時間差読書会。日本軍でのリンチについて、山本七平著『私の中の日本軍』より
本の内容
概要
この本(山本七平著『私の中の日本軍』(上)文春文庫)は、著者である山本七平が、第二次世界大戦中に徴兵された日本軍での体験を綴ったものである。今回はそのうち、リンチについて書かれた部分(13〜47ページ)をとりあげた。
著者によると、日本軍全ての兵科や階級に渡って量的な知識を得た訳ではないが、質的には著者なりに理解したとのことであるので、何となく(いい加減に)質的研究風に記載してみた。(この投稿中で「著者」としているのは、元本の著者である山本七平をさす。)
方法
著者は徴兵されたが肋膜炎(結核)の経験があったため、当初は一般の初年兵の属する「内務班」ではなく、「特別訓練班」に配属され、そこではリンチを受けなかったが、他の兵士たちがリンチされるのを、すぐ近くで見ていた。
後に「特訓班」が解散して「内務班」へ帰り、ついで「幹候班」に移って予備士官学校へ行くまでのごく短い期間、著者自身もリンチを受けた。
結果
1)誰が、どこでリンチをした(加害)か?
内務班で、二年兵の先任上等兵のうち通常一人、多くて二人が行ったが、内務班によってはリンチをする者が全然いない場合もあった。
(注1: 内務班)
wikipediaによると、「軍隊の営内居住者のうち軍曹以下の下士官及び兵を以て組織された居住単位」
著者による説明、「兵舎は中央に廊下があり、これを挟んで向き合ったニ区画が通常一内務班になっていた。一区画ごとに真ん中に大きなテーブルが二つ縦に並べてあり、テーブルの両側に六尺椅子が一つずつ、都合四つあった。」
‥1尺≒30cm?、それだと座れないので、6尺椅子に3人?、それとも6人?
一区画に12または、24人、一内務班に24または48人という計算でいいのか⁇
(注2: 二年兵とか、上等兵とか)
入隊してからの年月によって、初年兵、二年兵、三年兵
また兵隊の階級は、下からいえば、二等兵、一等兵、上等兵、兵長
軍隊では「教育のない下士官や上等兵が、大学出を嗜虐的にいじめた」とよく言われるが、実態は定説の逆であった。
例えば著者が内務班にいたごく短い期間に、朝に晩に私的制裁を加えていた定評づきの二人のうち、一人はT兵長で日大の工学部出身、もう一人はK上等兵で中卒、職業は都電の車掌であった。
そして、もう一人その後に登場したU見習士官は高等師範、今の筑波大学の出身であった。この人はこの本の出版当時は大学教授らしいが、「その私的制裁ぶりは実にひどかったらしく、この章が「諸君」に掲載されたとき、なぜ本名を書いて筆誅を加えないのかといった手紙が、実にたくさん来た」。
著者のもう一つの体験では、皇居の警備のために連隊から選抜された二人の最優秀な兵士、どこの社会でもエリートとしてやっていけるようなこの二人が、「残虐そのもの」のリンチをしていた。
よく言われる「教育のない者」に関しては、著者の体験では社会の底辺にいた者は軍隊でも底辺にいたし、そうした者に皆の前で説教をし、総括をし、リンチにもっていく能力がなかった。
2)いつリンチをしたか?
夕の点呼が終わって解散し、将校、三年兵、二年兵がその場からいなくなったときに、
二年兵の先任上等兵がその日の「総括」を始める。兵器・兵装から食器、衣服、寝具の手入れまで細かい手落ちを指摘し、たるんどると結論されて、リンチという流れになった。
3)どのようにリンチをしたか?
「めがねをはずせ」「歯をくいしばって、足をふまえてろっ!」という声で始まり、リンチが消灯まで続いた。
著者のみたリンチの方法には、「次のようなものがあった。ビンタ、整列ビンタ、往復ビンタ、上靴ビンタ、帯革ビンタ、対抗ビンタ、ウグイスの谷渡り、蝉、自転車、各班まわり、編上靴なめ、痰壺なめ、食缶かぶせ等々。
肉体的に一番ひどいのは上靴ビンタ、これで往復ビンタをくわせられると必ずほおの内側が切れて口から血をふきだし、ひどいときには歯が折れたという。これをやられると三日ぐらい飯が食えないのが普通だった。」
4)リンチを受けた者の反応は?
著者は、「撲られると一瞬目の前が暗くなり、その中を星がとぶこと。目の前の同年兵の口の内側が切れて唇のはしから糸のように血が垂れたこと、思わずうずくまる者が無理に立たせられてもう一度殴られると、本当に虚空を掴むような姿勢で倒れること。撲る人間は一種の薄笑いを浮かべること」と自らの受けたリンチの記憶を語る。
そして、「何か小さな失策をした場合、たとえ公の制裁(たとえば重営倉のような)がないことはわかっていても、内務班で待ちうけている私的制裁を思っただけで足のすくむような思いをした」と述懐している。
またリンチをしていた皇居警備の兵士にからめて、リンチを含む軍隊での日常生活と初年兵への影響をこのように描写している。
「皇居警備のために選ばれた兵士の「軍装を被服庫から借り、勤務が終われば手入れ洗濯をして被服庫に返却するのもまた全て初年兵の仕事であった。しかし初年兵にはそんな時間はない。」消灯後の洗濯は禁じられていたが、衛兵が見回りにくると隠れながら、密かに洗濯場で行った。
やっと終わって寝ようとしても、体が冷えきってなかなか寝つかれず、ウトウトしたかと思うと起床ラッパが鳴り、一日中日課通りに過ごした後は、「夕点呼後の「総括」、毎日それの繰り返し。」
過労、緊張、恐怖」によって思考停止となり、まるで催眠術にかけられたように、言われたことにただ服従するようになっていった。
とはいっても、思考停止して、催眠術にかかったような状態で毎日を過ごしていた者ばかりではなかった。
著者の所属した中隊から既に逃亡兵が出ており、取調べによってリンチが理由であると判明していた。
5)直接の当事者以外の反応は?
「多くの者が何とかして兵役を逃れたいと内心思って」おり、その現実的な理由はリンチの恐怖だった。
「入営前に、軍隊という言葉を聞いただけで連想されるのが、その恐ろしいリンチの噂であった。だれも声高には言わなかったし、新聞には一行も報ぜられていなかったが、しかし全ての者が知っていた。」
このような「軍民離間」とその理由であるリンチを軍部は深刻に受けとめていた。
朝の朝礼では必ず中隊長から、撲られた者は申し出るようにとの声がかかった。中隊長は真剣に呼びかけていた。しかし申し出る者は誰もいなかったし、リンチがなくなることもなかった。
6)リンチが行われた背景として考えられた状況
軍隊では「下級の者は上級の者に従うべき」という階級による秩序が定められていたが、兵隊の実際の権力は古い者ほど強く、それには将校といえども口をはさめなかった。つまり初年兵を二年兵が、二年兵を三年兵が押さえつけていた。
これは、「星の数よりメンコ(食器)の数」という言葉で表現されていた。
例えば二年兵の上等兵よりは、三年兵の一等兵の方が実際の権力では上であった。
「うっかり何か言えば、「なにをっ二年兵のくせしやがって、調子こんで上等兵ヅラしやがるとブチのめすぞ」と言われ」るといった調子であった。
戦地でも、同じ調子だった。将校になっていた著者の世話係の万年一等兵は、点呼の時間が近づいてもなかなか出て行かなかった。そのときに班から呼びに来た二年兵の上等兵が、どうか点呼に出てくれと遠慮しいしい頼んでいた。
考察(著者の分析を書いたつもりだけど、自分の意見も混じっているかも)
著者「が入営した昭和十七年頃には、もうこの問題(リンチ)を正面から取り上げざるを得ない状態になっていた。」戦況の不利が明らかとなり、あらゆる生活物資が不足するようになって国民の厭戦気分が高まるなかで、リンチを理由とした徴兵忌避は放っておけなかった。
特に将校たちにとっては、リンチを理由に逃亡する兵士が出れば統率力不足として昇進にも差し支えるため、絶対に見過ごすことの出来ない問題であった。
しかしリンチを止めさせるのは無理であった。将校たちは階級によって秩序を保っていたが、兵隊を実際に統制していたのは階級ではなく、日本的な土着の秩序づけというべき入隊年度順であり、それに将校たちは口をはさめなかった。
ところで入隊年度順の秩序は、軍隊での命令と規則に反した「軍紀紊乱」である。それに将校という上の階級が口をはさめないのであるから、統率というものは存在していなかった。
であれば、もう一つの大きな「軍紀紊乱」であるところのリンチを、将校が統率によって止めさせられないのは当たり前であろう。
感想
防衛力強化だとか、国を守るだとかいう言葉が、いかに空虚な、絵に描いた餅であるのは、軍隊内にはびこったリンチをみても分かる。
国を守るためには、兵士に戦争に集中させ、それを邪魔する要因は排除すべき筈である。
しかしリンチが兵士たちを消耗させ、戦争よりもリンチ(を避けること)などに意識を向けさせ、逃亡することまで考えさせるのでは、軍に忠誠を持たせないよう、良い働きをさせないよう仕向けているのと同じではないか。
逆にリンチの良い(?)効果としては、兵士に自ら考えるのを止めさせ、催眠術にかけられたように進めといえば進み、止まれといえば止まるようになることか? でなければ殺されるおそれの大いにある戦場から、命令のない限り動かないといったことは難しいのではないか。
ということは、リンチは、今でいえばパワハラもその一種だろうが、軍隊に必ずついてまわるのではないか。
そしてリンチが示すのは、統率の不在である。リンチだけでなく、きちんと統率されていなければ有利に戦争を進めることは出来ない。
リンチがあるから兵隊が良い働きを出来ない、しかしリンチがなければ兵隊が戦場にいられない、リンチという統率を乱すものがあり敵味方ともにオウンゴールを続ける消耗戦だとなると、戦争というのは無理ゲーなのだとよく分かる。
何千年も、いやもっと前から人類が戦いを繰り返して、あらゆる面からその愚かさを示してくれないとは、本当にせつない。
ていうか、それでも戦争をしたいなら、したい者だけがやったら良い。
私は逃げたい。逃げるとか、たとえ戦争になっても、徴兵されても少しでも有利な、安全な立場を確保するためのヒントをこの本はたくさん与えてくれた。
神に感謝(ちょっと皮肉)。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?