小説「密室の窓」
「起床」
目が覚めた。
白を基調とした壁や家具や、見慣れない機械装置が目に入った。
何かがおかしい。
「俺は誰だ?」
思わず言葉が出た。
落ち着こうと机の上にあるカップに入った飲み物を口に含んだ。得体のしれない味がしたため吐き出した。不味い。傾斜のついた床なのだろう、そのままそれは流れて排水口へ吸い込まれた。
そして言いしれない不安が頭の中をよぎる。
これらの観念や概念は分かるのに、私というパーソナリティーそのものがそっくり抜け落ちている。
「誰なんだ俺は?」
「おはようございます。」
機械的な音声が聞こえた方を向くと、タイヤで動く機械が近づいてきた。
「何だお前?」
「私はパーソナルロボット。ここの管理者の指示の元、あらゆる身の回りの雑用を行っております。ご要望があればお申し付けください。」
「記憶がないんだが、どうしてここにいるのか教えてくれ。」
「それについては分かりません。管理者からは、先程の指示のみを受けております。」
無機質な音声に苛立ちを感じながら、その機械装置を調べた。高さは50cm程度。移動は小さなタイヤ。外部からのエネルギー供給は無さそうで、何らかの内蔵エネルギーによるモーター駆動のようだ。
「異常を検知。床に液体が溢れた形跡があるため、除菌及び乾燥作業を開始します」
そう言うとその機械装置のあちこちから小型のアームが出てきて、近くの雑巾と洗剤を掴み、床掃除を始めた。驚くほど繊細な動きをしている。しばらくすると、今度は筒状のものがその機械の正面から現れ、熱風を吹き出し床を乾かした。
見かけはいかにもロボットですと言ったような、古めかしい四角いデザインだが、内部はかなり高度な技術で作られているようだ。駆動音も殆ど聞こえない。
作業を終えると、元いた位置に戻っていった。
「お前に名前はあるのか?」
「私はパーソナルロボットR18号。複数台同機種がある場合は番号、単独の場合はボット、あるいは二人称で呼んでいただければ反応できます。」
「ボットか。お前の管理者と話せるか。私の状態を知りたいし、ここがどこなのかも知りたいし。」
「管理者は不在で連絡は不可能です。」
「そうか、まあこちらから勝手に出させてもらうから、管理者が戻ったら俺はもういないと行っておいてくれ。」
「かしこまりました。」
椅子から立ち上がり、部屋を軽く眺めた。小さな丸い窓が一つだけあるが、四方からライトを照らしているのだろうか、何も見えない。日常生活に必要な一式があるようだ。
この部屋内には、小さいがシャワー室やキッチンもある。
他にも部屋がないのか調べたが、見当たらない。
いや、そもそも扉が無い。
心拍数が上がり始めた。なんだか嫌な予感がする。
どこを見渡しても扉は見当たらない。
どうやってここに来たんだ?
「おいボット、ここに出口はないのか?」
「出口はありません。管理者の判断により、窓だけにしております」
「出口が無いなんてことがあるか、どうやってここに入ったっていうんだ」
窓は掌ほどの直径しかなく、とてもそこから抜け出すことは出来ない。
試しに殴ってみたが、ヒビ1つはいらない。
壁も同じく堅牢なため穴も開けられなさそうだ。
「まさか俺を中に入れた後に壁をつけたのか?これじゃ監禁じゃないか!」
何か逃げる方法があるはずだ。
「そうだ!排水口!」
だが当然格子が取れるはずもなく、取れたとしても腕がやっと入るぐらいだ。
「ボット!どうやってここから出るんだ!?」
「私には分かりかねます。」
「管理者とやらに連絡させてくれ、こんなの人権侵害だ!」
「それは出来ません。」
怒りのあまりボットを蹴り飛ばした。
激痛が走る。
足の指が折れたみたいだ。
ボットは微動だにしない。
「あああああ、なんて頑丈なやろうだ!」
涙目になりながらボットを睨みつけた。
「私はあらゆる場所での使用を想定されているため、非常に丈夫に出来ています。人体の力のみで破壊することは出来ません。」
「分かった、なら俺はお前を色々と利用するだけさせてもらう。まずこの怪我を治すことはできないか?」
「かしこまりました。」
そいうとボットから2本のアーム状のものが出てきて、私の足を調べ始めた。
「どうやら右足小指の先端を骨折しているようです。どういった治療を施しますか?」
「とにかく早めに治したい、痛くてたまらないんだ!」
「では即効性の治療薬を投与します。」
アームの先端から針が飛び出し、足に注射をした。
「痛っ!なにするんだ急に!」
打ったそばから小指は熱を持ち始め、激痛が始まった。
「あああああ!何してるんだ、死ぬほど痛いじゃないか!!」
「あと数秒で完治します。」
ボットの言う通り数秒後には痛みがなくなった。
それどころか、足全体の痛みが消えていた。
「おい、これはなんだ、こんな早く骨折が治るはずがない!」
「即効性の治療薬を投与したためです。これ以上の副作用も見られないので、これで治療は完了です。念の為骨の写真を見てみましょうか」
部屋のモニターに足のレントゲン写真が写った。
「これは治療前。これが治療後です。」
確かに前後で骨折がひっついているのが分かった。
「いつこんなの撮ったんだ?それにこんな治療法知らないぞ、ボット!お前は未来から来たのか?」
「先程触診の最中に撮影しました。いいえ、私は今の時代に生産されました。内臓されているテクノロジーも同様です。」
どうやら知らないところで知らない技術もあるようだ。
とにかく痛みが引いたため、再び部屋を調べることにした。
「食べ物や水はあるのか?」
「はい、こちらになります」
壁の一部に三角形のパーツがついていた、上部を押すと水が出てきた。手酌で飲んでみると間違いなく水だ。これは蛇口のようだ。
「隣のパネルは?」
「こちらは任意の飲料を選択する際に使用します。」
パネルを触ると、様々な名前が表示された。
カップをセットし、紅茶を選択してから再度蛇口のボタンを押すと紅茶が出てきた。机に置いてあった角砂糖を入れ、飲んでみるとかなり上等な味がした。
「悪くないな。食べ物はどこだ?」
「こちらから入手可能です。」
ボットが一箇所三角形にへこんだ壁を押すと、郵便ポストのように壁が開いた。中は空っぽだった。
「おい!なにもないじゃないか!」
「食べ物はこちらのパネルで選択します。一度扉を閉じてから実行してください。」
ポストの横に、蛇口と同じパネルがあり、触ると料理のメニューが表示された。肉料理を選択してから再度ポストを覗くと皿に乗った肉料理があった。
「なんだ?さっきまで何もなかったのに!どうやって作っているんだ?」
「原子組み換えにより調理しています。調理ボックスと呼ばれております。」
「食べた後のゴミや皿はどうするんだ?」
「全てあちらのゴミボックスに入れてください。原子分解により処理されます。」
原子組み換えに原子分解、聞いたこともないフレーズが出てきた。もう考えるのはやめたほうがよさそうだ。
だが、そもそもこんなのが好き放題使えるなんてなにかおかしい。
「これ、使うごとに金がかかるとかなのか?いくらぐらいなんだ?」
「費用はかかりません。」
「全部ただなのか?でも電気代やなんかはかなりかかりそうだぞ」
「ご心配ありません。全て無料です。」
疑ったところでもはやこれ以外の手段もない為、やむを得ない。後で何か言われたところで、払う必要もないだろう。
「おいボット、お前は何が他にできるんだ?」
「身の回りの雑用全て。それからカードゲームなどの娯楽の対戦相手も出来ます。他にもあらゆる情報がインプットされている為、必要な情報の提供、小説や映画なども私を介し見ることができます。」
「なんだただのお掃除ロボットじゃないのか。なら早速俺の好きな映画を流してくれ。それからポップコーンとジュースも持ってきてくれ」
「かしこまりました。」
そういうとボットはモニターに映画を映し出し、同時にアームを伸ばし、ジュースとポップコーンを調理ボックスと蛇口から持ってきた。
ひとまず落ち着こうと映画を観たが、何も頭に入らない。ただ機械的にポップコーンとジュースを口に放り込んだ。
「こんな生活してると太っていって運動不足にもなりそうだなボット。何か対策はあるか?」
「はい、こちらにはトレーニングキットがあります。」
ベッドの横の壁の窪みを押すと、それらしい装置が出てきた。
本当にこの部屋にはなんでもあるようだ。
「また、先ほどの骨折治療薬と類似の副作用がありますが、投薬すれば脂肪分を落としたり、筋肉を増やすことができる薬もあります。」
もうなんでもこいだ。いつからこんな便利になったのだろう。おかしいことだらけで疲れてきた。
「ボット俺は考えるのに疲れた、何か良い方法はあるか?」
「脳を活性化させ疲れをなくす薬、適度な運動、マッサージはいかがでしょうか。」
「恐ろしい薬もあるんだな。マッサージはお前がするのか?」
「はい、私の中には人体構造全ての知識が入っており、最適なマッサージの提供を行うことが出来ます。」
「じゃあやってくれ」
ボットはアームを伸ばし、俺の体を持ち上げ、ベットに横たえた。
あっという間の出来事で、驚くことも出来なかったが、ボットにとって俺は爪楊枝同然のようだ。
こいつと喧嘩しても勝てないのは分かった。
すぐにボットのアームがマッサージを始めた。
感じたことのない心地よさが広がり、疲れた脳やこわばった体が楽になるのを感じた。
睡魔に気付く間もなく、俺は眠りに落ちた。
「調査」
起きると全身の疲れが取れていた。
俺自身の記憶は戻っていないままだ。
あの骨折治療の副作用もあったのだろう、結構な時間眠っていたようだ。
いつの間にか電灯が消されており、部屋は暗闇に包まれていた。
寝る前のことを思い出し、途端に不安になった。
一気に目が覚めてきた。とりあえず明るくしよう。
「ボット照明のスイッチは何処だ?」
「ベット上部にありますが、私の方でつけることも出来ます。如何いたしましょうか。」
「つけてくれ、それと俺はシャワーを浴びてくる。出てきたら飲み物が欲しいから用意しといてくれ。」
「かしこまりました」
シャワーはここにきて初めてだ。壁から突き出たパイプからシャンプーや石鹸が出てくる。ここは何でも壁に内蔵されているな。やはり外部から壁を通しいろんなものを提供しているのか?
なら、こうしたところから何らか外部に接触を図ることは可能そうだ。
そう考えながら、シャワー室から出てくると、ボットがタオルを持ってきた。
「このタオルは何処からもってきた?」
「日常の些細なものは、私の中に内蔵されている原子組み換え装置にて作成します。使い終わったらゴミボックス入れてください。」
ボットが居なくなれば俺は体を拭くこともできないのか。
そう思いながら机に座ると、紅茶が置かれていたため一口飲んでみた。
「なかなかうまい紅茶だ。いや、まてよこの角砂糖の具合は?ボット角砂糖はどれくらい入れたんだ?」
「一個と半分です。」
「お前俺が紅茶好きなの知ってたか?それになんでおれの好みの分量を知ってるんだ?」
「昨日蛇口から紅茶を出し美味しそうに飲まれておりましたので、お好きなものの可能性があるとの認識があります。また、その際に入れていた砂糖の分量と同じ量を入れました。私の中には学習機能が内蔵されており、使用者の好み等に合わせた作業を行う仕様になっています。別途記憶させたい要望がありましたらお申し付けください。」
何だそういうことか、しかしよく観察しているやつだ。俺本人ですらぼんやりとしか覚えてないのに。秘書としては最高だな。
「よし、腹はまだ減ってないしやるか!ボット俺はここから出る為にあちこち調べる事にする、お前にも色々手伝ってもらうぞ?」
「かしこまりました。可能な範囲でお手伝いいたします。」
管理者とは何者なんだ?
俺をここから出したくないなら、まずボットにそうした指示を聞かないようにさせるはずなのに。
いや待てよ、ボットが実はかなり腹黒くそれを見越して従っているかのように振る舞っているのかもしれない。油断は禁物だ。
まずは可能性の高い窓だ。
俺が寝るからボットが閉めたのだろう、窓には蓋がされてていた。
開けると昨日と同じ白い光だけが見える。
「ボットこの光はなんだ?全方向からライトで照らされているみたいだが。」
「外のことは分かりません。」
そうだろう。
だがここが一番望みがあるんだ。もし外部からの供給があれば、その時に誰かが見えるかもしれない。その時がチャンスだ。
次に排水溝や蛇口だ。
針金様のものを伸ばせば、外へ届く可能性がある。
「おーい」
声を出したが、特に反応はなかった。
何か他にないか探していると、天井に僅かに排気口の様なものを見つけた。
「ボット、あれは何だ?」
「空気安定機です。この部屋の空気の入れ替え、除菌を行なっております。」
確かに密室の様なのでこの装置は必要だろう。だが、どういう機構なのだろう。気にはなる。
そういえば、昨日もそうだが、俺は機械の構造や何かが気になるたちで、しかもそこそこ知識があるようだ。
今も空気の循環システムと、除菌する際の物質をいくつか思い浮かべていた。
俺は一体何者なんだ?
何者と言えば、このボットもだ。こいつのテクノロジーはハッキリ言って異常だ。
こいつも調べてみよう。
「ボットお前を調べる。そこを動くな。」
「申し訳ありません。管理者のみ私の内部機構に触れることができるためそれは出来ません。万一調べようとした場合、警告音がなり、それでも止めない場合は自爆装置が作動します。」
なるほどしっかりしているな。嘘かもしれないが、今はまだいい。面倒なものは後回しだ。
「分かった。俺もまだ死にたくないし、お前が壊れたら、それこそ話し相手がいなくなるからそれも困る。じゃあボット話せる範囲でお前のことを教えてくれ。」
「私はパーソナルロボットR18号。通称ボットです。日常生活における雑用の全てを行うことができ、およそ殆どの知識を有しており、情報端末としても利用可能です。また自己成長機能もあり、管理者やその指定する者の個別データを学習することで、使用者に合わせた作業を行うことが出来ます。」
「それはもう聞いたな。いつ作られた?それとお前の中身がどうなっているか説明してくれ」
「申し訳ありませんが機密情報になる為、管理者以外の方には製造年月日や内部機構の詳しい説明は出来ません。」
「お前のエネルギー源はなんだ?」
「定期的に充電プラグから供給を受けています。」
「充電プラグは何処だ?」
「こちらです」
そういうとボットはいつもいる位置へ向かった。そこの壁には2本の金属の棒が飛び出していた。
「なるほど、わかった。次に知識を確認してみよう。簡単にこの星の初めからの出来事を話してくれ。それから、そうだな俺が知っている限りの物理法則について知識テストをしてみるぞ」
ボットは現在までの歴史を列挙し始めた。
まるで歴史の教科書を丸暗記しているかの如く、スラスラと話す。それが終わると俺から物理法則の理論について説明を求めると、それに対しても澱みなく答えた。そして、全てにおいて誤りはなかった。
「流石だなボット。お前が文武両道なのは分かった。褒めてやろう。」
「私は複数人が行う事を、単独でできる様モデル化されたため、単独の人より劣る部分はない仕様となっています。」
「お前には人の感情を読む力はないな!褒められたら、ありがとうでいいんだよ!」
「かしこまりました。ありがとうございます。」
いくつか調べたところ、ボットのガードは硬い為、ボット固有の情報は手に入らなかった。こいつは主張の通り、あらゆる知識をもち、どんな作業もこなせる様だ。到底この膝ほどまでの大きさの機械装置に組み込めるテクノロジーではない。恐らく外部からの情報源を何処かで受信しているのだろう。
一先ず部屋の中を確認するだけしてみたが、抜け道はなさそうだ。
絶望感はあるが、生命の危機では無いためそこまで焦りはない。
じっくり調べ回ろう。
それにしてもいろんなものが揃いすぎている。本当に俺に一生ここで過ごせというのか?
「綻び」
いつもの様に目覚めると、ボットが動き出し紅茶を入れ始めた。このまましばらく俺が横になっているのを考慮しており、起き上がり机に着く頃にちょうどいい温度になる様調整している。もうこいつ1人で他には何もいらないな。
ボットにはタイマーがあった為、ここで目覚めた日からの時間を計ってもらっているが、今日で2年が経過した。
生憎暇つぶし出来るものは何でもある為、何とか精神を平常に保っていられるが、さすがにこの部屋にはうんざりしてきた。
「ボット、今日は先にシャワーを浴びるから、紅茶を入れ直しておいてくれ。それから昨日のチェスの続きだ。」
「かしこまりました。あと3手先で私がチェックメイトするので、対策をご準備ください。」
ボットは少し人間味が出てきた。
こいつとの会話が無ければ今頃俺は発狂していただろう。
「痛っ!」
足先を洗おうと屈んだところで、壁に頭を打ちつけた。シャワー室が狭い為いつも同じ場所に頭を打ちつける。
「くそ、まぁここで厄落としが出来れば、今日は俺の勝ちだな。」
そう言っていると頭を打った箇所の壁が剥がれ落ちた。中は金属で出来た壁の様だ。眺めているとその金属の隙間に紙が挟まっているのが見えた。引っ張って取り出し中を確認しようとした。
「異常を検知。壁の一部に破損を確認。直ちに修繕に入りますので、一度シャワー室から退室願います。」
紅茶を入れていたはずのボットが、いつの間にかシャワー室に入っていた。驚いた俺は紙を落としかけたが、何とか掴んだまま退室した。
ボットは手際良く修理を始めた。
その隙に俺は紙を開いた。
"私はここに居たものだ。真実を知れば絶望しかない。それでも知りたいのなら調理ボックスのデバッグモードからPCを出せ。その先は他のヒントを見つけろ。今まで見なかった場所にあるはずだ。因みにパネルの左上の何も無い箇所を押した後、カルヴァドスを2回、寿司を1回押してから最後にパンケーキを5回押すとデバッグに入る。"
心拍数が上がるのが分かった。
ここに来てこんな進展があるとは。興奮が抑えられない。
一旦紅茶に口をつけ落ち着こうとする。
ボットめ、修理を優先して砂糖を入れていない様だ。
いや、待てよ、それほどあの壁を早く直したかったのか?ここにこれがあるのを知っていたのか?やはりこいつはきな臭いな。
「おいボット、調理ボックスのデバッグモードについて分かるか?」
「それについては管理者権限になる為、私は回答することができません。」
なるほどデバッグについては知っていた様だ。
聞き方を変えよう。
「デバッグモードを使用することも管理者のみに制限されているのか?」
「デバッグモードについては回答できません。」
「お前は今まで管理者権限により出来ないことは、はっきりと出来ないと答えていた。そして今までの傾向から、お前が回答出来ないと答えたことについては、管理者権限が無いことも分かっている。つまりデバッグモードは管理者権限無しで使用出来るわけだ。」
「それについては私は回答できません。」
デバッグモードの使用は可能な様だ。
早速俺は手順通り調理ボックスをデバッグモードにした。今までパネルには料理しか表示されていなかったが、日用品などあらゆる項目が選択できる様になった。どうやらこれはボットにも内蔵されている原子組み替え装置と同じもののようだ。料理項目だけ表示する様に制限されていたようだ。
また、調理ボックスそのもののプログラム画面も出せるが、下手に弄って故障でもされたらまずいので触らないでおこう。
PCの項目を開くと、夥しい量のPCが表示された。
もはやパソコンの歴史一覧だ。聞いたことのないものまで、全て羅列してある。
「まいったなこれは、一つ一つ出して確認してもいいが、どれだけ時間がかかるか」
ふと、さっきの紙の内容を思い出した。
他のヒントもあるはずだ。だが何処に?
全部の壁を剥がすのか?いや今まで見なかった場所。
「ボット俺は今までこの部屋の中を虱潰しに調べたが、まだ見ていない箇所はあるか?」
「はい、排気口と排水溝の格子の裏側、排気管と排水管の中、それとカップと壁の裏です。」
そう言えばカップは俺がここに来た時からあった。これだけはゴミボックスで処理されず、いつもボットが洗っていた。裏返して見ると、底に5桁の番号が刻まれていた。
PCとの関係性はなさそうだ。
壁は広すぎるから後回しだ。
まず、排気口と排水溝の格子を外す為、調理ボックスからドライバーを出した
排気口の格子を外してみると、見たことのない化学式が書かれていた。理解が出来ないので、一旦保留だ。
次に排水溝の格子を外して裏を見ると、PCの番号らしきものが刻まれていた。
「よし!ボット今から言う番号のPCを出してくれ!」
ボットはすぐに操作し、PCを調理ボックスから出してきた。
「えらく古い型だな。このまま調べよう。ボット、コーヒーを持ってきてくれ砂糖は多めで。」
PCを起動すると、パスワードの入力画面が出た。カップの底の5桁を打ち込むと、ロックが解除出来た。
だが、中には電卓プログラムや、レシピの一覧表があるだけだ。役立ちそうなファイルは見当たらない。
そんなはずはない。
ここから何か分かるはずだ。
あの紙がイタズラにあんな事を書くはずがない。
「ボット、このパソコンに何かヒントがあると思うんだが、お前に分かるか?」
「私には分かりません。」
落ち着く為にコーヒーに口をつけると、かなり高温だった為、パソコンに吹き出してしまった。
「おい、これは熱すぎるぞ!パソコンが壊れるじゃないか!」
「申し訳ありません。もう少し後で飲むと思い、高めの温度でお出ししておりました。」
急いでパソコンを布巾で拭いた。
裏側を向けると、イニシャルらしきものが掘られてあるのに気付いた。
「ボット、前にも聞いたが、あの装置は指定したものを量産しているだけだよな。」
「はい、そうです。原子組み替え装置は設計図の通りのものを作成するものです。」
なら何故このパソコンにはイニシャルが掘られているんだ。これはつまり固有のもの、誰かの所有物だったってことだ。
何かあるかもしれないと、あちこち触っていると、かつてあったCD媒体の読み取り口が開いた。中には先端に小さな玉のついた細長い針金が入っていた。構造が分からないが、引っ張ると伸びていき、かなりの長さになるようだ。
「ボット、さっき俺が見ていない場所は何処だって言った?」
「排気口と排水溝の格子の裏側、排気管と排水管の中、それとカップと壁の裏です。」
この針金なら排気管や排水管に入るな。
早速排水管に突っ込んでみた。針金を延ばしていくと何かに突き当たった。
戻してみると針金の先端の球体に金属片が付いていた。どうやら先端は磁石でできていた様だ。
金属片には、先程と異なる5桁の番号が刻まれていた。
再度針金を突っ込み伸ばしていくと、手洗い場の蛇口の所がカタカタ鳴り出した。どうやら蛇口と排水管は繋がっている様だ。一旦引き戻し再度伸ばしてみると、ゴミ箱のところへ、その次は排気口から針金が顔を覗かせた。
恐ろしいことに気付いてしまった。全ての管は一つにつながっている!外へSOSを出そうとしていたのに、これじゃダメだ!
不安が頭をよぎったが、一旦PCの確認をすることにした。
パソコンを再起動し、先程の金属片に刻まれた5桁を入れると、さっきとは異なる画面が表示された。
「なるほど、パスワードによって使用用途を変えていたのか。ファイルが殆どないな。このファイルは?ボット、これはこの部屋の見取り図に見えないか?」
「図面とこの部屋を比較したところ99.9%一致しています。」
やはり、そうか。
しかもこの図面、拡大すると細かい仕様や材質、内部の構造まで見れる様になっている。これでこの部屋の全容は把握出来そうだ。
だが見る限り、扉が見当たらない。やはり完全に密室になっており、壁を破壊しない限り脱出は不可能な様だ。
先程の調査の通り、配管は一つしかない。調理ボックスを中央処理装置として、シャワーや蛇口使用時に調理ボックスから必要なものを流し、その都度配管内を、任意の場所に流れ着くよう制御している。
そして使用後の排水はゴミボックスに流れ出るようになっており、そこで最終的に原子分解され処理する構造となっている。
「何だこれは?つまりこの部屋1つで全てが解決する様になっているぞ。何のためにこんなもの作ったんだ?それにエネルギーの供給元はどこだ?こんなの何らかの膨大なエネルギー無しで動かせられるはずがない!」
外壁を見てみると、知らない物質名が書かれていた。その横には数式が書かれていた。どうやら外壁自体がエネルギー変換装置となっており、内部で必要な電気はそれにより作られているようだ。
そこから調理ボックスや、ボットの充電プラグに供給されているようだ。
だがこの外部エネルギーはそもそも何なんだ?光や熱ではなさそうだ。
「ボット、このエネルギーは何か分かるか?」
「私にはお伝え出来ません。」
「お伝え出来ない?なら知っているんだな!」
「はい、ですがお伝え出来ません。」
お伝え出来ない。過去そんな言い回しがボットからあっただろうか?これは確信に近付いている証拠だ。それにボットはやはり知っていそうだ。こいつの内部に入り込めたら全部分かりそうだが。
「ボット、お前の内部機構に俺が触ることは絶対に出来ないのか?」
「はい、管理者権限となっております。」
なるほど、だがデバッグモードとこの図面のおかげで思いついた案がある。プログラムの理解に少々時間がかかるな。一先ず少しずつ調理ボックスで必要なものを出力しておこう。
その前に他のファイルも確認しておこう。
「『ファイル0.新たなる旅』何だこれは?旅程のようにもなっているが、あちこちに式も書いてある。それに意味がわからないぞ、この式は」
何らかの重力に関する方程式のようだが、理解が出来ない。歯抜けになっているようだが、どうやらこれを作った人物はかなり高度な物理学者のようだ。
「ボット、この式はわかるか?」
「私にはお伝え出来ません。」
またか、だがこれも重要な式だろう。
最後のファイルは?
これはどうやらシミュレーターのようだ。
この部屋に関するもののようで、いくつか式を入れるとシミュレート出来るようだが、何を入れれば?
さっきの旅程に書かれた式をとりあえず入れてみたが、エラー表示になるだけだ。どうやら係数が抜けているようだが、それは分からない。
これでファイルは全部だ。
まだ調べたいこともあるが、かなり疲れたので休むことにしよう。
「ボット、俺は休む。片付けだけやっといてくれ。」
「かしこまりました。」
「深まる謎」
久しぶりに夢を見た気がするが、覚えていない。
起きるとボットが充電プラグから動き出し、紅茶を入れ始める音がした。俺はいつも通りしばらくは起きない。
昨日の出来事をおさらいしたが、分からないことだらけだ。何かヒントはないか?ボットが全部知っている可能性がある。やはり奴を何とかしないと。だが完璧すぎる奴だ、あの作戦も上手くいくのか?もし失敗したら本当にあいつは自爆するかもしれない。
ここまでやってその結末は悲惨すぎる。
だが100%そうとも限らない、嘘をついている可能性もあるし数%の望みにかける価値はある。
ここまで来たら出来ることを全部やるだけだ。
まず軽く図面を見直してから実行しよう。
そういえば壁も調べていない箇所だが、見当もつかない。
寝起きから考えすぎた。一旦紅茶を飲もう。
いつもの定位置に置かれた紅茶。俺の腕を長さを考慮して、ちょうどいい位置にいつも置かれている。取手の角度までいつも同じで寸分の狂いもない。そして飲むと丁度良い温度、いつもの砂糖の量。恐ろしい奴だ。
寸分の狂いもないと言えば、ここでの装置もそうだ。調理ボックスも味の変更は出来るが、全く同じものを毎回出力できる。この部屋自体も設計図の通りに作られている。作成者はボットと同じく完璧主義者らしい。あるいはボットが作ったのか?
完璧?いや、まてよ?確か昨日。
「ボット!昨日見た部屋の見取り図と実際のこの部屋の適合率は!?」
「99.9%です。」
「何故100%じゃないんだ!?何処が違っている?」
「私のスキャニングによれば、部屋の中央部、ちょうどその紅茶を置いている真下の床に、設計図とは異なる空洞が確認出来ます。」
机を動かして床を叩いてみた。確かに音が違う箇所がある。掃除はいつもボットに任せていた為、これには気付かなかった。調理ボックスでいくつか工具を出して、床を壊してみた。どうやらここだけ柔らかい素材のようだ。
中には小さな空洞があり、CDと紙切れが入っていた。
"真実は残酷。もし君が解決策を見つけられたら、私を救うことが出来るだろう。"
意味が分からないことが書かれていた。
それにボットは、こう言う時はすぐに修理作業に取り掛かるはずが今回は何もしない。と言うことは、ここははじめから空洞でいいようだ。なら何故図面に無かった?後から作ったのは何故だ?
だが、今はまずはCDだ。
パソコンに入れてみると、ファイルが1つだけ入っていた。
そこには幾つかの数字が並んでいた。
その下には"これは行きに使用した係数。元に戻る為の係数を別に見つけなければ"と書かれている。
元に戻るとはどういうことだ?
一旦この係数を、先程シミュレーターに打ち込んだ式に追加に追記してみると、線描写されたこの部屋が画面に現れた。
暫くすると、画面の部屋の周りの空間の重力エネルギーの数値が膨大に増え始めた。
他の数値も増え始めたが、意味が分からない。
その後、部屋の所在地が惑星から事象の地平面となり、最後に始まりの地と表記された。
俺はそこそこに物理学やらの知識はありそうだが、これについては何故か分からない。
だが答えはここだ。ここでやるしかないか。
「ボット、前に言っていた脳を活性化する薬ってのは、学習能力も上げることが出来るんだよな?」
「可能です。」
「その際に覚えたことは忘れることはないのか?効果の持続時間と副作用は?」
「通常の学習と同様時間経過とともに徐々に忘れていくことがあります。投与後約6時間は活性状態が続き、通常の50倍程度に脳の処理能力が上昇します。その後約一日以上は重度の頭痛、目眩、吐き気、不眠などの副作用が起こる可能性があります」
代償はでかいな。ただこれしか思いつかない。
「ボット、お前は俺にこの式については教えられない。なら俺はお前から、お前の知る物理学やら電気工学、この式を理解する為に必要な知識全てを教えてもらう。それを踏まえて、俺は俺自身でこのシミュレーターの意味を理解してやる。これなら出来るんじゃないか?」
「可能です。」
よし、それにもし上手くいけばもう一つの目論見も合わせて出来るかもしれない。
「それじゃ早速投与してくれ」
後のことはその時の俺に任せよう。
「学習プログラム」
あれは俺がまだこの部屋に来て暫くした時期のことだった。
「おい、ボットこの部屋にいると退屈すぎる。何か俺を楽しませてくれることをしてくれ。」
「それでは学習プログラムは如何でしょう。通常の学習とは異なるプロセスでの学習を行います。」
「面白そうだな、やってみてくれ!」
「かしこまりました。」
そういうとボットからアームが飛び出し、リングを形成し始めた。。リングが完成すると、内部が駆動音を鳴らし始めた。
ボットはそれを俺の頭に被せようとしてきた。
「ちょっと待ってくれ!何だこれは?何をするんだ?」
「学習プログラム用の装置です。このリングを被ることで、直接脳に情報を送り込みます。」
これはたまげた、こんな効率のいい学習が出来るとは。
「これには副作用みたいなものはないのか?」
「供給する情報量は調整しますので大丈夫です。もちろん希望があれば負荷を多くして、短時間での大量の学習が可能です。」
「なんだかそれは怖そうだからやめとくよ。とりあえず、そうだな例えば食材の栄養素やその効果について簡単に学べるか?」
「可能です。実行しますか?」
「やってくれ。」
そういうとボットは俺の頭にリングを被せた。
暫くすると脳に様々な情報が入って来た。
例えようが難しいが、何かパッとアイデアが思い浮かんだ感覚が連続するみたいな感じだ。
どんどん頭に栄養学の知識が入っていった。
「一旦ここで止めます。気分は如何でしょうか?」
「特に問題は無い。ただ面白いな、一度に色んな知識が身についた。だが何で止めたんだ?」
「これ以上は脳に負担がかかると思われました。一旦休憩を挟んで行うことが推奨されています。」
「そうするか、脳の主な栄養源はブドウ糖だな。ボット何か適当にそれらしい食べ物を出しておいてくれ。」
「かしこまりました。」
あれ以来何度もこの学習プログラムには世話になったが、非常に楽しいものだった。
「解析」
投与されてすぐに頭が冴えてきた気がした。
いや冴えてきた。
「それでは学習プログラムを実行します。」
そういうとボットは学習プログラムのリングを準備し始めた。
急に俺は違和感を覚えた。
「ボット、なんでそんなゆっくり話すんだ。それに動作もいつもより遅いぞ。俺に残された時間は限られてるんだ。早くしてくれ!」
「それは投与した薬が原因です。脳の処理能力が上がりすぎているため、通常の動作や音が遅く見えたり聞こえてしまいます。」
「それならボットもっと早くやってくれ。」
「かしこまりました。可能な限り速度を上げます。」
即座に速度を変えたボットの声は通常通りに聞こえた。
ボットはリングを形成し、俺の頭に被せた。
今までとは桁違いの量の情報が、俺の頭に舞い込んできた。
時折先ほどのシミュレーターを見ながら、不明な箇所を都度ボットに尋ね、新たな知識を学習していった。
ひとしきり学んだところで、次の段階だ。
この得たばかりの知識を使って、今度は自分で解いていく番だ。
様々な思考実験を行った。
その結果およその想像がついた。ひとまず思いつくことを1つずつやっていこう。
調理ボックスのデバッグモードを開き、それから内部プログラムを出した。プログラムに目を通すと、この部屋の電力供給について把握することが出来た。そこに少し新たなプログラムを加えておいた。これを起動すれば電力供給網を変換出来る。ちょっとしたサプライズだ。きっと役立つ時が来る。
次にシミュレーターに追加の演算プログラムを加えることにした。
これは学習プログラムの効果が切れて知識が薄れたとしても、見ただけで理解できる様にするためだ。
正直なところこうするか迷った。
何故なら思考実験のみで、俺の中で答えが何となく見えてしまったからだ。
それは到底受け入れられるものではないのだが。
追加プログラムをしたシミュレーターが動き始めた。
PC画面には数次元の軸とこの部屋が表示されている。
そしてある基点を超えたところで、空間の歪みが発生した。そこで部屋は3次元上での動きを止め、4次元上で動き始めた。そして次の瞬間、部屋は全ての軸を越え、無限のエネルギーが満ちる空間へ移送された。
残念ながら、想像の通りとなってしまった。
この部屋は一種の時間移動装置であると考えられる。だがその移動過程において、時間軸つまり4次元を移動中に高エネルギーにより次元そのものを超越した場所に、誤って移動したようだ。
その場所は宇宙ができる前からある場所。無数の宇宙がある場所。俺のいた宇宙の外側。つまりシミュレーター上の始まりの地だ。
この部屋の外には何もなく、ただ無限のエネルギーが広がっている。この部屋の外壁はそれを電気エネルギーに変換して、内部に供給しているようだ。無限だからいくらでも供給が出来た。
そして外に何も見えないのは当然のこと。そもそも何もないのだ。
「俺はどう言う目的でこの部屋にいたんだ?実験台か?ボット俺は元いた場所には戻らないのか?」
「最後の質問については分かりかねます。他の質問には回答出来ません。」
そうだろうな。
「ボット、俺の理屈が正しければ、ここは時間の概念がない、無限のエネルギーが供給される場所。ここでは俺もその恩恵を受けているんじゃないか?つまり、俺はここにいる限り死ぬことはないんじゃないか?」
もはや回答はないのは分かっている。ただ不安で何か話していないと落ち着かない。次々と良くない考えが浮かび始めた。その思考を遮るかのように、ボットが答えた。
「その通りです。ここでは生命は死ぬことはありません。」
「何でそれには答えるんだ?聞きたくなかったぞ、おい!本当に死なないのか?いや死ねもしないのか?永遠にこの部屋に居続けるしかないのか?」
「最後の質問以外はその通りです。最後の質問については分かりません。」
絶望感が俺を襲った。そんな馬鹿な何でこんなことに。
試しにフォークで腕を刺してみた。痛さは感じたが、不思議と血は出ない。
殆ど怪我をしなかったことと、ボットの即座の治療のせいで、今まで殆ど気にも留めなかった。
どうやら痛覚はあるが、直接死因となる出血はしないようだ。おそらく病気になることもないのだろう。
愕然とした俺は調理ボックスで大量の睡眠薬を出した。
飲もうとしたところで、ボットが話した。
「その量の睡眠薬の服用はお勧めしません。通常なら死亡しますが、この場所では死亡はしない上、副作用は発生します。長時間の苦しみが続くと考えられます。」
「くそ!なら俺にどうしろっていうんだ!大体こんな場所に何で俺は連れてこられたんだ!そうだ!どうせ死なないとも分かればお前の自爆すると言う脅しも効かなくなるぞ!俺はお前のことも少しは分かってるんだ。この部屋の外壁の薄さと言い構造といい、制御している場所がどうしても見当たらなかった。お前だろボット?お前がこの部屋を管理するメインシステムだ。お前のプロテクトを外して俺のことを調べてやる。もしかしたらお前が元に戻る方法も知っていて、それを俺に隠しているかもしれない!時間がもうないんだ、俺に調べさせるんだボット」
「確かに私の自爆プログラムにより死ぬことはありません。但し物質に関しては別で、外的要因により破壊されます。実際壁の破損は過去にもありました。つまり私が自爆すれば、この部屋は破壊され、元いた場所に戻る確率は0%になります。もちろん素材があれば修復されますが、この部屋の大きさからみて調理ボックスも爆破の巻き添えになります。そうすれば材料を手に入れることも不可能になります。それと、時間は無限にあります。」
「ふざけるなよ!死ぬことも出来ずこんな場所に居続けるのか!?あぁもう嫌だ何でこんなことに。ボットこの場所から出られる方法は本当にないのか?」
「申し訳ありません。分かりません。」
その時ボットの話す言葉が早く聞こえた。同時に頭痛もし始めた。どうやら薬の効き目が切れて来た様だ。
「ここまでか。副作用が出て来た様だ。死なない程度に薬を飲んでマシになるまで寝ておくよ。ボット、お前は充電が切れるまで、そのシミュレーターを見ていい案を考えておいてくれ。」
「かしこまりました。」
そういうとボットはPCに向かっていった。
「真相」
凄まじい頭痛と吐き気で目が覚めた。
どうやら学習プログラムの副作用が本格的に始まったようだ。
同時に少しずつ思考力が元に戻って来た様にも思える。
ボットはPCの前にいるままだ。
「最悪な気分だ。ボット紅茶を入れてくれ。シミュレーターについては何か分かったか?」
「かしこまりました。まだ確認中です。」
ボットは紅茶入れて持って来た。
「ボットもう殆ど出来ることはないな。」
「まだ確認中です。もう少しお待ちください。」
ボットの警告音が鳴り始めた。
「充電の残量が無くなって来ましたので、一旦充電プラグに戻ります。」
ボットが充電プラグの方へ向かった。
その瞬間、俺は頭痛に耐えながら、すかさず調理ボックスをデバッグモードに切り替え、脳が絶好調の時に追加した電力供給網の変換プログラムを実行した。
「サプライズだ、ボット。」
ボットが充電プラグに接続すると、聞いたことがない警告音が鳴り始めた。
「警告します。そのプログラムを実行すると自爆プログラムを実行します。直ちに停止してください。」
「だろうな、だから実行するんだ!」
プログラムをそのまま作動させた。ボットは警告を繰り返していたが、すぐに停止して動かなくなった。
「さすが天才プログラマーだ!充電を切ってやった!これでじっくりボットの内部を観察できる。」
先ほどのプログラムは充電プラグの電力供給網を逆にして、反対にボットの電力を奪うものだ。
これでボットの電力を無くしてやった。
自爆プログラムの動作条件が不明だったため賭けではあったが、どうやら俺は勝ったようだ。
思考力は落ちても、先ほど学んだ機械工学の知識は覚えたままだ。
あらかじめ準備してたいた工具を使ってボットを分解した。
中にはプラスチックケースに入った白い粉があった。恐らくこれが件の爆薬だろう。
それに触れないよう慎重に記憶用かと思われるチップを取り出し、調理ボックスで出しておいたパーツを使い、PCに繋げてみた。
チップ内には無数のファイルが入っていた。"人格"と言う名の大容量ファイルがあるが、圧縮されており、パスワードも必要な為、開くにも時間がかかりそうだ。
他には写真データも入っていた。
白衣を着た人物が数名とボットが、巨大な四角い箱の前で撮影した写真があった。おそらくこの部屋の外側だろう。
他にも膨大な数式が書かれた黒板の前で立つ姿、設計図に書き込む姿。
その全てに俺が写っている。
そしてボットと、この部屋で撮った写真もあった。
その写真にはメッセージが書かれていた。
"今回初となる時間旅行。人が新たな一歩を踏み出した日。人類最高の叡智と愛すべき相棒ボットと共に"
どういうことだ?人類最高の叡智?俺が?
仮にこれが俺だとして、それにしてはここまで来るにあたり学習プログラムを利用したりと、まるで別人のように知識がない。この部屋の関係者とも思えない。もしかするとこの壮大な実験の過程で、記憶喪失になってしまっているのかもしれない。
ここにきて恐ろしく不安になった。
「おい、ボット!と言っても動かないか。」
ボットの意見を聞きたいが、よく考えると復活させる術が分からない。もう一度薬を投与して、再度プログラムを構成すれば出来るかもしれないが、薬の投与もボットしか出来ない。薬品名が分からない為、調理ボックスで出すことも出来ない。こいつのおかげで今までやってこれたが、1人だといよいよ発狂しそうだ。
「くそ!ボットが動かなくなったのは自業自得だとして、こんなクソみたいな状況どうやって抜け出すんだ!」
そう言って机を叩くと、前に見つけたメモ書きが床に落ちた。そうだ、そもそものヒントがあちこちに残されたこの状況。明らかに仕組んだ誰かがいる。こんな謎解きみたいなことをさせた誰かが。
やはり俺の記憶を消して、何らかの実験をしている可能性が高い。その主を見つけてぶん殴ってやらないと。
ボットが片付けることもないので、メモ書きを拾い上げ、なんとなくもう一度読み上げた。
"真実は残酷。もし君が解決策を見つけられたら、私を救うことが出来るだろう。"
俺が解決策を見つけることが、なぜこいつを救うことになるのか?確かに今までのヒントは、俺をここまで導いたが、ここからの脱出までは行きつかない。要のシミュレーターで正解を見つけるしかないのだろうか。
もう一度式を見直そうとPCに目をやり、ふと画面内の最後の人格ファイルを見ると、1つだけ圧縮されていない進行中と書かれたものがあった。
開くと天井付近から見た、この部屋の映像が映った。
何も動きがない、ただPCを見続ける人物が写っている。その横には外装が外れたボットが横たわっている。見たことがある光景だ。
嫌な予感がする。
右手を挙げてみると、映像の中の人物も右手を挙げた。
俺だ。
これは今の映像だ。
この部屋はずっと録画されているようだ。
「一体なんのために!?もう気が狂いそうだ!やっぱりここは始まりの地でも何でもなく、俺はただ閉じ込められて観察されているだけじゃないのか?こんなとこに何年も閉じ込めやがって、いい加減無理やりにでも出ていってやる!」
もうどうなってもいい。この部屋ごと吹き飛ばしてやろう。
先ほどボットから取り出した爆薬に火をつけるため、調理ボックスでライターを出そうした。
だが何故かライターがない。
他のマッチや着火出来るものを探したが出てこない。
「くそ!まぁでも電気があるのは分かっているぞ!この調理ボックスをちょっと壊せば配線があるだろうから、それで引火させてやる!」
工具を手に調理ボックスに向かおうとした時、足に痛みが走った。
停止して横たわっていたはずのボットが、アームだけを伸ばし俺の足に注射をしていた。
「お前なんで動けるんだ?何だ、足が、立てな、いぞ」
その場に俺は倒れ込んだ。体が全く動かない。
「補助電源の起動まで時間がかかりました。今、麻酔を投入しました。これで動けなくなり、まもなく意識も無くなります。シチュエーション666相当となったため、プロトコル0を実行します。さようなら人格No.499。」
ボットは俺の頭に学習プログラム用リングを被せた。俺はなす術もなく横たえたまま。やがて麻酔が効き始め眠りに落ちた。
「始まり」
「おはようございます。ドクター、調子はどうでしょうか?」
「相変わらずの目覚めの悪さだよ。今回は中々の人格だったね。まさか調理ボックスからボット君の電源を切るとはなかなかのやつだ!」
「新しいパターンでしたね。あそこから充電プラグのプログラムを変えるとはなかなかの人物でした。補助電力の復帰時間を早めた方が良いかもしれません。それと私の外装も強化したほうが良いとおもわれます。」
「可哀想になぁ、こんなことになるとは思わなかった。別人格とは言え私がやったことだし、記憶もある程度あるからなんとも言い難い気持ちだ。前に1人か2人似たようなことをしたが、チップまで取ったのは初めてだった。」
「この実験の一端ですから気に病むことはないですよ。この部屋自体が記憶媒体であり、私の一部でもあるということには気付いてなかったですね。」
「先んじて分散しておいて良かったよ。常時共有型デバイスの利点が活かされたようだ。だが、チップは君から外しても外部と共有していたため、この実験の深淵まで見られてしまったなあ。最後には発狂してしまった。危ないとこだったよ。調理ボックスから火気類を除いておいて正解だった。とにかく、これはアレだな。」
「いつものセリフですね、ドクター。」
「そう」
「「検討の余地有り!」」
2人のセリフが一致して笑い合った。
「よし!一先ず実験記録を纏めよう。ボット君紅茶を頼む、といってもその体だと動けないな。自分でとってくるよ。」
「申し訳ありません。ドクター。」
「なにを、気にしなさんな!とんでもない目にあったんだからね。そうだ、紅茶で思い出したが、よく人格パターンを理解しておいてくれよ。今回の人格は知識をやや残しておいたので、私よりの好みも残ったままだった。紅茶の砂糖の量で初めに怪しまれていただろう?そこから綻びが広がってしまうんだ。注意してくれ」
「かしこまりました。初めはついうっかりいつものように入れてしまいました。」
「彼は単純だから気がついていなかったがな。ちょっと失礼。」
「どうかしましたか?」
「いやなに、今回ボット君の中に入れた爆薬もどきはいつもの砂糖なんだよ。うむ!やはりうまい!」
「それ今回の実験開始時から入ってましたが大丈夫ですか?」
「しまった、早く言ってくれよ。まぁでも大丈夫だろう、密閉容器だしね。そうだ!賭けは私の勝ちだぞ、ボット君!」
「何のことでしょうか?」
「とぼけちゃいかんよ、彼がどのヒントを最初に見つけるかの賭けだ!見事今回は私の方が当たりだ。不注意な人格だから、必ず壁に頭をぶつけると思ったんだ。」
「あの人格形成は私が行ったこともあり、短絡的なところがあるので、窓を壊すと思いました。だからあの二重窓を外すと出てくる文字からヒントを読むと思いました。」
「どうだいボット君、前にも言ったがこれが人なんだよ。人格を設計しても、その行動は未知数なんだよ。コンピュータじゃ決して読めないんだ。」
「でもドクター、統計では私の方が55%の勝率ですよ。」
「なんと、これは失礼!こうした点でもコンピュータの方が優れていたようだった!ところで今回の結果はどうだ?」
「今回の結果は以前と殆ど変わらないものでした。シミュレーターが少し強化されたぐらいです。」
「まぁそう簡単にいかんだろう。時間はたっぷりあるんだ、じっくりやっていこうではないか!所で今はあの日からどれくらいの年数が経っているんだっけ?」
「私の内蔵時計によれば、9810年です。」
「今回の実験は割と短かった。向こうでは親戚どころかもしかすると人類もいないだろうなぁ。だがこれは時空間移動装置だ。元の次元にさえ戻れば、再びあの時代に戻れるんだ。しかもあの当時なかった神にも等しいこの技術を持って!」
「元々私もただの愛玩ロボットでしたからね。今では徒競走以外なら人に負ける気はしません。」
「よし帰った暁にはタイヤから二足歩行にしてあげよう!次は何人目だった?」
「ありがとうございます。500人目です。」
「記念すべき500人!次の人格が何か進めてくれるといいなぁ。今回の人格は少々遊びすぎた。次はやはり技術進歩のために天才型にしようか。ただリスクヘッジは常に必要だと今回もよく分かった。調理ボックスの自由度をもう少し下げよう。ちょっとやそっとでこの部屋は壊れないが、それでも万一強力な兵器でも作られたら一貫の終わりだ!そこで私の記憶が戻ってしまったら?その時私は悠久の時を過ごす神になるしかない!そうならないよう、本当に出せるものを制限しないと。あと他にも色々ヒントも変えようか?結局彼はデバッグボタンがモニターに小さくあるのも気付いてなかったしなぁ。」
「まだまだ発想が尽きませんね」
「その通り!まだ出来ることは沢山あるんだ。時間も無限にあるしね。次の人格形成にもたっぷり時間を費やせる。諦めない限りきっと元に戻れる!でもまずはボット君、君を直すことから始めようか!」
「かしこまりました。宜しくお願いします。」
[報告書 人格No.499]
以上がNo.499の約2年間に渡る顛末である。(映像データは別ファイル参照)
本件においては、シミュレーターの軽微な改善以外の進歩は見られなかった。なお、調理ボックスについては、今回追加された電力供給網変換プログラムは削除したたため、変更点は無しとする。
ボット内学習プログラムの応用による、人格及び記憶変換プログラムにより作り出した新たな人格を、本実験考案者に発現させることにより、当該者の密室にいること及び特異な状況下にいることで発生する極度の心理的ストレスからの逃避、精神の安定、加えて別人格による新たな脱出方法等の考案を目的とした実験であるが、依然不確定要素によるこの時空間移動装置の破壊等の危険性は内在している。
更なる対応策を検討し、この始まりの地からの脱出を図るべく、次の人格調整を行っていく。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?