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【短編小説】立ち入り禁止


「コタロー、この後ひま?」
帰りの挨拶が終わったあと、友人のケースケに声をかけられた。
僕は少し首を傾げて、くしゃりと髪を触る。
「別にひまだけど。何?遊ぶ?」
「や、遊ぶってゆーか、その。一緒に行きたいところがあるんだよね。どうかな」
ケースケは僕の反応を慎重に探るように、こちらの顔をまじまじと見た。
「ふーん、いいよ。行こ。どこ?」
「へへ、それは行ってのお楽しみ」
「何それ」
ケースケに引っ張られるようにして、さっさとランドセルを背負って、僕らは足早に教室を出た。


ケースケの「行きたいところ」の道中に最寄りの駄菓子屋があったので、そこに寄ってつい大量にお菓子を買ってしまった。
まず自分の買った商品が入った袋を覗いて、次にケースケのを覗いて、僕は眉をひそめた。
「やば、破産するかも。てかケースケ、大量に板チョコしか買わないっていうセンスはどうなの」
「なんだよ、めちゃくちゃセンスいいだろ。コタローこそ酒のつまみ系お菓子しか買わないの何なん?かっこつけ?」
「うるさ」
お互いのチョイスに難癖をつけながらいくつか買ったものを食べながら歩いた。
首が太陽の熱を受け、じわりと汗ばんでいく。
7月の上旬、もうすっかり夏の空気だ。夏休みの訪れを今か今かと待ちながら僕らは歩いていく。
「やっぱり今日も暑いな、、干からびそう」
僕がそう零すと、ケースケは苦笑した。
「ごめんねぇ、そんな中歩かせて。行く所、すっごい楽しいとこだから我慢して」

僕は特に口出しをせずにケースケに着いて行っていたが、なんだか違和感を感じてきた。
とにかく、ケースケはすいすいと僕の全く知らない道を進んでいくのだ。僕もこの地域に住んで日が浅い訳では無いのに。ケースケは散策が好きだと言っているので色んなところに足を運ぶのかもしれないが、それにしてもコアすぎる。
「本当にどこに行くの?」と幾度か聞いても、「着いてからのお楽しみって言ったでしょ」と濁される。
ケースケに着いていくうちに、人の気配もめっきり減っていった。住宅街ではなく、空き地が多く、雑草が沢山生い茂っている退廃した地域。
僕は少し不安になり、それとなく彼にたずねる。
「ケースケ、よくこんな道知ってるな。もうここら辺は隣町に入ってるんじゃないか?」
「そうだね」
素っ気ない返事。
ざわざわした。
もう空の色が変わり始めている。紫とピンク、青、そんな色のグラデーション。
混ざりあって、ぼやけて、その色すらも怪しく見えてくるこの時間。
びゅうう、と風が吹いた。背中が嫌な汗で濡れ始めている。
もうお互い言葉をかわさずに黙々と歩いていると、空き地ばかりのこの辺りにぽつんと建っている古びた大きな屋敷が見えてきた。
その屋敷の周りは雑草で覆い尽くされていて、建物には木のつるがぐるぐると巻きついていて、いかにも嫌な雰囲気だ。
まさか、と思いながら歩いていると、案の定彼はその建物の前でぴたり、と足を止めた。
「着いた」
そう言って振り向いたケースケの顔は、笑みの形を作ってはいるが、何か空っぽで洞穴のよう。
少し目眩がした。
「ここが、ケースケの行きたいところだったの?」
「コタローとどうしても一緒に行きたかった」
洞穴のような目を細めて、彼は笑う。
風で木々の葉が揺れる音がいやに耳についた。
「、、それで、何をしたいの?ここで」
「コタローと肝試ししたい」
「、、それがケースケのやりたい事?」
「そうだよ」
「あそう」
僕は静かにズボンのポケットに手を入れた。
そして、取り出したカッターナイフでケースケの腹を刺した。
「ぁ?」
ケースケが蚊の羽音のような声を上げる。
僕は一度カッターナイフを引き抜き、幾度も幾度も彼の全身を刺した。
ぴしゃり、と彼の血が僕にかかる。
「こ、たろ、」
そう呟いて倒れた彼は、鮮やかな鮮血に塗れていた。
僕は彼を一瞥してカッターナイフを地面に放り投げる。
そして肩を竦めた。
「ケースケは、そんな事言わない」
ケースケはそんな事言わない。
「肝試しがしたい」なんて、あの時言わなかった。
僕達はここへ来たのは全く初めてでは無い。「あの日」から、ずっと同じことを繰り返している。


何ヶ月か前、僕はケースケに、「コタローに見せたいものがあるから、一緒に行こう」と誘われて、この屋敷へ来ていた。
どうしてここへ来たのか彼に訪ねると、彼はいたずらっぽい笑顔をうかべ、「ここ、お化けが出るって噂あるんだ。だからお化けが映らないか写真を撮りたいんだよ。まずは外観から」と言ってデジタルカメラを取り出して屋敷の写真を撮った。
何も、変なものは映らなかった。
「やっぱり所詮そんなの噂よ。現実を見な」
僕が小馬鹿にしたように言うと、ケースケはむっとしたように僕を睨めつけた。
「まだ外観だから分からないじゃん。中入ろう、中」
「はぁ?」
僕は肩を竦めて、入口の前に張り巡らされた黄色のテープと、たてつけられた「立ち入り禁止」と書かれた看板を指さした。
「これ見えないのか?入ったら駄目に決まってるだろ」
「・・・コタローって、なんか変なところ真面目だよな。いいよ、怖いなら俺だけ行くから」
「は~?別に怖いわけじゃないけど。僕はね、倫理感を持って生きてるから、」
「はいはい、言い訳はいいから。行ってくるわ」
「あっ、おい、ちょ、っと」
僕の静止を無視して、ケースケはテープを跨いで、ボロボロの扉をがしゃん、と壊して屋敷の敷地内へ入った。
「ケースケ!やめとけって」
「いいのが撮れたら見せてやるから、待っててよ」
勝ち誇ったような顔で僕を一瞥し、ケースケは草むらをかき分けて行ってしまった。
僕は倫理感を大事にしているから、屋敷には入って行かなかった。いや、それだけでは無い。ただただ普通に怖かった。いやいや、それだけでは無い。
行けなかった。
本能的に、足が屋敷へと入ることを拒んでいた。
行ってはいけない、と。
あの時、僕は彼を追うべきだった。それか、もっと強く止めるべきだった。
それから、何時間も彼が屋敷から出てくるのを待ったが、彼はとうとう戻ってこなかった。
すっかり夜がふけた中僕は家へ帰ると、すぐに親にケースケが戻ってこなかったことを伝えた。警察も動き出し、いよいよ本当にとんでもない大事になった。
僕はその日の夜、布団の中で少しだけ泣いた。
ケースケを手放してしまったようなそんな喪失感と、行っては行けない場所に入ったからこうなったのだ、自業自得だという彼への失望感で心がぐちゃぐちゃになった。
ただ、僕はただ、彼のいたずらっぽい顔をまた見たかった。


朝になっても、ケースケはもちろん戻ってこなかった。
ところが学校へ行き、教室へ入ると、信じられないことが起こっていた。
「おはよう、コタロー」
ケースケ、が、いた。確かにそこに。
そして声をかけてきた。
「ケー、スケ、なんで」
「コタローに見せたいものがあるから、今日放課後一緒に行かない?」
「は、」
ケースケは、昨日と全く同じことを言った。
何かがおかしい。
「ケースケ、なんで?」
思わず上擦った声が出る。
ケースケは本当に不思議そうに首を傾げた。
「なんでって何が?」
「だって昨日お前、」
「昨日?どうしたの」
話が噛み合っていない。怖い。
「お前、ちゃんと帰れたってことか?あの屋敷から」
「屋敷、、?え、コタローもあの屋敷の事知ってるのか?」
「え?だって昨日一緒に行ったじゃん、」
「何言ってるの?昨日は僕ら別々に帰ったでしょ?というかコタローも屋敷の事知ってたんだ、今日はそれを見せたかったのに」
嫌な汗が出てきた。
「ケースケと屋敷に行った昨日」が、彼の中では無かったことになっている。
彼がふざけているだけ?いや、そのような感じは見て取れない。
そもそも、ここへ戻って来ているケースケは本当に「ケースケ」か?
キーンコーン、カーンコーン。
「あ、じゃあまた後で話そ」
チャイムの音を聞き、ケースケは自分の席に戻って行った。
大きく息を吐いて深く椅子に腰掛けると、隣の席の女子が怪訝そうな顔でまじまじと僕の顔を見ていた。
僕は少し驚いて座り直した。
「え、何?」
「、、あんたさっき、めっちゃ独り言言ってたけど大丈夫?錯乱してるんじゃないの?」
「独り言、、?」
「そう。ずっとぶつぶつ喋ってたじゃん。誰かと話してるみたいに、、」
目の前が真っ暗になる、とはまさにこの事で、まだ女子は何か喋っていたが、その声は耳に入らなかった。
今ここにいるケースケは、他の人には見えていない。
その後、担任からケースケが行方不明になった事を知らされて、教室はざわついていた。
皆ケースケの「空席」を見て、困惑と同情の表情を浮かべている。
僕の目にはしっかりと席に座る彼が見えているのに。
僕がずっとケースケの方を見ていると、ケースケはそれに気づいていたずらっぽそうにニヤリと笑った。
このいつもの笑い方をするケースケも僕の虚像に過ぎないと言うのか。
あんまりだ、こんなの。酷すぎる。
それから僕は授業中ずっと考えて、一つの答えを導き出した。
「本当のケースケ」は何らかの理由、形でまだあの屋敷に閉じ込められていて、僕が助けに来るのを待っている。
今ここにいるケースケは、その為に僕を呼び出しに来た「何か」であると言うこと。
それがケースケ本人から浮かび上がった何かしらの化身なのか、はたまたケースケを閉じ込めた張本人の化身なのか、まだ分からない。
どちらにせよ、本物のケースケを取り戻したい。

僕はそれから毎日、本物のケースケを取り戻すために虚像のケースケについて行った。
そう。ケースケの虚像は毎日登校してきたのだ。
そして、本物のケースケじゃないという事を彼の発言で確認し、幾度も彼を殺してきたのだ。
何も殺す必要は無かったのかもしれないが、ただの僕の私情だ。ケースケに化けて出てくる虚像の存在がただただ憎かった。
実際殺してもあまり意味は無い。どうせまた化けて帰ってくるのだから。
最近では、ケースケの虚像に屋敷まで案内されて、僕が彼をケースケ本人では無いと見抜いて、彼を殺す、というところまでが、僕とケースケの虚像の一種のコミュニケーションのようになってきた気がする。
あちら側は何だかこのコミュニケーションを段々楽しんできているように感じる。僕は全く楽しくないから早くケースケを返して欲しい。
目の前に倒れているケースケの虚像を見て、僕は肩を竦めた。
鉄の匂いがする。
ざぁっ、と吹いた風が、僕の髪と服を嫐っていく。
彼の顔を見つめながら、ふと、思った。
今は見抜けているからいいけれど、いつか僕が彼は本物のケースケか虚像のケースケか見抜けなくなったとしたら、僕はケースケ本人を殺してしまうのだろうか。
最愛の友達に、あっけなく手をかけてしまうのだろうか。
そうなった時、悪いのは誰なのか。
分からないけれど、それを決めるのは間違いなく僕だ。
屋敷も、ケースケの虚像も、あの血の色も、全ては僕の目で結ばれる像に過ぎないのだから。
きっと、終わりが来る時は僕の意思で行われるのだろう。
だが、向こう側に少しでも足を踏み入れた以上、並大抵の事ではやめられない。
それをやめる時は、僕の心臓が歩みを止める時かもしれない。
それでも良かった。









































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