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【短編小説】こばんざめ

ぼくは、どうしようもないくずだ。
ひとりじゃなにもできない。できたためしがない。できるきがしない。
ひとにめいわくをかけているのはじぶんがよくわかっている。みんなからけむたがられつめたいしせんをむけられているきがする。
じゅうすうねん、そうやっていきてきた。
きたいもされず、じぶんにきたいもせず。
でも。
そんなぼくを。
いつも、あのこはたすけてくれる。
あさ、はやくきすぎたきょうしつ。
ひとりですわってぼうっとしていると、だれかがきょうしつにはいってくるおとがした。
「おはよう、海人くん。」
やさしいこえ。
きょうも、かれはやさしくぼくにこえをかけてくれた。
かいとくんとは、今年初めて同じクラスになった。
だいたいいつもこりつしていたぼくに、かれはやさしくはなしかけてくれた。それからこのようにたびたびはなしかけてくれるようになった。
「お、はよ、たくやくん。」
へんじをきくと、たくやくんはやさしくぼくのくせげのかみのけをなでた。
びくりとおもわずかたがふるえてしまった。そんなぼくをみてたくやくんはめをほそめてわらった。
「宿題、やってきた?数学のやつ。」
「あっ、、どうしよう。すっかりわすれてた。」
「ふふ、そうだと思った。見せてあげるから、おいで。」
「あ、ありがとう、、」
しゅわしゅわしゅわ。
そとのせみのなきごえがやけにおおきくきこえる。
しゅくだいをうつしながら、そっとたくやくんをみる。
ぼくとはまぎゃくのまっすぐなさらさらのくろいかみ。おもわずてをすべらせたくなるような、そんな。
あけはなったまどから、かぜがはいってくる。あつさにほてったからだにいっしゅんだけふれてながれていく。
ごくり、とつばをのみこんだ。
ぼくのしせんにきづいたのか、たくやくんがこちらをみる。
ぱち。
かれがながいまつげをとしで、まばたきをした。
しせんがまじわる。
しばらくすると、くびをかたむけて、たくやくんはまどのそとをみた。
どこか、とおくをみているみたいだ。
「ねえ、海人くん。」
「なに、、?」
ぼくは、むいしきにつぎにつむがれることばにきたいをした。
きたいを、していた。
いったいなにに、きたいをしたというのだろう。
たくやくんがゆっくりとぼくのほうをみる。
かれは、いっしゅんめをおおきくみひらいて、とじて、かなしげにわらった。
そして、うすいくちびるをひらいて、ことばをつむいだ。
「俺さ、死んでもいいかな。」
「え。」
          は、、、


                          、、、??

、、、彼が何を言ったのか、よく分からなかった。
「、、、な、なんで?」
僕が平静を装って聞くと、彼は見たことがないくらい無邪気に微笑んだ。
「もう疲れたんだよね。死にたいなって。」
「どうして、、拓也くんは友達もたくさんいるし、勉強出来るし、死ぬ理由なんか、」
「だからこそだよ。」
だからこそ?
何も出来てこなかった僕には、その言葉の意味が全くわからなかった。
わかっていいはずがなかった。
彼の棘を含んだような笑顔にじわじわと心が締め付けられていくように感じる。
目頭が熱くなり、いつの間にか、ぽろぽろと涙がこぼれていた。
「泣かないでよ、、もう。」
拓也くんは困った顔をして僕の涙を指ですくう。
僕は強く強く強く拳を握って声を絞った。
「僕は死んで欲しくないよ、、拓也くんと一緒にいるのすごく楽しいし、拓也くんがいるから僕は今ここに居られるの、僕みたいな出来損ない、拓也くんがいなければ、」
「海人くんは、出来ない子でもいらない子でもないよ。俺が君のチャンスを潰してたんだ。きっと。」
「は、」
何かが、壊れた感覚に陥った。
がらがらと、音を立てて崩れていく感じ、これは何。
「拓也くん、」
「海人くんは、本当は俺が居なくても大丈夫なんだよ。」
一番、彼の口からは聞きたくなかった言葉が耳に入り、僕は絶望した。
しばらくすると、悲しみから、ふつふつと、怒りのような感情が湧いてくる。
ぎり、と歯ぎしりをして、僕はがなった。
「なんっ、で、、なんで、そんなこと言うの!?責任とってくれよ!!」
「なんの責任。」
「僕をわざわざ依存させて、何も考えなくていいばかにした責任だよ!!こんな風にさせておいて、勝手に死ぬとか、有り得ないだろ!?なぁ、どうしてくれんだよ!!」
「ねえ、君、もう化けの皮剥がれてるよ。」
「あ、」
口を閉じた時にはもう、遅かった。
初めて見る、彼の冷めた目。
氷、なんてものでは無い。もっと無機質な。
まるで、金属のような、そんな無情な冷たさのある目で、僕をじいっと見ている。
あまりの圧迫感に、ヒュッ、と、喉が鳴ってしまった。
彼は肩を竦めて、地面を見つめた。
「本当に何かに依存している人間は、自分が依存していることにすら気づけない。」
静かな、荘厳な彼の声が空気を突っきり、僕の耳に刺さる。
「君は、ただただ億劫だっただけだ。自分で努力したり、活き活きと生きることが本当に面倒くさいだけの、怠け者だよ。僕、という都合のいい、君が楽でいられる存在を見つけられただけなんだ。だから、さ。」
一呼吸置いて、彼は僕を一瞥し、微笑をうかべた。
「俺、死んでもいいよね。」
なんと、答えればいい。
僕の本当の顔を見られてしまったからには、前のような態度で彼にお願いはできない。
彼はもう、僕を助けてはくれないだろう。どの道そうならばもう彼はいなくてもいい。死んでもらってもいい。
そんな、はずなのに、なぜだか彼には死んで欲しくはなかった。
僕は、正直な気持ちを紡ぐことにした。
「やっぱり僕はさ、拓也くんに死んで欲しくないよ」
「どうして?もう俺は君に対して幻滅したかもしれないのに?ただの怠け者なんかを助けるほど俺は優しくないよ。だから今、君にとって、俺が生きてるメリットがないでしょう?」
「メリットとか関係ないよ。だって、僕は君のことが好きだから」
僕がそう言うと、拓也くんは硬直した。
「は?、、」
全く意味が分からないと言うように彼は額に手を置く。
「そん、そんな、こと言って、惑わそうって魂胆なら無駄だよ海人くん。俺はもう決めたから、」
「ほんとに拓也くんのことが大好きだよ」
にこり、と微笑んでみせると、彼はますます混乱したようにいささか怯えた様な目で僕を見た。
「何なの、、?俺が役に立つから好きなだけだろ、、?」
「いや、まず、自分の役に立つ人のことが嫌いな人間なんていないと思うよ。問題はそこじゃないんだよ。僕は君が僕のことを助けてくれるうちに君の優しさとか包容力とか、そういう魅力に気づいたってだけだよ。だから好き。そんなにおかしいことかな?」
「え、、」
彼はまだ戸惑ったように眉をひそめている。
「拓也くんはさ、今まできっと完璧でいることを強いられてきたんだよね。だから苦しい。生きることが苦しい。欠落品になれない事が苦しい。本当に苦しかった。そして、完璧とは程遠い僕のことが羨ましかった。頑張らない僕のことが本当に羨ましかった。だから声をかけてくれたんだよね?」
「海人、く、」
「僕はさ、どんな拓也くんでも愛すよ。完璧じゃなくても、崩れても、どんなに見下されたとしても。むしろ少し欠けたくらいが堪らなく愛しいって思うの」
彼の瞳は熱を持っていた。瑞々しい葡萄のように、深い色。
「か、かいと、くん、」
「だから、死んで欲しくないよ。僕のそばにいて。僕が拓也くんの隙間を埋めてあげる。」
ごく、と彼が苦しそうに喉を鳴らした。
「、、かいとくん、、」
拓也くんは、ぼろぼろと涙を零し始めた。
僕は笑みを崩さずに、彼を優しく抱きしめた。
拓也くん、僕のこと本当は見下してたよね。
ダメな奴に優しくすることで自己肯定感を上げたかったんでしょう?
それなのに、少し言葉をかけただけでこんなにみっともない姿見せて、滑稽だね。
とっても、滑稽だ。


そんな、


こばんざめ。

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