僕は恋愛が出来ない。というお話。
恋愛において“大事なこと”なんて、全く分からない。
好きな人が居る。こんな僕と付き合ってくれた人がいた。それ自体、とても幸せなことだった。
“好意を持っている”という条件付きの特定の人間が相手とはいえ、自分が誰かに興味を抱いている。
元々コミュニケーションを苦手とし、他人に興味を持つことを苦手としていた僕にとっては凄いことだと思う。
僕が福田(仮名)という子を抱きしめた時に感じた
明らかな体の華奢さと、白さと、そして少し冷えた体に対して
「この子に触れたら壊してしまうんじゃないか?」
そんな恐怖心を抱いたことがある。
しかし、物理的に壊れることは“きっと”無いだろう。
それでも、例えば雪が降るくらいの寒さの朝、水溜りの表面に氷が張っていて、そこに少しだけ重たい石を落とすとパリンと割れそうなくらいの脆さを感じる。
普段福田は僕のことをバカにしてくるのに、ふとしたところで弱みを出してくる様になった。
飴と鞭と言うのかが正しいかも分からない。きっと違う。正しい言葉が見つからない。でもそこに嬉しさを感じる。僕は福田の犬かもしれない。
砂糖と塩の両方が入っていれば上手に料理が美味しくなるのと似ている気がする。ちなみに塩を入れると美味しくなる理由を僕は知らないし調べようとも思わない。福田がそんな人であるように砂糖と塩がそんなもので美味しくなるものだと思ってる。
だからこそ、「僕は将来詐欺師に騙されるのか?」と自分が心配になる。
僕は福田に好意を持っていた。
多分一目惚れだ。僕はチョロい。
福田は髪色が暗めのブラウンのロングヘアで髪を耳にかけている。耳にかけている人は大体好き。
だから今、大文字で書いてみた。
女の人がたまに「好きな男性のタイプ」で言ってるような
「前腕の筋肉が付いている、血管が浮き出てる人が良い」
みたいな、ああ言う感じ。
フェチかもしれない。癖なのか?韻は踏む言葉
いつの日からか、近くのマクドナルドへ行き、福田はコーヒーだけ、僕は氷が多めの爽健美茶とたった5ピースのナゲットだけで、ひたすら話を聞いてみたり、福田が泣き出せば僕の車に緊急避難して泣き終えるまで待った。
話を聞いていた時、僕は爽健美茶を先に飲み終わり大量の小粒の氷しか残っていなかった。僕の車へ避難する際にカップを捨てようとした時、その氷がほとんど僕の歯によって噛み砕かれていたり、余りの氷が水になっていたりと、水とカップを別に捨てて、店員には申し訳なかったが、2階席なこともありそそくさと避難した。
福田に対しては、頼られるとかそういうのじゃなくて、それ以前に一緒に居れる時間が幸せなのだから、ナゲットは最初から5セットくらい用意してあげておくのが
「やさしさなのか?」
と、考えたけど、福田が泣いている所を本人は全く知らない他者から見られたくないだろうから、避難するわけで。
僕の車に避難してしまえば、ナゲットの存在理由が分からなくなるから、ナゲットが無くなってしまった時には買い足せばいいと思っていた。マクドナルドに居るとナゲットに嫉妬したくなるけれど、僕の車に避難すればそのナゲットに対する嫉妬心はいつしか消える。
たかが揚げた鶏肉に嫉妬してるようでは自分は大丈夫かとたまに思う。
将来詐欺師に騙されるかもしれないとは言ったけど僕は占いを信じていない。
だから福田の話を共感しながら
「こう言うことかな?」
なんて話していく。と言う行為はただの、“誘導”と
「もしかして。こういうことある?」
みたいな、“バーナム効果”ぐらいにしか感じていない。
それを利用して、僕が好意を持つ福田に共感と傾聴の姿勢を見せて占いの結果の様なことを言う。
これらは、自分が今思い出して書いているけど改めて僕のクズさを自覚する。
故意的に行うこの行為は将来、僕も詐欺師もしくは宗教団体を設立して悪徳商法に目覚めたとして逮捕されるリスクがありそうだ。
血液型占いとか星座占いとか多くの占いがあるけど、人間を知り尽くしている学者が占いを信じないであろうというその背景には、
「人間が他の人間を小さな枠で括ることは難しいとしてるからではないか?」
とか勝手に思っている。
しかし僕は別にそんな学者に聞いたことも会ったこともない。あるのは月に1回、話をする公認心理師(臨床心理士)ぐらいだ。
話を戻すと、最初にどこかで僕が好意を持った
福田の心には、大きく冷たく分厚い氷の様な壁がある。
接点が無ければ無いほど、僕が話しかけるということは、アイスピックでその氷を割ろうとしたり小さいマッチ棒で火をつけてその氷を溶かす様なもので、
それでもその氷は最初は全く割れてもくれないし、溶けてくれる気配さえ無かった。
つまり、これは僕自身の問題で僕が福田の心の氷を分厚くしてるんだと思った。
クリアしたいゲームのボスは目の前にいて、そこらの敵よりも簡単にクリア出来そうなのに案外手強い。
意外と福田は
ラスボスなのだと気付かされる。
でもそうしていても仕方が無いので、福田に対して挨拶から始め、ゲームやアニメという意外な共通の話題を見つけ、と色々と話を進めていく。同じ部屋で2人でゲームをし始め攻略してお互いに苦手な所を補ってクリアしていく。
そうやって心の壁として、存在した氷をやっとのおもいで少しずつ溶かして行き、その先は簡単だったはずだった。
クズさ故に、関係性は友人である福田に、ゲームクリアが嬉しすぎて、いきなり抱きしめてしまった。
その時に今までと違う感じを得てしまった。
「この子に触れたら
壊してしまうんじゃないか?」
そう思わせてきて、僕は福田をその先に抱くことが出来なかった。
「何でその先に抱いてくれなかったの?」
と泣き声混じりの声で聞かれたけど正直に
「怖かった…」
なんて言えるはずもなく
「まだそういうの早すぎるかなって…」
自分から仕掛けておきながら、明らかな童貞発言をしてしまった。
多分僕は、どれだけ多くの人と経験を積んでいても、本当に好きな子を相手にすると童貞だ…。
しかし多くの人と経験を積んでいるのは違う。実際は少ない。経験値にもなっていないし。
それ以上に福田がそこまで僕のことを受け入れてくれていたことに驚きを隠せてなかったと思う。
僕はどうせ抱けないのに、でもあの弱そうな福田を大事にしたくて、壊したくなくて。
遊びに誘った12月のクリスマス前。雪が少し降っていた。大きなツリーがこんな駅前にあるとは思いもしなかった。ありがたいことに、無人駅だから人は居ないし、無人駅なのにこのツリーを作ったのは誰だろうか。立派なツリーに少々の電球とはいえ感動していた。きっと植えた人はロマンチストだろうか。
福田が来るまでソワソワしながら、やはり最後があんな状態で終わってしまったからこそ、最初の切り口というか…何と挨拶するのかも忘れてしまいそうだった。
結局福田が来てからはとにかく可愛いと思ったからこそ素直に声に出した。
「あ、髪型変えた…?いつもストレートなのに今日は巻いてる…あと、服がめっちゃお洒落…まあいつも可愛いけど」
「それ斎藤君じゃなくて他のどうでも良い人だったらセクハラで口利かないかも…」
あ……俺終わったかもしれない。
「ごめん…マジでごめん」
うん。どうしようか。信頼が一瞬で無くなったよな。
「まあでも斎藤君だから許せたし斎藤君だからそれに気付けるんだよ?誰も気づかないし。でも気付いてくれてありがとう」
やっと福田が笑った。久しぶりにその笑顔を見た。嬉しさしかない。やっぱり僕は犬だ…と確信してしまった。
可愛い服だけど以前抱きしめた時の体温が記憶に残っているからこそ風邪を引かないかの心配をしてしまった。
「寒くない?寒かったらマフラーもう一つあるしすぐに言ってね…何ならこのジャンパー貸すからさ!」
「それ他の子にも言ってること多いでしょ?言い慣れすぎてない?」
福田は今日1番に笑いながら行ってきた。
「確かに言い慣れてるかもしれないけど本命に言ったのはこれが…初めてで…」
だからこそ、その流れでしっかりと告白をして、福田は僕に良い返事をくれた。
福田はインドア故なのかとても白いし雪が降っているからとても冷たくて、つい抱きしめてしまった。
「斎藤君はあったかいね。心もあったかいよね。だから私は斎藤君のことを好きになれたのかな。あの日…マックでナゲット食べながらも聞いてくれてありがとう。泣いた時斎藤君の車に避難させてくれてありがとう。」
また福田は笑顔でそう言った。
「僕の体温を半分くらい、それ以上に分けたいくらいだよ。寒いでしょ?福田が風邪をひいちゃうから帰ろう?」
「あ、待って。今日、私の誕生日なんだ。確かに寒いけど、寒い時にはいつも斎藤君は私のことを温めてくれそうだよね」
この柔らかい声のトーンはいつも聞いていた声のはずなのに、この時は違った。
白と藍色が見える福田の声のトーンが
更に消えかかる様なイメージで何故か
今までと違う恐怖心を覚えた。
抱きしめた時の体は冷たかったのに声色から受け止められるイメージがどこか
「福田はすぐにどこかへ
居なくなるんじゃないか」
と言う恐怖。こう言う時に人の声を聞いて色でイメージが出てくるなんて感覚的なものは、僕の首を苦しめる不必要な能力だ。
しかし、占いを信じないのに自分の感覚を信じてしまうところは僕の悪い癖だと思う。矛盾している。
とても綺麗な茶色の瞳と二重瞼に長いまつ毛…福田は切なそうにその目を僕にぶつけてきた。
だから僕は福田の頬と額に軽く早めのキスをした。
キスをしてきたことに驚きを隠せていなかった福田が意外と頑張って
「唇じゃないのかー!」
と茶化してくる。
だから次に福田の眼を見ながらゆっくりと軽く唇へキスをした。
福田の唇は柔らかい。他人とふざけてするキスとは全く違う柔らかさ。
だけど違和感もあった。
この子は唇も冷たかった。
だから温まるまでずっと先程とは違う長いキスを唇だけにしていた。きっと福田の唇の温度が上がることはそうそう無い。
だからこそ本当は意味が無いと思う。
でも段々と僕の方の顔が赤くなってしまって唇を離す時、目線を合わせることで更に照れを感じたのは、キスをしている間よりも長いキスが終わった後に心がくすぐられる様な、でも確実に心拍数が上がった状態だったからだ。後は息をするタイミングを間違えたところもある。福田を今抱きしめてあげればきっと、僕の体温が今、この瞬間、上がっているから、確実に先程よりも温かいと思ってくれそうで抱きしめてみた。
彼女は先程よりも
格段に“冷たくなかった”
「なんだろう…なんかお互いに熱くなったかな…でも最高の誕生日プレゼントをありがとう」
珍しく顔を赤くして息を荒くして照れながらも福田はそう言ったけど誕生日プレゼントは普段よく使ってるのを見かけるハンカチと映画の前売り券を渡した。そしてその後何回もデートもした。
福田に対しての恐怖心。
「福田に触れたら壊してしまうんじゃないか?」
という恐怖心は元々あったはずなのにさらに生まれた
「福田はすぐにどこかへ居なくなるんじゃないか」
付き合った今なら、何度でも抱きしめられる権利は得た。他人に壊すことをさせないくらいの強さが欲しくなった。
福田の心の氷の壁は壊せても、
「福田を壊すのが怖くなる
という恐怖心」
本当に心の壁の氷があるのは僕なのかもしれない。
そう思って毎日、僕は福田を抱きしめた。
「今日も大丈夫だったね」
そうやって、自分と福田に言い聞かせて。
そうしてないと福田は壊れそうだけど、実は体が氷の様で溶けて居なくなってしまうんじゃないかとも思ってしまう。
とにかく福田の心の氷を溶かすことは大事かもしれないけど、福田が実は氷のような人でいつしか居なくならないかが怖かった。マクドナルトの爽健美茶の氷みたいに。
氷は溶けると水になるけど
水は熱さで蒸発するから。
するといつのまにか福田からも抱きしめてくれる様になった。
福田が僕を抱きしめる時、自分の母親以上の母性の塊と言って良いのか分からなかったが、僕の頭を撫でながら福田自身の胸に持って行き、右手でトントンと叩きながら僕の右耳で
「大丈夫だよ。大丈夫。
斎藤君は大丈夫だからね」
と囁いてくれた。僕が福田を抱きしめたら福田が僕をこんなふうに抱きしめることが多くなった。
そう考えると今のところはどこかすぐに居なくなるという不安感が消えていた。
「斎藤君の浮気のボーダーは
どのライン?」
ある日福田から突如聞かれた質問に
「ちょっと待っててね………」
と一週間ほど時間をかけて本気で考えて出した結論
「関心が違う人へと
行った時だと思う」
「それならセフレは許せるの?」
唐突すぎる質問が二つも来た。
「どうしてセフレを作ろうとするの?」
僕は純粋に聞いた。どんな答えが来てもそれを受け入れられる準備をしたかった。
福田がもしセフレを作ったとして
そのセフレに恋をすれば
僕たちは終わりだ。
それがマイルールだ。
「だって斎藤君、私と付き合って
1回も抱いてくれないんだよ?
束縛も嫉妬もしない…」
そういうことか。
でも、僕はまだ、その時福田を抱く勇気が無かった。
福田の性事情は基本的に聞かない。最低限聞くとするなら、月経とかそういう時に、体がキツくないかを確認するためぐらいだった。
それなりにデートもしたし旅行へも行ったけど僕は福田を抱けなかった。
セフレが福田を壊してるかもしれない。毎度何をしているのかは強制的に福田から聞かされる。それに対し
「福田は痛くなかった?大丈夫だった?」
という質問を僕はした。
付き合いも長かった2人の
最後の日はその日だった。
「痛かったよ。
でも体が痛かったんじゃない。
精神的にきつかった」
いつも笑顔の福田が珍しく僕に怒っていた。珍しい。どうしたんだろうかと思った。
「ねえ、知ってた?私は今も処女だよ。
セフレ作るって言った時に
嫉妬して欲しかった」
と言ってきた。だから本当のことを話した。
もちろん僕は嫉妬していた。
ナゲットに嫉妬する男が
嫉妬しないわけがない。
そして同時に僕も謝った。
福田は泣きながら「お詫びに抱いて」と。
それが最後の福田の願いだった。
恐怖心なんてなかった。福田はいつも僕のことを考えてくれていたということだ。
僕はそれを返せなかった。初めて福田とラブホテルへ行き、抱いた福田の体は変わらず華奢で白くて冷たかった。
「ねえ斎藤君…どうしたの?」
「何が?」
「何で泣いてるの?」
僕の頬には無意識に涙が流れていた。
雨でも降ったのかと思ったが、屋内だからそんなわけがない
大人になると
泣き方を忘れる気がする。
泣くタイミングもわからない。いや、
「大人が何泣いてるんだ」
と言われそうで。
小さい頃に言われた
「あんたは強い子だから
そんなことでは泣かないよね?」
実は病弱なのにほとんど両親が居ないみたいな感じだったから、両親にずっとこう言われていた。
ましてや、泣いたら親父から殴られるのが嫌で泣くのを我慢していた。
今まで抑え込んでいたら
涙のコントロールなんて
できなくなっていた。
どうも僕は
泣き方を忘れてしまった
そんな時、福田は久しぶりに僕の頭をゆっくりと何回も撫でながら上裸の状態で僕の頭を胸に持っていき右耳に
「今までありがとうね。」
と、涙声混じりで囁いた。
いつもの言葉じゃないことに気付き、これが本当に
最後の“サヨナラの合図”だと確認できた。
2人で手を繋いで福田の胸に頭を抱きしめられる形で眠気が来た。
初めて眠気なんて来て欲しくなかった。
翌朝、ベッドの隣に福田は居なかった。ボーッとした頭で僕のiPhoneのロックを解除。今までの福田の写真がいつのまにか全て消されていた。きっとパスコードは教えていたから、元恋人の写真を消すことに怠さを感じて消すのが面倒だと知っている福田はそうしたのだろう。別に僕のiPhoneは福田に見られても問題は無い。他に連絡している人も居ないわけだから福田は逆に、僕がそんなに人と関わっていないことに驚きを隠せないという表情が面白かった。
とりあえず福田に連絡を取ろうとしても着信拒否もされていたしLINEもブロックされたのだろう。Instagramのアカウントも削除されていた。
メールアドレスも変えていた。
「雪が溶ければどうなる?」
なんて質問には簡単には2つ答えが出てくる。
1つ目は
「雪が溶ければ水になり蒸発する」
2つ目は
「春が来て桜が咲いて舞い散る」
今回の場合、朝目覚めたらいきなり桜が散っていた。でも、最終的には水になって蒸発したんだ。
12月の福田の誕生日、
告白した日は
雪が降っていたから。
福田は僕のせいで突然居なくなり、壊してしまいそうな、溶けてしまいそうなその体を、結局最後には他人に触らせてしまう結末になりそうだ。
そして僕らは互いに、心に分厚い氷の壁を置いてしまったが故に自然消滅した。
もう、あの日のような恐怖心は無くなったけど、福田を失ったという心の穴はそこに何を入れても埋まることは全く無かった。福田を失ったその心の形は福田にしか当てはまらなかったから当たり前だ。
愛しすぎてしまい、
それが生んだ失恋だなんて、
拗らせた恋愛をしている。
でもこれらは価値観の違いや、
話し合いをしていなかったことが
原因だと思う。
だから僕は
恋愛ができない。
とある日、マクドナルドでナゲット5ピースと小さい氷が沢山入った爽健美茶を頼んで食べていた。近くには高校の制服を着たカップルが居た。
当時の僕らの初々しさとかそういうものより、互いに信頼し合っている関係性に羨ましさを覚えた。
僕はそう思い出しながらマクドナルドのナゲットを5ピース食べ、冷たい爽健美茶を飲む。
“全部が温かい”という
状態が、子供の頃友達とマクドナルドへ
行って食べた時以来だった。
片付ける時には
爽健美茶を飲み干した後の
氷は、噛まずに、溶けずに捨てた。
彼女の心の氷は
溶けたのだろうかと
ふと、気になる。
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