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読書週報|12/2(月)〜8(日)5冊
ロゴスと巻貝|小津夜景
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(中略)しかし、そう思うんだったら、どうしてくりかえし読んだのか。それは、もちろん武内の愛読書だったからだ。好きなひとの好きな本だということが、もうそれだけでわたしには面白い。たとえ個人的な感情とずれていたとしても。いや、むしろ違和感があったほうが燃える。わからないものを理解したいしいつだってそんな思いから、わたしの読書は広がってきた。
読書も音楽も芸術もすべてのことに当てはまるのだけれど“その作品が好きだというひと”や“その作品の良さをわかるひと”たちへの憧れと羨ましさがある。
わたしの場合は自分が好きなものに対して、自分がその対象の良さを正確に理解できるのか(または理解できているのか)がわからず、いつだって自分に対しての信用がない。
好きだといえるに足る理由があるかとほかのひとの好きと比べて、自分の好きは熱量や理解度などが足りないと感じると、ひとに伝えるときのすきなものから除外してしまったりする。
でも分かりたいのだ。分からないことを。
好きになりたいのだ。好きなひとが好きなものを。
そうやっていろんなものを手にとり、わからないと落ち込み、はたまたわたしも好きだと感じても、それはつぎはぎの好きになっていたりしないか?好きなひとが好きなものだから自分も好きだと思いこんでいるだけなのでは?などと疑心暗鬼になり(あらためて書くと超めんどくさい思考回路すぎる)そしてなにを読んでも見ても聞いても、同じように好きになるほど没頭できなかったとき、わたしは感性がないと絶望してきた。(極端すぎる…)
わたしはそこで落ち込んだきもちを燃料に、さらに憧れや羨ましさだけが燃えに燃えている状態だけれど、小津さんは「好きなひとの好きな本だということが、もうそれだけでわたしには面白い。たとえ個人的な感情とずれていたとしても。いや、むしろ違和感があったほうが燃える。」という。
わたしもそんなふうに思えるような楽しみ方ができるようになりたい。
小津さんのように言葉の響きや新しい発見をしていきたい。
肩肘張らずリラックスして。
分からないことすら楽しみ、文字を文脈を音色を風景を受けとる。それだけでも良いと思えてくる。
いつかふと、その分からなさが記憶とともにふわっと舞いあがってしっくりくる日がくるかもしれない。
そしてそれがこなくてもなんてことない。
この作品を読んで、自分の好みや読みやすい本だけでなく、いろいろ読んでみたいと贅沢な悩みが増えてしまって読みたいリストが膨らんだ。
そして俳句や漢詩も勉強したい。
こうして読書が広がっていく。それだけでもいい。
どこの家にも怖いものはいる|三津田信三
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幽霊屋敷シリーズの一作目。
何度、途中で休憩しながら読んだことか……。
家シリーズを先月読んだけれど、また違った階層の怖さがあってビビり散らかしながら読んだ。
『怪談のテープ起こし』のように著者ご本人とこの作品では相棒的なポジション(?)で三間坂さんという方が登場するけれど、三津田先生のメタ的な構造の作品がすごく好き。
三間坂さんがもってきた怪異的な資料と似たようなホラー作品だったり怪談のお話を、三津田先生が三間坂さんとお酒を飲みながら話されている場面が特に好きで、そこではわたしも一緒に教えてください!聞かせてください!と前のめりになった。
(内容が怖すぎたのでそれ以外の感想を書く)
わざと忌み家を建てて棲む|三津田信三
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幽霊屋敷シリーズの二作目。
これがいちばん怖かった。わたしが読んだホラー作品のなかでいまのところ過去イチ。
正直、うちは一軒家じゃないから少し客観的にというか怖いけれどまあ大丈夫っしょ!みたいなスタンスを先月読んだ家シリーズ(禍家・凶宅・魔邸)のときからとっている節があったけれど、それが見透かされているような注意書きに「ひいっ…」となる。
肝に銘じ読みすすめると(これはマジでダメなやつ……)と読むのをやめようか本気で悩んだ。
『どこの家にも怖いものはいる』からつづけて読んでいたので読み終わったその日の夜中、ふと目が覚めたらいろんな音が聞こえてめっちゃ怖かった。
隣で夫がいびきをかいて寝ていたので、もしかしあらその音だったかもしれない。
それにしても「コロコロッ…」「シューッ…」「ピコピコッ…」「ピシュー…」って……??
そこに無い家に呼ばれる|三津田信三
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幽霊屋敷シリーズの三作目。
これ以上に怖いことってまだあるんか……と先週も同じようなことを書いたが、家といういちばん身近な建物にこんなバリエーション豊かな恐ろしさがあると知ってしまうと、引っ越しをするたびに疑心暗鬼になる気がする。
それはそうと、三津田先生の作品の魅力にどっぷりはまりつつある自分自身もすでに被験者のひとりとなっているということなのでしょうか…?
異常(アノマリー)|エルヴェ・ル・テリエ/加藤かおり 訳
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第一章が終わるまでは一体どういうことが起きているのか、いまなにを読んでいるのか分からず進んでいったけれど、もうなにが“異常”か分かった途端に一気読み!