Anaal Nathrakh - Endarkenment 解釈、和訳 【来日公演記念】
序
□歌詞出典
Hunt, D. and Kenney, M. Lyrics to “Endarkenment.” Performed by Anaal Nathrakh, Metal Blade Records, 2020.
Genius, https://genius.com/Anaal-nathrakh-endarkenment-lyrics.
(all citations in this article are taken from this source, unless otherwise specified)
□はじめに
2024/3/9に東京、3/10に大阪にて5年ぶりの来日公演を行うANAAL NATHRAKH。
先日、代表曲"Forging Towards The Sunset"を訳しましたが、
これに続き、彼らの最新アルバムである"Endarkenment"より、タイトルトラックを訳します。
痛烈な政治批判を、極めてイヤーワーム度の高い曲調に乗せた、ブラックメタル版"American Idiot"とも呼べるような一曲です。イギリス出身だから"British Idiot"か。
□"Endarkenment"なる語が表象するもの
タイトルの"Endarkenment"とは、"Enlightenment"(啓蒙主義)に対置する意味での彼ら独自の造語です。
以下は、バンドのボーカルであり作詞も担当する、V.I.T.R.I.O.LことDave Hunt氏へのインタビュー記事より。
つまり、歌詞の内容は、現代の政治、とりわけトランプが推し進めるようなポピュリズムに代表される「衆愚政治」に対する痛烈な批判であり、ノンポリを含め衆愚化している人々(いわゆるB層)への批判も込められていると考えられます(批判対象をとりあえずの所、現代日本の為政者と国民に置き換えて聴いてみるのも良いかもしれません)。
タイトルの"Endarkenment"は意味としては「反啓蒙主義(Counter-Enlightenment)」や「蒙昧主義(Obscurantism)」が近しいです。
しかしそれらの術語を用いず、敢えて"Endarkenment"としていることを踏まえ、本記事では歌詞のテーマである「衆愚政治批判」と、"light"に対置された"dark"を活かして、「暗愚主義」と訳しました。
本編
前半では歌詞、後半ではMVに登場する各種引用文について、訳出をしています。MVの映像も併せて鑑賞することで、より歌詞のイメージに近づけると思います。
□歌詞対訳、解釈
※引用した歌詞はファン及びGeniusコミュニティメンバーにより書き起こされたものです。これらの歌詞はバンドによる検証または認可を受けていないため、正確である保証はありません。(Genius, Disclaimerより)
※意訳が多分に含まれることをご承知おきください。また、日本盤の対訳は参考にしていません。
※衆愚目線の主語は「私達」、為政者目線の主語は「我」と訳出しています。
[Verse 1]
団結し 私達は孤独な行進を続ける
おぞましき蒙昧の只中へ向かって
善良な豚であれば 私達も餌にありつけるはずだ
それとも私達はまだこのおかしさへの疑念を忘れきれていないのか?
※swine: 豚。衆愚となった国民のことを指していると思われます。ニーチェの言う「畜群」に近いものがあります。
※not yet oblivious: "not obvious"(気づいていない)ではなく"not oblivious"(忘れていない)なので、洗脳の過程にある衆愚が持つ感情の揺れを表現しているように思えました。疑念・違和感は払拭でなく忘却すべき。『1984年』で101号室に入れられたウィンストン・スミスのようです。
※your words: 恐らく知識や真理のことで、ここでは政治的なそれ、つまり体制に対する疑念や違和感の源泉となるものを指すと思われます。
[Pre-Chorus]
終末の時に悔やんでも もう手遅れだ
[Chorus]
目の前の小さな慰めに飛び付くがいい
好きなものだけ見て 気に入らないものからは目を反らすがいい
※国民を娯楽や一時的な慰めに飛びつかせることで、問題の核心から関心を反らし政治的無知状態に陥れようとしているという指摘。
政治家の口車に乗せられ 信じた国民は堕落してゆく
豚どもが無知蒙昧の闇に自ら突進するのだ
※panem, circenses: "panem et circenses"(パンとサーカス)のこと。食糧と娯楽を為政者から与えられ国民が政治に無関心になっていったことを表す言葉。衆愚政治の比喩。
※Gadarene charge: 聖書における「ガダラの豚」"Gadarene swine"の逸話が元になっています。ガダラ人の地方で悪霊に取りつかれた人をキリストが奇跡を起こして救う、というエピソードです。少し引用挟みます。
MVにも、次々と崖から飛び降りる豚が描かれていますが、それはこの聖書のエピソードに現代の衆愚を当てはめたものと言えそうです。
※"Gadarene"を"gathering"(群集)としている歌詞サイトもありますが、"Gadarene"が正しいです。(参照: https://imgur.com/a/HXThB1t)
暗愚主義に邁進せよ
※為政者の思惑通りに思考を捨て、駒になること、それは思考の漂白と呼べる。"DRINK BLEACH"(漂白剤を飲め; MVより)
国民はバカな方が都合が良いからな
[Verse 2]
なぜ今更問いを投げかける?
必要な事柄は全て知っているだろう(無知な衆愚よ)
※反知性主義においては思考や文化は去勢されます。
我が間違っていると?ならば死ね
我の言説 それで必要十分なのだから
※暗愚主義を持つ為政者と、その信者たちの教義。 "DISAGREEMENT IS TREASON!" (同意しない者は叛逆と見なす!; MVより)
[Pre-Chorus]
終末を迎えてようやく嘆くのか?
[Chorus]
目の前の小さな慰めに飛び付くがいい
好きなものだけ見て 気に入らないものからは目を反らすがいい
短期的な甘い餌につられ 信じた国民は堕落してゆく
愚民どもが暗愚無智の闇に自ら突進するのだ
暗愚主義に邁進せよ
国民はバカな方が都合が良いからな
[Bridge]
余計な事を知らなければ
無駄な争いも起こらず
安寧な時代が到来するのだ
※直訳は「光なく、炎なく、恐れもない」です。"endarken"=愚民の大量生産を推進するメンタリティを表現した一節。
天地創造の神は"Let there be light"(光あれ)と言い、"and there was light"(こうして光があった)と続きました。
これに対し、現代の政治家は"Let there be no light"(闇あれ)と言い、"and there will be no flame and no fear"(さすれば戦火も恐れもなくなる)と続けようとしているわけです。
悪魔はここに顕現せり
※「闇あれ」を是とする政治家は、実在する悪魔である。
原爆開発を率いた物理学者オッペンハイマーが引用した、ヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』におけるヴィシュヌ神の言葉 "Now I Am Become Death, the Destroyer of Worlds."(今や我は死なり 世界を破壊する者なり)に似た、もの恐ろしさすら感じる一節。
[Pre-Chorus]
終末の時になって嘆き乞い始めるのか?
半端な蒙昧より 完全な盲目を与えてくれと?
[Chorus]
そうして残された僅かな慰めに飛び付くがいい
好きなものだけ見て 気に入らないものからは目を反らすがいい
政治家の口車に乗せられ 信じた国民は堕落してゆく
豚どもが愚蒙の暗黒へと自ら突進するのだ
気高き探求も終わりを告げ 何の答えも見つからない
私達は退化する 塵へ 下賎であると同時に崇高な存在へ
※下賎(無知) = 崇高という価値観の転倒。屈折したディストピア的世界観です。
求めるものなど何もない 自由意志は死んだ
「救済」など全てクソ 奴等の言う「真実」は嘘だ
※the truth is a lie: ポストトゥルースの時代、つまり「事実であること」よりも「どれだけ感情に訴えて納得させるか」が重視されてしまう時代への糾弾と思います。
暗愚主義に飲まれるな
□MV内引用文の対訳
MV内に登場する、7つの引用文の対訳です。既存の訳があるものは訳文の直後に出典を示し、拙訳の場合はその旨を記載します。
①MV 0:00部分
「唯一の重要な専門家は、あなた(投票者)だけです。」
※拙訳
イギリス貴族院議員(MPとは"Member of Parliament"のこと)である、ジゼラ・ スチュアート(労働党)による発言。イギリスのEU離脱是非を問う国民投票に際して、離脱推進派の彼女が「EU残留を唱える専門家に耳を貸すな」と思しき意図で述べた一言。(参照: The Washington Post - 9 out of 10 experts agree: Britain doesn’t trust the experts on Brexit")
以下は、この発言を引用した意図についてのDave氏の解説です。
つまり反知性主義の典型例として引用された発言ということのようです。
②MV 0:12部分
「客観的真実というはっきりとした概念がこの世界から消えていくような感覚をしばしば覚えたのだ。」
※対訳出典: ジョージ・オーウェル『スペイン戦争を振り返って』第四章 (1943) H. Tsubota訳, Open Shelf, 2018.
イギリスの小説家・評論家オーウェルが、スペイン内戦を回顧した評論にて、ファシストのプロパガンダに対し恐怖を抱いたと述べた際の発言。この直後に、
「煎じ詰めれば、こうした嘘やそれに類したものが歴史に入り込む可能性があるのだ。」※上掲出典, H. Tsubota訳, Open Shelf, 2018.
と続きます。歴史は客観的史実ではなく為政者の嘘で塗り固められている。
③MV 1:05部分
「最上の書物とは、読者のすでに知っていることを教えてくれるものなのだ」
※対訳出典: ジョージ・オーウェル『1984年』(1949) 高橋和久訳, ハヤカワepi文庫, 2009. p.308
ディストピア小説の歴史的名著『1984年』からの引用文。個人的に特に印象に残った引用です。「その本が好きかどうか」の評価尺度は結局のところ「自分の言いたいことを言ってくれている本かどうか」になりがちですから…これは本に限らず、他の娯楽作品やひいては人間関係にも(ある程度)言えると思います。
オーウェルとAnaal Nathrakhについては、2ndアルバム収録曲"Do Not Speak"の冒頭でも『1984年』からの台詞が使用されている辺り、Dave氏にとってオーウェルは重要なインスピレーション源なのだと思います。
④MV 2:25部分
「悪党をしょいこんだのは、まあ当然の報いともいえる。」
※対訳出典: ジョン・ル・カレ『影の巡礼者』(1990) 村上博基訳, ハヤカワ文庫, 1991. p.145
イギリスの小説家ジョン・ル・カレによるスパイ小説に登場する、情報部員ジョージ・スマイリーの一言。直前には以下のような台詞があります。
⑤MV 2:59部分
「民衆は、(投票権を失って)票の売買ができなくなって以来、国政に対する関心を失って久しい。指揮権、懲罰権、ローマ軍団、かつては全てを与えていたが、今や自らそれを止め、ただ二つのものを不安げに求めている ― すなわちパンと見世物を…」
※対訳出典: Wikipedia - パンとサーカス
古代ローマの風刺詩人ユウェナリスによる『風刺詩集』 第10篇より。
ローマ帝国時代、為政者は国民を政治的無関心の状態に留めるため、「パンとサーカス」を無償で提供しました。それにより堕落した国民や社会世相を批判した詩です。
コーラスで言及される"panem et circenses"(パンとサーカス)は、まさにこの詩から引用されたものです。
⑥MV 3:40部分
「原ファシズムにとって、意見の対立は裏切り行為です。」
※対訳出典: ウンベルト・エーコ『永遠のファシズム』(1997) 和田忠彦訳, 岩波書店, 1998. p.51 (原文: https://theanarchistlibrary.org 4番)
イタリアの小説家・哲学者エーコは、ファシズムの典型的特徴を備えたものを「原ファシズム」"Ur-Fascismo"と呼び分析を行いました。曰く、
よって「意見対立は反逆罪」となるわけです。『1984年』における、"WAR IS PEACE FREEDOM IS SLAVERY IGNORANCE IS STRENGTH"「戦争は平和である 自由は屈従である 無知は力である」のような、屈折・飛躍した"真理"ですね。
⑦MV 3:54部分
「誰も信じられない時、誰を信じる?
お前の聞きたいことだけを言う者を信じ、その者達が真実を述べていることを祈るのが良いだろう。」
※拙訳
Robert Owensなる人物は存じ上げませんでしたが、公式サイトを見る限り社会科学や歴史学を専門とする大学教授とのことでした。
コーラスにおける"Seize what you love and damn all the rest"(好きなものだけ見て 気に入らないものからは目を反らすがいい)の、より直截的な表現。
結
やたら長くなってしまいました。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
□各種リンク
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