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セカンド・プロポーズ with ガーネット

「ここは毎年恒例の花火大会を見るには、隠れた人気スポットだな」

夜の7時を過ぎてようやく暗くなり始めた頃、
遠くで、開始合図の放送がされているようだった。

ヒュルルルという空気を突き抜けていく懐かしい音が聞こえる。

それからボーンボーンと続けざまに空にこだまする音。

「今年も見られるなんて思わなかったから、嬉しい。
毎年希望者だけ、屋上での観覧、お許しいただいてるらしいの」

妻はやせたせいか、ほんの少し弱々しい声で語る。

高校の同級生だった彼女とは、初めてのデートはこの花火大会だった。

あの日彼女はピンク色の朝顔の浴衣を着て、ポニーテールのいつもの髪を、
キッチリと結い上げていたので、ドキッとしたのを覚えている。

卒業して離れて暮らしていた時も、花火大会のデートは忘れなかった。

ふたりで花火を見上げて、
合間に時間を惜しむようにいろんな話をしてきた。

いつのまにか、それは結婚式の日取りになったり、
子供の夏休みの宿題の話になったり、
パート仲間の笑い話になったり、おたがいの病気の話になったりした。

空に打ちあがる大きな花火を、ニコニコ見上げる家族が増えて、
それからまたもとの二人だけになって、
それでも花火大会の日はこうやって、いつも一緒に夜空を見上げた。

「あのね、ごめん。聞いちゃった」

「何を?」

「今日渡してくれるものが、あるでしょ?」

「・・・」

「珍しいとこで買い物したでしょ?パート仲間の娘さんなのよ。
羨ましいですって言われちゃった、昨日」

「なんだ、まいったな」

「そういうことは口止めしとかなきゃ、だめよ。
お陰で昨日からずっと楽しみにしてた」

妻の白い肌が、月明かりの下でほんのり赤く染まっているのが見えた。

楽しそうに、声をころがして笑っている。


一か月前のことだった。

花火のような指輪、それを探して一日を費やしたのだった。
何軒かのジュエリーショップを巡ったが、理想の指輪に出会えなかった。

できるなら、その色を見て楽しい気分になるような。

疲れ果てた頃、若い女性が声を掛けてくれて、
一緒に指輪を選んでくれたのだった。

「お花のようなデザインってことですか?」

「そうじゃなくて、赤とか緑とか青とか、いろんな色がついてるような」

結婚指輪も年数が経って、ただの銀の輪っかになってるので、
ふたりの出逢いからこれまで、花火が思い出にいつもあったことを話して、
出来れば、気持ちが華やぐような指輪を妻に送りたいことなどを話した。

神妙な顔をして聞いていたが、意をけっしてその唇を開く。

「おっしゃるようなお品だと、オーダーしていただくしかないと思います。
ただご希望に沿う形にするには、やはり奥様の好みを確認するべきです。
若い女性の方が好むタイプなので、可愛らしいとは思うのですが・・・」

「いや、妻は若くて可愛いから大丈夫」

いよいよ面倒くさくなって、そう言うと、彼女は相好を崩して笑う。

それからいいことを思いついたかのように、
「奥様のお誕生日は何月ですか?」と尋ねた。

「一月だけど」

びっくりした顔のまま、ショーケースから赤みがかった指輪を取り出した。

「一月の誕生石はガーネットなんです。これもそうなんですけど、
ちょっと変わっていましてね。チェンジカラーガーネットです。
昼と夜とでは色が変わるんですよ。
今、薄い赤紫なんですが、日中の太陽光だと青っぽい緑なんです。
これは花火みたいに色が変わって面白いですよ。
なんだか、奥様に付けていただきたいというご縁に思えます」

少し太めのプラチナに、小さな赤い石を5個はめ込んでいる。

「優しくて品の良いお色だと思いませんか?
プレゼントされるご予定に、充分お日にちがございますので、
明るい日中の色もご覧に入れたいです。改めていらっしゃいませんか?」

「いや、それに決めます。そんな色のワンピースも着てたし。
色が変わるなんて、それこそ花火みたいで綺麗だ」


そうか、あの、選んでくれた若い女性が、妻と縁があった方か。

人の縁やタイミングというものは本当に不思議なものだな。


「何を思い出してるの?」

いきさつをすべて知ってるような顔で、妻はニヤニヤ笑っている。

「花火大会も終わりそうだし、師長さんに言って、
みんなより先に戻ろう。病室でプレゼント開けてみればいいよ」

最後の花火を見上げる気分というのはいつも、ただ名残惜しいだけだ。

妻の車椅子をゆっくりと押して、エレベーターに乗り込んだ。

見慣れたつむじの辺りに、そっとくちづけをする。

「寒くなかった?」

「大丈夫よ。ありがとう」

「じゃあ、うるさくするといけないから早々に帰るよ。
これ、気に入ってくれると嬉しいんだけど」

小さな箱を手渡す。

「明日、メールするね。感想」

人差し指を口に当てて、妻はひとりで病室に入っていった。

翌朝、起きてすぐにメールを探した。


「花火みたいに綺麗な色の指輪ありがとう。
結婚指輪の上に重ね付けしてる。ぴったりよ。
ちょっと楽しくなってるところ。
ねえ夕べ、あの時ずっとふたりっきりだったね」

喜んでくれたのを確認したら、悲しみが込み上げてきた。

もう、ふたりっきりの時間なんて持てないかも知れないというのに。












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