最近の読み物① 2025年1月頃
最近読み終わった本について感想を残しています。
未読のかたに興味を持っていただけるような感想とすることに努めています。
少しだけ内容に触れている部分もありますので、以下の目次に読書予定の本がある場合には、読後に再訪していただけると嬉しく思います。
『オーランドー』(ちくま文庫) ヴァージニア・ウルフ著 杉山洋子訳 筑摩書房 1998年
新潮文庫の『灯台へ』を読んでウルフ熱が高まり、手に取った一冊です。
話の途中で主人公オーランドーの性別が変わってしまうことや映画化されていることなどは知っていても、具体的なことは何も知りませんでした。
伝記として語られていく英国貴族の少年オーランドー(16才)の人生は、時代を跨ぎ(エリザベス朝から二十世紀まで300年以上)、性を変えて、常識を超えながら、ユーモアを交えつつ、疑いは読者諸氏に委ねられたまま、1928年10月11日木曜日の真夜中まで記録されていきます。伝記によると、この時のオーランドーは36才です。
十九世紀にオーランドーが出会う郷士(紳士階級のナイトに次ぐ身分)の名前はマーマデューク・ボンスロップ・シェルマーダイン。個人的には口に出して言いたくなる名前の一つです(実際に口に出すと、リズムの緩急が心地好い)。
二十世紀に至って、オーランドーが百貨店のエレベーターに人生の仕組みの魔法を思う場面は好きな場面のひとつです。
文庫本に所収された、訳者の杉山洋子による解説やあとがき、SF&ファンタジー評論家の小谷真理による解説を読むと、伝記の裏にある「現実の隠し絵」が浮かび上がってきて再読は必至となります。
読書の間、野暮なツッコミは忘れて、言葉の流れに長々と身を任せる快楽には、ガブリエル・ガルシア・マルケスを読んでいる時のような面白さも感じた一冊でした。
『ソラリス』 上下巻 スタニスワフ・レム原作 森泉岳土マンガ 早川書房 2025年
ポーランドの作家スタニスワフ・レムの『ソラリス』がコミカライズ!
すわ一大事とばかりに、発売日当日、仕事帰りに書店で手に入れました。
海に包まれた惑星ソラリスが発見されてから100年以上後の時代。
初期の調査や研究により、その海が有機的な形生物であり意識や理性をもつ生き物のようなものであると解釈されて以降、長い調査研究の期間を経ても、その問題の決定的な解明には至っていません。
もはや「徒労に終わる問題」の代名詞となってしまった今でも、惑星に設置されたソラリス・ステーションでは調査研究が続いています。
16ヶ月間の宇宙旅行の末に、そのステーションに新たにやってきた心理学者ハリー。宇宙船からの連絡に応答しないステーションに降り立った彼を迎える人はなく、建物内は荒れ果て、窓の外には海が発生させた巨大な形成物が聳え立っています。これからハリーが目にするものは、出会うものは一体何なのか…
物語は、海への接触(コンタクト)の記録やソラリス学の興廃の歴史を辿りながら、また、ハリーの過去と現在とを徐々に描き出していきながら、彼の言葉や思考を丁寧に追っていきます。
ロシア東欧文学を専門の研究分野とし、レムの作家研究でも著名な沼野充義による完全翻訳版『ソラリス』(ハヤカワ文庫)も読んではいますが、ソラリスとの出会いは、アンドレイ・タルコフスキー監督による映画『惑星ソラリス』(1972年)でした。映画を見て受けた衝撃は強く、今回のコミカライズを読み進めるなかでも、映画のイメージが重なることはありました。しかし、森泉岳土の描き込みすぎない線による人や物の描写の魅力は薄れることはなく、余白や省略された背景といった空間に滲み出る「あわい」の魅力がある一方で、意識を持った海の描写には濃く、黒く、練り固まった禍々しさが溢れ出ており、新たな衝撃を感じました。
森泉岳士の他の作品にも手を出していこうかと思っています。楽しみです。
『約束された移動』(河出文庫) 小川洋子著 河出書房新社 2022年
6つの物語を収めた短篇集です。
主な登場人物は、ロイヤルスイートを担当するホテルの客室係、市場ビルヂングのエスカレーター補助員(少女の頃)、デパートの警備課迷子係(すでに退職)、村で唯一の託児所(黒子羊が飼育されている)の園長、希少言語(ヨーロッパ・アルプス東南端の丘陵地帯の地域語)で執筆する文学者とその言語の数少ない通訳者などです。それぞれの職業における特異な能力や、持って生まれた特性などにかかわる物語が収められています。
時代や場所を特定しない物語世界のなかで、密かに共有され、直接的に、あるいは間接的にやり取りされる秘密や嘘に心が躍ります。
奇妙で優しく、少し歪んでいて、静かだが寂しさは感じない。そして時折、残酷な瞬間が訪れる。小川洋子を読む楽しみを思い出した一冊でした。
『まいにち鳥びより』(POLARIS COMICS) 鳶田ハジメ著 フレックスコミックス 2025年
毎朝の通勤時に畑や用水路の側を歩いていると、時々、サギやカモなどの野鳥に遭遇することがあります。また、セキレイが道案内をしてくれるときもあります。
そんな朝には、今日一日が無事に過ごせそうな気がして、心が軽くなったりします。この本の帯の惹句にいうとおり、その辺にいる鳥たちは楽しい生活の一部となっています。
生き生きと描き出された野鳥はみんな可愛く、著者による観察中のコメント(独白とツッコミ)もいちいち面白いので、繰り返し楽しめる一冊となりそうです。
落ちている羽を拾い集める話については、驚きの情報もありました。
遅刻覚悟で、通勤時の野鳥観察に身を入れてしまいそうです。
『王朝の恋の手紙たち』(角川ソフィア文庫) 川村裕子著 KADOKAWA 2024年
恋文とは無縁の境遇ではありますが、手紙から古典名作を読み解き、平安時代の貴族たちの心を知るというこの本には大いに興味を抱きました。
古典を原文ですらすら読み解けるというわけではありませんが、原文を引用しつつ、新たな切り口で、古典のエピソードを分かりやすく教えてくれるような本はついつい手に取ってしまいます。
この本の中では、手紙の内容や届いたタイミングが引き起こしたエピソードのほかに、手紙の作法、作成機器(王朝文房具)、使用する紙の種類や装飾技法、手紙を運ぶ人「文使い」の活躍など、面白い話が満載です。
速度、タイミング、正確性、気遣いが命で、体力と気力を試される文使いについてのエピソードは特に面白く、映画化希望です。
しかし、手紙(郵便)や連絡(メール等)にスピードと正確性を求められる点については、使用する作成機器(メディア)が進化した今と比べても、あまり変わりがないというのは、返信の遅いガラケー使用者としては、内緒にしておきたいところです。
この本のなかで何度も引用されている『和泉式部日記』については、過去に何度かチャレンジして読み通せずにいましたが、また読み始めてみようかと思いました。