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京極夏彦『鵼の碑』がようやく出たがなんでこんなに間が開いたのよ(ネタバレ無し)

2023年9月14日、京極夏彦氏の新作『鵼の碑』が講談社より発売されミステリーファンにはそれはもう大きな話題となった。ミステリーファン以外の方は知らないと思うけど。

ミステリー好きでもあり京極夏彦先生の作品が好きな私は、当然のごとく発売日に購入しその週の週末睡眠以外のほぼすべての時間をつかって読み終えた、いや読み倒した。なんせ分厚い、倒したという表現がピッタリである。
とはいえ今回は内容には触れない。
ネタバレは無いので未読の方は安心してほしい。

『鵼の碑(ぬえのいしぶみ)』は著者のデビュー作『姑獲鳥の夏』から始まる人気シリーズ「百鬼夜行シリーズ」の最新作であり、著者の文壇デビュー30周年記念作でもある。


百鬼夜行シリーズを少し解説すると、昭和20年代後半の東京周辺を舞台としており、古本屋兼神主である中禅寺秋彦が妖怪の仕業としか思えない不可思議な事件の謎を論理的に解き、憑物落としとして事件の関係者達の心を癒す……
と簡単に書くとライトノベルっぽいなと思うかもしれないが、いやいやライトどころかスーパーヘビー級(物理)なミステリーノベルなのである。
特徴的なのは民俗学や古文書や伝承などが随所に散りばめられており、知的興奮と謎解きの快感が味わえる、その上内容が濃く分厚い。

今作もノベルスで800ページ超の通称「鈍器本」で刊行されたのもファンにはたまりません。
京極夏彦ファンは分厚ければ分厚いほど喜ぶという特殊な性癖を持ってるからね(偏見)。

ドドン!と大ボリューム!


『鵼の碑』刊行の速報がTwitterで巡った時、私がまず思ったのは「ふーんどうせ嘘やろ」だった。
待ちに待った17年ぶりの新作が出るとは思えない反応である。
しかしすぐにどうやら真実らしいと分かって
「一生出ないと思っていのに本当に出るんだ…」
「よ…ようやく…長かった…」
「絶対発売日に手に入れたる!」
と発売の喜びを噛みしめるようになったのだ。

シリーズの最新作がなかなか出ないということは出版界ではよくあるといえばよくある話なのだろうが、この『鵼の碑』については若干事情が特殊だったと推測される。
ではその特殊な事情とは何だろうか。

■前作からの長すぎるスパン

まずこの『鵼の碑』の百鬼夜行シリーズだが、それ以前に8作が発表されている。(スピンオフを除く。塗仏は2巻で1作とする。)

まずはそのリストを見ていただきたい。()の中は発行年。

1.姑獲鳥の夏(1994)
2.魍魎の匣(1995)
3.狂骨の夢(1995)
4.鉄鼠の檻(1996)
5.絡新婦の理(1996)
6.塗仏の宴[2巻](1998)
7.陰摩羅鬼の瑕(2003)
8.邪魅の雫(2006)
9.鵼の碑(2023)←NEW!

6作目までは毎年のように、どころか年間2冊も新作が発表されていたのに7作目8作目で数年開くようになった。でも作家って大変だものそりゃそうなるよね、と思っていたらまさかの17年後!なのである。どうした。

8作目の時点でこのペースだったら「次は2010年くらいに出るのかなー」なんて呑気に思っていた私は大きく予想を外した。
予想を外したこと自体を忘れるほどに。


そしてこの百鬼夜行シリーズの特徴の1つとして、本のカバーなどに次回作のタイトルが載っているのである。
なので8作目『邪魅の雫』には、次回刊行予定作として『鵼の碑』と2006年の時点で既に読者には告げられていた。

2006年に刊行された『邪魅の雫』の巻末
一番下には『鵼の碑』の文字がある


そりゃ期待もするじゃない。
そのせいで17年もの間、今年出るか、いや今年こそ出るかと毎年思っていたわけよ、悪いけど。

※京極夏彦先生はこの百鬼夜行シリーズ以外にも沢山の作品を執筆されているので、もちろん17年間決してサボっているわけではないことはご注意していただきたい。


■なぜかサイドストーリーが先に

シリーズ8作目が出た後、次回作が出るまでに実に17年もの歳月が掛かるのだが、その間の2012年に『百鬼夜行─陽』という短編集が刊行されている。

1999年にも『百鬼夜行─陰』という対になる短編集が出ていて、それらは文芸誌などに掲載された短編を纏めた作品集なのだが、内容は百鬼夜行シリーズのサイドストーリーと位置付けられるものであった。

もう少し詳しく説明すると、8作に及ぶ百鬼夜行シリーズで起こった様々な事件の犯人や被害者などの関係者達が、その事件の直前に何をしていたか、事件の裏にはどんな出来事があったのかを怪談仕立てで描いた作品集である。

で、その2012年に出た『百鬼夜行─陽』にはなんと次回作であるはずの『鵼の碑』のサイドストーリーも2編掲載されていたのだった!!

いわば映画の予告編みたいな感じで、次回作の現場は日光なのか!石碑が光るの!?絡新婦の理で出てきたメイドがまた出るの!?蛇が大嫌いなんだって??と情報が小出しで提示されるわけ。
そりゃもうすぐにでも出ると思うよね。
なのにそこから発売まで10年以上かかるからね。

『百鬼夜行─陽』の巻末
「墓の火」と「蛇帯」が『鵼の碑』のサイドストーリー


ちなみにそこから遡ること8年前の2004年に出た、中禅寺の友人である榎木津探偵が主役のスピンオフ『百器徒然袋─風』にもそれとなくこの先日光で何かが起こるような伏線があるのよ。
仕事がなくなったメイドに日光のホテルを紹介したというだけだが、もちろん『鵼の碑』ではその伏線がちゃんと活かされている。唸ったよね。

いわば20年も前から大まかな構想はできていたのだろうし10年前にはほぼほぼ書き上がっていたといってもいいのではないだろうか。


■他にも様々な事情がありそう

で、結局なんでこんなに前作から間が開いたの?

という根本的なところは正確なところは詳らかにされてない。ただネットを見ているといくつかの推測は見られる。
やっぱりみんな気になるんだね。

・編集部との関係が悪化した説

これは実際に私自身も多分7作目の頃に友人から聞いた話。当時は今ほどネットも普及していなかったと思うのだけど、友人はどこからそんな噂を仕入れたのかな。

著者の京極夏彦先生と講談社編集部との仲は一時的にだとしても悪化していたのは事実らしく(完成していない作品の発売日を編集部に勝手に決められたとか)『鵼の碑』は他の出版社から出すことを匂わせる発言もあったようだ。
私自身も「鵼の碑は今までとは別な形で出したい」という著者のツイートは目にした記憶はある。

あとこれはどこまで関連しているかは不明だけれど、7作目に役立たずな刑事として登場し、8作目ではその無能さ故に事件に巻き込まれ加害者にも被害者にもなった「大鷹篤志」という人物がいる。どうやらそれが氏の担当編集者(元担当とも)をモデルにしているという噂がある。
名前がそっくりだそうだ。

とはいえ担当編集者をモデルにしたキャラを作中で無能な役にしたと言われるが、それが仲の悪さ故なのか仲の良さの故なのかは私には判断できない。

講談社との関係悪化の影響なのか、実際に百鬼夜行シリーズの最新スピンオフである『今昔百鬼拾遺』という3巻シリーズの文庫が2019年に出ているのだが、これがなんと講談社・角川・新潮社と3つの出版社によってそれぞれ1巻ずつ刊行されるという非常に珍しい形になっている。
だから『鵼の碑』も講談社から出るとは限らないという話を間接的に補強することになったと言える。
ちなみに前述の『百鬼夜行─陰/陽』も文庫版は文藝春秋から出版されている。

・東日本大震災の影響も?

これも推測にはなるけれど、前述したように作品の大まかなプロットは20年近く前から出来ていたと思われる。

ネタバレにはならないように書くとぼんやりとした言い回ししかできないけれど『鵼の碑』には偶然にも東日本大震災で起こった悲劇に関連づけられる内容が出てくる。というかそれ自体が作品のコアの部分の1つになっている。

もちろん時代設定的に東日本大震災とは直接の関係は全くないのだが、偶然にも震災を想起させるような内容になっているため、震災からしばらくは刊行しなかったのではないかともネットでは推測されていた。

震災から10年以上経ってせっかくならデビュー30周年に合わせて出版しようかとなったのかもしれないね、知らんけど。


ともあれ、何年ぶりだろうが京極夏彦先生の百鬼夜行シリーズを読めることには非常に嬉しいし関係者の皆様にも感謝している。

果たして次回作『幽谷響の家』も17年後になるのか?それともこの17年の間に書き進めていて近い内に出版されるのか?
我々には次回作の発表を待つばかりですね。
何年経とうが期待して待ちましょう。

分厚ければ分厚いほど喜びますから、我々は。

2023年9月16日の朝日新聞朝刊の広告
左下には次回作のタイトルが…!

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