笹舟イサ
自身が発行する一次創作レーベル。BOOTHにて短編集「空に心を獲られる」を発売中です。 BOOTHへのリンク ▶︎ Instagramのプロフページにリンクがあります
日常のなかで一瞬胸をかすめては溶け去る感覚を、長くても5分ぐらいで読める短いエッセイにしています。
作家・野田莉南さん主催のお題企画エッセイ。3分ぐらいで読めます
日の出がだいぶ遅くなった、結露の朝
ベランダの柵の向こうに空が広がるこの部屋に引っ越してきてから、よく鮮やかな色の雲を見る。たしか瑞雲、っていうんだったけ。知らないだけで、本当はずっとこんな雲がいっぱいだったのかなって、そんなときふと思う
先週銭湯に行くとき、雨だった。 唯一持っているクラゲの形の傘は、3才の花に持たせるには大きすぎる。ていうか一本しかないから自分もずぶ濡れになるし、車を出すのはめんどいし。仕方なく、いつものように花を抱っこして傘を差した。 「クラゲさんに、つれて行ってもらおう」 雨音の下で、右肩にほっぺを乗せた花が、うれしそうに傘に手を添えてそう言った。 おととい、西松屋に行った。今度のダンスの発表会で使う予定だった黒スキニーが、いつの間にかぱつぱつで、急遽大きいサイズが必要に
押入れの中のお正月飾りは 魔法のステッキに 夕暮れのお空はもも味に ホットドックが宙に浮いて から揚げは滑り台をすべり 冷蔵庫の中のポカリスエットが、集合場所の旗になる そんな君とのまいにちが いつか後ろから照らしてくれますように
年季の入った竹籠が並ぶ脱衣所で、小さい人が「こわい」と壁を差した。おしどり型の錠前がついた木のロッカーを閉めながら、指先を目でたどる。 壁時計があった。角丸の四角形で、もとの白が黄色く褪せてる。けっこう古い。線の細い数字が文字盤いっぱいに詰め込まれていて、そのアンバランスさがなんというか、レトロだった。 「あの時計、怖いの?」 「うん、こわい」 そっか怖いんだねと返しながら、そういえば自分にも昔怖い時計があったな、と思い出した。 * 田舎の祖母の家は、い
都会の喧騒をぜんぶ芝刈り機で刈り取って、すっかり雪野原しかない。そういう道を車で走っていた。 ときどき、ぽつぽつとトタンの倉庫を通り過ぎる。その無音を引っ掻いたのはカラスだった。 無数のカラスだった。なにか低めの位置で入り組んだつくりの建造物を、こんもり雪が覆っていて、そこに羽を埋めるように、それはたくさんのカラスがいた。色、という差異の刺激に反応はしたけれど、それでもやはり、とても静かな光景だった。 剥き出しの壁のおおよそが黒い理由が、恐らく焼け跡だと気づいた
風邪をひいて寒気がやばいことになった。お湯に溶けてくバブみたいな気持ち。なんか全身シュワシュワする。やばい。 いつもの布団じゃとても足りなくて、数年出してなかった重たい毛布を引っ張り出してきた。 実家に住んでいたときからずっと、一緒に育ってきた毛布だ。小四のとき、同居していた祖母が乳癌で亡くなった。たしかその年の冬に、母親が箪笥部屋から出してきたんだ。おばあちゃんが、あんたたちが寒くないようにって買っておいてくれてたんだよ、と。 襟口をタオルで継いだぼそぼその丹
透明な繭玉を凍らせて、一面に敷き詰めたような景色だった。 フロントガラスの両傍に、ずっとずっと向こうまでまっさらな雪原が続く。その中をときどきぽつぽつと、丸屋根の倉庫や赤白の路肩標識が、視界をすべっては消えて行く。ハンドルの向こうの外気計をちらりと見ると、マイナス十七度の表示。だろうな、と思った。冷え込んだ日はなぜか、空気の見え方がいつもと違う。なんていうか、引き締まっていて蒼い。 ふと、耳がかすかな揺れを捉えた。ああそうか、この辺りはたしか。 直後、いきなり頭
子どもの頃の世界って、だいぶつまんなかった。 テレビを見て大人と同じようにゲラゲラ笑うには、なにか前提となる知識が必要みたいだし、子ども向けですよと差し出されたアニメや教育番組は、全然刺さらないし面白くないし。 どの時間のどのチャンネルも似たり寄ったりで、舐めてるのか知らんけど同じ回が何回も流れたりするし、わざとらしいトンチや美談もどう面白がればいいのか全然わからない。 そもそもなぜ女児向けアニメの主人公って、一様に可愛くて人気者で正直で勇敢なんだろう。あの主人
仕事の道具を業者に返しに、いつもよりちょっと山側の町をバスで走る。紅葉がきれいだ。 春は桜、夏は緑、秋は紅と黄、冬は白。色を美しく感じるよう世界はうまくできているなぁと思った。まあ感性なんて、生物の進化より先にあった自然の前では、所詮後付けなんだろうけど。 例えばこれが、イチョウが紫、雪が紺色だったら、今と同じようには感じないんだろうな。でもその冗談みたいな光景もちょっと見てみたい。それで、その景色をきれいだと思って見たときに、自分の中に生まれる感覚を知ってみたい。
スーパーの帰りに定食屋の車の下をのぞいたら、久しぶりに馴染みの猫がいた。 一年前から住んでるこの街は、野良猫との遭遇頻度が高い。ここの子は、口の下にほくろがある白黒の靴下にゃんこ。クリーム色に青味がかった、立待月みたいなきれいな眼をしている。 前より近付いても逃げなくなった。つまらん。 野良猫が自分から逃げていく瞬間が好きだ。しがらみに囚われないで生きている奴らに、自分の薄暗い部分を重ねて傷を舐めようとする。そういう自分の馬鹿でダメな部分が、その瞬間突きつけられ
昨夏はじめて自分で短編集を作って販売してみたので、その際にお世話になったサイトを作成の手順ごとにまとめてみました。 「わあ!自分も本作っちゃった!えへへ」って人が一人でも増えるとうれしいです。 今回作った本の仕様カバー付き文庫本(A6サイズ) 【 本体 】 製本所:ちょ古っ都製本工房 基本仕様:A6サイズ ・右綴じ(くるみ製本)・ 全178ページ 表紙:色上質紙最厚口(アイボリー)135kg・モノクロ印刷 本文:書籍用紙(淡クリームキンマリ)72.5kg 【 表紙カ
その場違いにおちゃらけたカップルに出会ったのは、街から信号機の灯りが消えた朝、スーパーの開店を待つ大行列に並んでるときだった。 夜中に、かなり揺れた。寝ぼけた頭で反射的に飛び起きて、様子見するか判断する前に、睡魔に負けて寝た。 朝起きたら、炊飯器が沈黙していた。プラグを確認したあと窓に向かったら、ベランダ越しの横断歩道も沈黙していた。マジか、と浴槽に水を溜めたあと、圧力鍋で米を炊いた。ちょっとべちゃっとしたご飯になった。 旦那はいつも通り仕事に向かった。自宅待機
物事にはまぁだいたい二面性があって、歳を重ねるごとに「へーそうなんだね」ってどっちにも深入りしない小賢しさが育ってきちゃったりしてるんだけど、それでも未だにうまく付き合えない例外が一個ある。 この世界にはじめて存在した二面性、とか言い出したら無駄に壮大だしそもそも確認しようがないけれど、「人間が一番初めに出会う二面性」なら、ちょうど一年くらい前に目の当たりにした。 生まれて間もない彼とか彼女は、腹が減ったり眠かったりしたらひとまず泣く。めっちゃ泣く。でもそれは、たと
たぶん誰もが一度は抱くシンデレラへの憧れは、自分の場合「いつか王子様が」という未来への期待ではなくて、子ども心の奥にひっそりと横たわる「虐げられたい」という欲求だった。 毎日って、とても怖い。 叱責とか否定とか、自惚れとか軽蔑とか、いつどこから飛んでくるのかわからない。せめて何か法則でもあればいいのに、いきなり見えない方向から飛んできて頭をブン殴られる。みんなそうなのかと思って隣を見てみればそうでもなくて、普通にのほほんとしていて「バカだねー」って言われたり。 や
子どもの時に探していた、いつも通りの外への出方。 夏休みの昼下がり、見慣れた住宅街で立ち漕ぎのまま迷子になって、少女アニメではじける心を午後四時に裏切られる日曜の特別感。 なぁんていつも通りのササブネ調で行くと思ったか!ふははははは!! ササブネが忙しすぎた壊れた…と皆様が向けてくださる生暖かい視線もなんとなく予想できますが、大丈夫です、壊れてませんよ。こっちもちゃんとササブネですよ。人間は立体的なのです。 ただいつもより、すこぉしお口が悪いかもしれません。 今