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本のタイトルで客の悩みを察する
相棒が、欲しい本があると言うので、大型書店へ付き合った。
私は、特に欲しい本はなかった。相棒が物色している間、普段は見ない棚などをぶらつき、何か面白そうな作品はないかと眺めていた。
芸術関係の本を、前はよく買っていた。
だが、今となっては、noteのヘッダー画像くらいしか、イラストを描く機会がなくなってしまった。
プロの作品を見るのは楽しい。表紙の絵だけでも楽しい。
海外の作品も、異国情緒たっぷりで、新しい発見がある。
北欧パターンやテキスタイルを見るのも好きだ。
自分では決して描けない。プロのデザイナーは、モチーフ選びからして優れていて、真似しようと思ってもできないからだ。
前にグラフィックデザイナーから聞いたのだが、マリメッコというブランドのウニッコという花柄は、開ききったチューリップを模しているとか。
旬を過ぎを植物にも趣を見たり、可愛さを感じたり。そんな心も、思いなしか日本に通じていて、いいなと思う。
そうこうしているうちに、相棒がどっさりと本を見繕ってきた。
この中から、買う本を選びたいと言う。
私たちは、ひとまずフロアの隅にあるベンチに腰を下ろした。
ちょうどそこは、堀江貴文さんやひろゆきさんの著書が陳列してある、ビジネス書の棚が、目の前にあった。
時間を効率的に使って仕事をする方法。
モンスターな社員を、うまくあしらう方法。
さまざまな現代人の悩み事に答えてくれる本が、ずらりと並んでいる。
きっと悩める人が、解決方法をタイトルから探すのだろう。
そんなことを考えている時だった。
七十歳くらいの女性客が、店員に案内されて、前を通りかかった。
店員に書棚から取り出された本を、女性客は受け取った。
その本のタイトルを見て、私はハッとしてしまった。
自分の時間。
自分のための人生。
この女性の求めているものは、そうしたものなのだと思うと、なんとも物悲しい気分になってしまった。
もしかしたら身近にいる誰かのために買おうとしているのかもしれない。
だとしても、その女性の覇気のない立ち姿を見たら、胸が詰まるようだった。
女性は、ちらっと私の方を見た。
どうやらベンチに座りたいようだ。
私は相棒に「その辺を見てくる」と言い残し、さりげなく席を立った。
しばらくして戻ってくると、女性は相棒の少し離れたところに腰を下ろしていた。
小柄で、丸まった背中を見ていると、私は「勇気を出しなよ!」みたいなことを言いたくなった。
もちろん、そんな余計なお世話はできない。
その後、相棒は三冊くらい本を厳選し、レジに向かった。
その頃には、先んじて先ほどの女性も本を買っているところだった。
あれらの本が、女性の悩み事を解決してくれることを、切に祈った。
ちなみに相棒が購入したのは、数学の本だ。
真剣にアート作品を作ろうとしている相棒は、「正確に人体を描くには、正確に立方体を描けないとならない。正確に立方体を描くには、数学が欠かせない」と論理を語っていた。
難しい、難しいと呟きながら数学の教材を読む相棒の姿を、私は今日も眺めている。
ぼちぼち悩み事が解決するといいね。