直してみようかな。



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本とビール・カモシカ | 伊藤ケンジ
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