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私、摂食障害でした

私は18歳で39kgになりました。
典型的な拒食症です。
私は食べるのが怖くて仕方なかった。
そして、その反動から過食をして20kg太り、心を壊しました。

それでも、私は今幸せに生きています。
これまでの人生に後悔はありません。
あの時、私に病気がなかったら死んでたと思う。
人から見たらよくわからないかもしれないけど、私の中では間違いなく“生きるための唯一の救い”でした。

このブログでは、私が病気になってからどのように回復し、今をどう生きているか綴っていきたいと思います。

忘れられないこと

子どもの頃は、気が強くてプライドが高く、そしてすごく繊細でした。
「皆んなに憧れられたい」「目立ちたい」という気持ちが根底にあったので、なんでもついやりすぎてしまうんです。
ノーヘルで自転車に乗ったり、友達と取っ組み合いの喧嘩をしたり、屋根の上で鬼ごっこしたり、人様の家の壁に落書きをして怒られたり。
このころは、悪目立ちすることで周囲の目を引くような子どもでした。

そんな私が病気になってからは、すっかり弱くなってしまいました。
いつも顔色が悪く、すれ違う人にも心配されていました。
貧血で意識を失って倒れたこともあります。
でも、私は皆ができないことができる自分に酔いたい、皆が憧れる存在になって目立ちたいという気持ちがあるので、当時は行動のすべてが不自然だったと思います。

そして、何より自分のことが大嫌いでした。
なんでも完璧にこなしたいのに、一つでもうまくいかないことがあれば、自分を責めて落ち込んでいました。失敗がこわくて、嫌われるのがこわくて、自分にも人にも嘘をついていました。そしたら、いつの間にか自分が消えてなくなっていました。
振り返ってみると、真面目で負けず嫌いな性格が、この病気につながっていたのかもしれないと思っています。
きっと何年もかけて少しずつ、少しずつ心をすり減らしていったんだと思います。

忘れられないことがあります。
20歳になってすぐの1月30日。
心がすり減っていった私は、もうすべてを頑張ることができなくなっていました。
中でも顕著にできなくなったことが体型維持でした。
私が一番得意だったことです。

家族と夜ごはんを食べた後、自分の部屋に戻って真っ先に向かったのはお菓子箱
私はいただいたお土産や、ご褒美の日に食べるためのお菓子を専用の箱にしまっていました。

そのお菓子を、私はただただ無心で食べてしまったのです。

一つずつ一つずつ
空になっていく袋を見ながら、ただひたすら食べ続けました。
“私何してるんだろう、どうしてこんなことになっているんだろう”
そう思いながら最後のお菓子を食べ終えたとき、私は泣いていました。

あの頃の感覚は今でも鮮明に覚えています。
なぜか俯瞰して見ているもう一人の自分がいました。
私の身体じゃないような、誰かが乗り移ってしまったかのような戸惑いと恐ろしい感覚でした。

“ふつうの人”になりたかった

これは私が病気と闘っていた当時の日記です。

またひとつ最低なことをした。
罪悪感で押しつぶされそうで、今日という日に絶望する。
私が消えていく。
またひとつ
私という存在に靄がかかる。

努力は必ず報われるとは限らない
ってことを最近知ったけど、
私は努力をすることを諦めた。そうとも思う。
嘘をつくことで自分を守るのは、
そうなる前はきっとすごく純粋だったから。
傷つきやすくて繊細で、
ひとりぼっちになるのが怖くて、
自分を守るために嘘をつく。
私はずっと寂しいんだ。

これまでの過去を変えることはできないけど、
かかった靄が少しでも消えて、
私が私でいられるように、
ありのままの私を愛せるように、
一生かけて努力し続けたいと思う。

私は当時、この病気のことを誰にも話すことができませんでした。
病院の先生にすら、すべてを話すことができなくてこわくて逃げ出しました。

みんな食べることをするし、皆んなにも食べすぎるということはある。
みんなには理解ができなくて、かえって困らせてしまうような気がするんです。

同居していた家族でさえ、私が病気だったことを知りません。
久しぶりに会った友達には「なんかふっくらしたね」と言われる程度でした。

私はずっと“ふつうの人”になりたかった。
だけど、周りから見たら、
今もこれまでもずっと“ふつうの人”だったんだと思います。

私が誰にも頼ることができなかったのは、きっと自分を受け入れることができなかったから。そのせいで、かなりこじらせてしまいました。自殺未遂や家庭崩壊、病気にかかった費用は300万円を超え、今でもその代償と向き合っています。

辛かったけど、不幸じゃないです。
私は今幸せに生きています。

このブログを通して、今まで誰にも言えなかった想いを初めて言葉にしたいと思いました。もし、同じ悩みを抱えて孤独に闘っている方がいるなら、私はあなたに会って抱きしめてあげたいです。そして言ってあげたいんです。
「未来は絶対に明るいよ。今苦しんでいる分、幸せな時間が長いって私が保証する。それは絶対だよ」って。

最後に

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
これから、病気と共に歩んできた私の人生を少しずつ綴っていきたいと思います。
病気のことを言葉にするのは、やっぱり少し勇気がいります。
それでも、今苦しんでいる方に、この想いがひとりでも多く届けばいいなって思っています。

そして、もうひとり。
私がどんな状態になろうとも、そばにいてくれた夫。

病気のことを伝えずに弱さだけを見せ続けてしまった私に、“大丈夫だよ” と言い、何度も抱きしめてくれました。
すべてを聞かず、何も言わず、そして、私が抱えていた300万円の費用を肩代わりしてくれました。私を信じ続け、お金も、労力も、時間も惜しまず支えてくれた夫に、どうしても恩返しをしたいと思っています。

私のこれまでと、これからの“生きた証”を、このnoteに綴っていきます。
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