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子供のウエイトリフティング選手における障害予防の考え方:07 [肩のケガ対策]

怪我対策シリーズ今回は、肩について考えていきましょう。


肩の構造

肩関節は、腕(上腕)の動きと、背中に位置する肩甲骨、そして胸元にある鎖骨との共同した動きで成立します。

さらに、上腕骨の連結部位が球形の形をしている事から、運動方向も多面に動くことが特徴です。

上の図にあるように、肩関節はその土台として「肩甲骨」の役割がとても大きいのが特徴です。胸の骨(胸郭)に対して、肩甲骨が上下・左右に大きく可動することができないと、上腕骨だけの動きでは広い範囲で動く事ができません。

そもそも、上腕骨と肩甲骨の連結は、骨のハマりが浅く、安定性に乏しいことから、大きな外力に対応するには、肩甲骨との連動した位置の獲得、姿勢の保持が必須になります。



1.肩甲骨面と腕の位置関係

肩甲骨と上腕骨の位置関係を考える際に肩甲骨側の構造に注目する必要があります。 肩甲骨は、胸郭の表面をスライドするように動くのですが、肩甲骨の先端(上腕骨との関節面)は、身体の前面に向くよう角度がついています。

肩甲骨の関節面が前方を向いていることで、腕は顔の前で自由に動かせるのです。 この肩甲骨面に接している上腕骨は、その長軸(骨長の延長線)が並ぶように位置した時に、肩にとって最も動きやすいポジションを取ると言われています。(通称:ゼロポジション)

通称「ゼロポジション」と呼ばれる肩甲骨と上腕骨の位置関係

スナッチやジャークの手幅は、人によって個人差はありますが、回旋運動を強いられる肩関節においては、ストレスの最も少ない「ゼロポジション」に肩甲骨-上腕骨の位置が取れることは重要です。



2.頭上のキャッチ動作 と 肩肘位置

ウエイトリフティングでは、スナッチおよびジャークの最後を「キャッチ動作」によってバーベルを静止させなければなりません。

この動きは、大きな重量を跳ね上げた直後に、頭上で瞬間的な静止を必要とします。加えて、手幅との関わりも大きく、技術が成長するに伴い手幅を変えるような事があると、以前までの安定した感覚をもう一度探し直さなければなりません。

とはいえ、重量を頭上で保持し、静止させる際に必要な力学的な視点は共通しています。

*バーベル重量の鉛直真下に足底面を接地(スナッチ・プッシュジャーク・スクワットジャーク)させ、足裏全体で重量を支える

*スプリットジャークは、バーベル重量のかかる鉛直真下が、前後に開いた両脚の中央に来る(前スネは床から90°垂直に位置し、後ろ足は臀部と太もも後面の筋力で支える)

*バーベルを支える骨盤は、水平(ニュートラル)位置で真下に位置する

*全てのキャッチ動作は、肘を伸ばし(肘を張り)真下から支える





3.肩の回旋動作と怪我のリスク

キャッチ姿勢を取る際に、肩関節を「外旋」させるか?「内旋」させるのか?について、質問を受ける事があります。海外のコーチングを見ていると、内旋を指示している人もいれば、競技ジャンルによっては外旋を説明する人も見受けられます。

先で説明したように、肩の関節構造は浅くできており、可動性が大きい一方で、不安定性も大きい(外れやすい)特徴があります。

解剖学的な特徴から言えば、その代表的な動きは、肩関節の過外旋・過外転を強いられる(加えて水平伸展)の動きとなります。

また、肩関節の内旋を強調してキャッチをすると、僧帽筋という肩周囲の筋肉が緊張しやすく、肩甲骨も前傾位を取りやすくなるため、一見、肩の安定感を得やすい位置になるのですが、

この位置でバーベルが頭上後方に移動するような力が発生すると、肩甲骨と前腕の骨を結んでいる上腕二頭筋(特に内側)を引き伸ばしてしまう可能性が高まってしまいます。

こうしたことから、キャッチ姿勢の肩の置き所としては、外旋・内旋の過度な位置に入らないよう中間位を意識して支持するのが理想だと言えます。

バランススナッチ(下図)のようなキャッチ動作・姿勢に注目した練習で、肩の位置を確認するのもやり易い方法です。

肩関節は、内外旋中間位を保持したまま、垂直に支持できるのが理想的


4.肩関節の回転・回旋を支える深層の筋肉群


上では、肩甲骨が土台として働くことを説明しましたが、続いて腕の動き(肩の動き)と怪我に関わりの強い筋肉を紹介します。

それは、回旋筋群(ローテータカフ)と呼ばれる筋肉群で、4種類の筋肉が共同して上腕骨を支えています。

肩の回旋筋群(ローテータカフ)


棘上筋 
肩関節の外転を担当し、かつ上腕骨を肩甲骨へ引き付ける働きをします。棘上筋が正しく機能することで、上腕骨は関節面に安定して位置し、回転運動が可能になります。三角筋が力強く外転動作を行う際に、肩関節がグラつかないよう安定感を保てるのは、棘上筋の働きです。

棘下筋
小円筋とともに、肩の外旋の動きを担当します。また、肩が90°の外転位置では水平伸展(体背面方向へ肘を引く動き)にも働くため、ウエイトリフティングでは、スナッチの 2nd 跳ね上げ局面、切り返し(ターンオーバー)局面において上腕骨を安定させバーベルを体に引き付ける働きをします。

小円筋
棘下筋とともに肩の外旋動作を担当する筋肉です。棘下筋と異なり、肩の位置が変化しても、肩を外旋させることが中心の働きとなります。

肩甲下筋
他の筋肉と異なり、肩の内旋を担当し、スナッチキャッチの瞬間やジャークのキャッチの瞬間では、上腕二頭筋と共に上腕骨が離れないようブレーキをかけるように働きます。


5.上腕二頭筋による肩の安定性

回旋筋群によって上腕骨の安定性を確保することに加えて、腕に位置する上腕二頭筋の働きも、肩を機能的に使うための重要な要素です。

上腕二頭筋は内側と外側、二つの筋腹をもち、肩甲骨に付着する場所が違います。いずれも重要な働きをしますが、特に外側の筋肉は上腕骨の形に沿って走行し、腕を上げる際の回転運動を滑らかに行えるよう上腕骨の位置を保つ働きをします。

一方、内側に位置する筋腹は、胸元に下がる烏口突起(うこうとっき)と呼ばれる骨に付着するため、肩甲骨位置の影響を受けます。 

下記でも紹介しますが、スナッチのキャッチ場面で肩を前方に突っ込む(肩甲骨の過度な前傾・上腕骨の過度な内旋)ように操作してしまうと、怪我のリスクが高まります。


よくある肩のスポーツ障害


1.インピンジメント障害および棘下筋炎

先に紹介した回旋筋群が関わる障害です。回旋筋群の中でも、特に棘上筋とその周囲を支える滑液包という軟部組織が影響を受けます。 腕の動き(肩の動き)は、肩甲骨と上腕骨とが双方に関連して動くのことは説明しましたが、この2つの動きのスムーズさ、タイミングが協調している事も大切な要素です。

上腕骨が動こうとする時に、肩甲骨を支える筋肉に制限があれば、肩甲骨の動きが崩れ、その間で力を発揮している棘上筋と滑液包が関節内で挟まれる現象(インピンジ刺激)を発生してしまいます。

回旋筋群は、重量を跳ね上げるために力を発揮しつつも、肩関節がグラつかないよう支える動きを行うため、動作中も頻繁に働かなければなりません。

特に、棘上筋と滑液包が、肩の狭い空間(烏口肩峰アーチ)の下で挟まれることで関節部位に強い痛みと動きの制限が発生します。

インピンジメント障害は、頭上でバーベルを支えるキャッチ動作の瞬間に発生する他、スナッチでの切り返し局面(ターンオーバー)の際にも発生します。

特に、初心者に多く見られるのは、胸元の張りが出せず、肩が前方に移動した姿勢のまま、跳ね上げおよび、切り返しをしてしまう際に起こりやすい怪我でもあります。


肩甲骨が、上に回転する動き(上方回旋)と内転(肩甲骨を脊柱に寄せる動き)がタイミングよく実施できるよう、バーベル操作時の体の使い方について注意深く確認する事が重要です。

さらに、インピンジメント(挟まれる症状)とは異なるものの、スナッチにおいてバーベルを上方に跳ね上げる際に、肩後面にある「棘下筋」を使いすぎることがあります。 

これは棘下筋が、肩の(上腕骨の)外旋に関わる筋肉であると同時に、90°に肩を外転した際には、肘を背中側に引き付ける水平伸展の動きも担当するからです。

このため、バーベルを胸元に引きつけようとする動きに続いて、切り返し動作(肩の外旋)に移行する場面で腕を力みすぎると、棘下筋への余計な収縮を強いることになってしまいます。

これらのエラーは、本来、脚による力発揮を利用して、バーベルを上昇させる動作を、腕の力に任せて引き上げようとしてしまう事が理由です。スナッチ習得の初級段階で多く見られる場面となるので注意しましょう。


2.上腕二頭筋腱炎(短頭)

先に紹介した、上腕二頭筋は、肘の運動に関わるのと同時に肩の怪我の原因としても注目が必要です。

特に、スナッチキャッチの場面では、肩の内旋と肩甲骨の挙上および前傾が強く出過ぎる(肩が突っ込みすぎる)と、保持しているバーベルとの間で、過度な伸長ストレスが生まれ、上腕の筋肉および肩関節を包む軟部組織で怪我をしてしまいます。(この場合は、内側の筋肉が痛めやすい)

また、同じキャッチのタイミングに、肘の内側が痛むような場合も、
肩甲骨が前傾位置で強く締め過ぎるのが原因の事がある
ので注意します。


3.第1肋骨骨折(疲労骨折含む)

第1肋骨骨折は、他のスポーツ競技ではほとんど見かけない珍しい骨折ですが、ウエイトリフティングでは比較的多く見受けられます。その上、大切な大会直前で発症することも多く、選手にとってはなんとか予防したい怪我になります。

文献で見られるのは、「疲労骨折」のタイプですが、ウエイトリフティングでは、クリーン&ジャークの際に骨折の感触を得て気づくのが多くみられます。特に、ジャーク動作に入るディップ&ドライブの切り返し局面で骨折感を感じる場合が多いように思います。


左第1肋骨に骨折線が確認できる

第1肋骨は、その名の通り肋骨の最上位にあり、首の骨から伸びる斜角筋群(前斜角筋・中斜角筋)によって吸気動作の際に持ち上げられます。

一方で、肋間筋の働きは、第1肋骨を下方に下げる動きをし、前鋸筋による肩甲骨の運動時にも第1肋骨は牽引される部位になります。

ここに、ジャークでのディップ動作による下方への加速度と応力が上乗せされ、すぐさま上昇させるための強い筋力発揮が前斜角筋を中心に必要となると、第1肋骨には、上下逆方向の強い力(剪断力)がかかり骨折(疲労骨折含む)を発生させると考えられています。



この第1肋骨骨折を予防するための方法は、肋骨部に発生する剪断力(上下方向の力)を集中させないことになりますが、予防がとても難しいのが現状です。バーベルの重量は記録向上と共に重くなり、重量の増加に伴い受け止める技術も難しくなって来るからです。

また、斜角筋の筋緊張を高めないよう首元のケア(ほぐす・伸ばす)を注力することも大切でしょう。

また、体型による傾向もあるとされていて、「なで肩」の人や「胸椎後湾(円背)」の人は、第1肋骨へのストレスが加わりやすく、発症の傾向が強いとの報告も見受けられます。

「なで肩」の選手は、第1肋骨骨折を引き起こす傾向が高い

動きとしては、クリーンキャッチから「ディップ&ドライブ」に移行する際に、体幹筋の緊張を抜かない事、肘が下がってバーベルをズラさない事が大切になります。


4.肩関節脱臼

ウエイトリフティング競技の怪我の中で、特に注意しなけばならない怪我が脱臼です。脱臼とは、関節を構成している骨同士が、本来あるべき位置関係を崩し外れしまう状態を言います。

肩は、肩甲骨から上腕骨が前下方向に外れやすく、完全に外れてそのままになることを、(完全)脱臼、一時的(一瞬)外れた状態になっても、すぐに元の関節位置に戻ってきたものを亜脱臼と呼びます。

いずれにせよ、肩関節を構成している靱帯や関節包、筋肉や神経に大きな損傷を与えることになり、繰り返し外れてしまう(癖のようになってしまう)反復性脱臼になることも多いため、初回受傷時の対応が実に重要となります。

受傷のきっかけは、やはり「キャッチ動作」時のエラーです。

特に、頭上後方にバーベルが流れるような動きが出た際に、自分の手がバーベルから離れず、バーベルに肩が引きずられるようにして崩れる瞬間が特に危険です。


怪我を予防するために


ウエイトリフティングは、肩の可動性を活かして頭上にバーベルを挙上します。肩関節は、多方向に可動できる事が動きの幅を広げる一方で、キャッチの際には大きな重量を一瞬で受け止める技術の洗練さが必要になります。

肩の怪我の多くは、その一瞬に起こる操作ミスが引き金になる事が多く、1回1回の操作の中で注意が必要です。 とはいえ、肩の怪我を気にしながら練習を続けるわけでないので、動作の導入時に確認を丁寧にすること、重量を増加させる時には、基礎技術の出来栄えを意識することが重要になります。


1.シャフトでのドリル練習

肩の動きを確認し、可動性を高めるためにシャフトでの操作練習を丁寧に行うことが重要です。初心者であれば、シャフトの代わりにエデュケーションバー(3kg)や、ホームセンターで販売されている木材、イレクターパイプでの反復練習も効果的です。



ここでは、シャフトだけでも実践しやすい確認種目を紹介します。

・スローリフティング
→シャフトだけでスナッチやクリーン&ジャークの動きを確認します。動作の全体をスロー(低速)で行いながら、通るべき軌道を確認します。ポイントは、スタート〜キャッチ動作まで行き着いたら、巻き戻しのように逆からも正しい軌道を通れるよう操作して確認します。

・ハングハイプル
膝上にシャフトを保持した状態(ハング)から2ndPull動作(跳ね上げ)軌道を確認します。脚による力発揮に続いて、肩・肘が動き出すようタイミングと軌道を補正します。身体とシャフトが近い距離、鉛直上向きの軌道を通るよう、体幹の固定と上方(後方)への傾斜を整えます。

・バランススナッチ
→シャフトを首後方(僧帽筋部)に担いだ姿勢から、真下に下がる(潜り込む)動作とともにスナッチキャッチを行います。ここでは、シャフトの鉛直真下に入り、体幹(骨盤)がニュートラルポジション(水平位置)を保てる事が大切になります。先に記載した、肩の過外旋、過内旋に注意し、内外旋中間位を覚えましょう。

・ハイスナッチ
→シャフトの軌道を確認し、キャッチ時の姿勢を確認できたら、その軌道をそのままに、高い位置でのスナッチ動作(ハイスナッチ)から一連の動きを繋げて確認します。重量を上げていく前のタイミング&軌道確認が目的の中心となります。

・ハングクリーン&ジャーク
「ハング:膝上でシャフトを保持した状態」からの動作確認は、軌道を修正する際に簡便で効果的です。ここから始めると、クリーンキャッチの反復動作がしやすく、そのままジャーク動作にも移りやすいため、動きの再学習に向いています。

・プッシュジャーク
→シャフトドリルでは、ジャークの種類も変えながら肩、肘の動作パターンを確認します。プッシュジャークは、両足をクリーンキャッチ幅のままか、やや左右に開く程度の動きになるため、スプリットジャークと比べると股関節との連動感が得やすく、肩の可動性(柔軟性)を確認する良い種目です。

・ロープッシュジャーク(スクワットジャーク)
→技術的に難しくなりますが、シャフトドリルであれば、少しでもできるようにしておきたい種目です。キャッチのタイミングに股関節の可動性が大きくなる分、シャフトの鉛直真下で支え続けるための、柔軟性と関節の締め感(骨による支持性)、体幹のバランス力を確認できる種目です。


2.肩関節の安定化エクササイズ


肩関節を安定して使うためには、バーベル以外の刺激から補強(修正)する刺激も有効です。特に、先に紹介した回旋筋群への遠心性刺激を上手に活用する事で関節の動きをスムーズにするとともに、安定性を高めていきます。

棘下筋の安定性強化エクササイズ


エクササイズバンドを用いた肩の強化

エクササイズバンドは、重力の方向に関係なく負荷を加える事ができるのが利点で、肩のような多方向に動かす関節には相性の良い道具です。

先に紹介した「インピンジメント症状」において弱化する棘上筋をサポートする際も用います。

棘上筋は、上腕骨の上部に位置していて、上腕骨の回転運動時に重要な働きをします。腕の上部にバンドの張力を加える事で、筋肉への刺激が個別に入りやすく、活性化させることにつながります。

この時も、動作を急ぐことなく、ゆっくりと関節が動き、骨が行き来する感触を持ちながら行う事が重要になります。

この他にも、多方向の動作で刺激を入れることで、肩の安定化を強化でき、バーベルを操作する前後、途中の調整プログラムとして活用します。



(参考文献)
・公社)日本ウエイトリフティング協会指導教本2022
・日本トレーニング指導者協会トレーニング指導者テキスト(実践編・理論編)大修館書店
Olympic Weightlifting: A Complete Guide for Athletes & Coaches (English Edition):英語版/Greg Everett
・NASM ESSENTIALS OF SPORTS PERFORMANCE TRAINING 2nd edition
・NASM Essentials of Corrective Exercise Training: First Edition .2013
・ゆ~っくり座って健康に! 60歳からはじめるエキセントリック体操 2022 :
野坂 和則 (著), 稲見 崇孝 (著), 桂 良寛 (著), 野坂和則 (監修)
・エキセントリック運動の理論と実践:エキセントリック運動の特徴と効果:JATI東北支部WS野坂氏提供資料:2023
・運動器疾患の「なぜ?」がわかる臨床解剖学 2012/5/18 工藤慎太郎 (著)
・運動療法のための機能解剖学的触診技術 上肢 下肢・体幹  青木隆明(監修) 林 典雄(著)メジカルビュー社


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