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パリ・シャンゼリゼ 本日の時計屋さん(8) ホール・ニュー・ワールド

私が勤める時計屋さんは、私が居るシャンゼリゼの他に、パリの西はビジネスパークのラ・デファンス地区に一店、市内デパートの中に二店、そして東はユーロディズニー近くのアウトレットに一店の計五店。
しかしながら2月初めからの大型店閉鎖に伴い、現在実質上シャンゼリゼ店のみの営業。その為来店者数は少ないと感じるものの、お陰様で売上げは相変わらず。

直接来店の他に、サイトウェブ予約も出来るので、最近はこちらも大盛況。
9時半開店の朝はこれの準備に時間を使います。

今日のご予約お一人目は、女性で、お名前がシェへラザードさん。
まぁ!ステキなお名前。
『千夜一夜物語』ですね。

アラブの王は彼の一番目の妻の不貞を発見した怒りから処女と結婚しては翌朝には処刑していた。殺害が続いたとき、大臣の娘のシェヘラザードは王の愚行をやめさせるために、王との結婚を志願した。
毎夜語られる彼女の話を気に入った王は新しい話を望んでシェヘラザードを生かし続け、千と一夜の物語を語り終える頃には二人の間には子が産まれていた。
王は自分とシェヘラザードの間に子供が出来たことを喜び、シェヘラザードを殺さないことと、彼女を正妻にすることを誓った。

今日はアラブのお姫様に会えるかも、とちょっとウキウキ。

そんなこんなの昼下り、本日のお客様。
外のショーウインドー前を右へ左へウロウロ。しばらくしてから入ってきた。デカい! 背丈はそれほどでもないが、ヒラリとさせたコートの裾から伸びる長ーい足。肩幅が広いんだな。褐色の肌に鉤鼻と、黒くしっとり撫でつけた髪。少し長めの襟足がくるっとクセ毛。寒い、とでも言いたげな手の揉み様。近寄ると、やっぱり見上げる程。そして、この香水。アラブ系だな。
近寄っただけでヘタヘタとどこかへ連れていってしまわれそうな本能をくすぐる香り。

(中東では、体と心を浄化することができる神の現れと見なされるこの香水。可憐なジンチョウゲが発する沈香(ジンコウ)の香りは野性的。そして正に神秘的。)

〜 この香り攻撃で、既に少々クラッ 〜

"ショーウインドウ前で少し躊躇されてらっしゃいましたね"
と気を取り直しながら。
"新作のチェックですか?今は何をお使いで?"
"いや〜、実は時計するクセないんです"
アレ〜、じゃ何の用。
と見せてくれたガッシリした腕には細い革紐がグルグル。
結構骨太ね。
"残念ですね。そんなしっかりした腕なら、がっつり大きいの、お似合いなのに"
ん〜、と店内を見回して、私の目の前で視線を止めると、
"考えてみます"
と再びコートを翻し、店を出て行った。
ありゃま〜、お早いお帰りで。

...でもあのくらい大きな人だったら、軽々担がれそうだな、いやお姫様だっこも夢じゃなさそうだな、ってなんで。アラジンかっ。🧞

いかん、ついあの香水にヤラれそうになっちまった。
お仕事、お仕事。

現実に戻りながら次のお客さんのお相手中。
ヒラリ、と入って来たのはさっきのアラジン!?
えっ、魔法の絨毯に乗って戻ってきたかっ。
いや、お相手半分上の空で、買いそうもないのでそそくさと幕を下ろす。

そこへすっと上司がやってきて、
"ご指名入ってるから"
...ご、ご指名!? ココってそういう店だったっけ!?
"これは片付けておくからすぐに行って。待ってるから、さっきのお客"
そう、さっきのアラジン、再び現る。

(なんでー、今日はアラブのお姫様待ってたんじゃないの?)
"時計、する気になりました?"
"いや〜、なんかスゴく忘れられなくて"
へえッ!?
"気に入っちゃったみたいなんですよ。見せてもらえます?"
(な、何を見せるのー!)
"ハイ、何なりと"
とやや低目のショーケースに両手を付き時計を覗き込むアラジン。まるで土下座でもされているような格好。

〜 またあの香りに、クラッ 〜

"コレ、お願いします"
(いやーん、そんな目で見ないでー)

♪上目使いに 盗んで見ている
蒼いあなたの 視線がまぶしいわ〜
(明菜かっ)

(え、じゃあ...)
♪思わせぶりに 口びるぬらし
きっかけぐらいは こっちでつくってあげる〜
(作らない、作らない、ダメです)

-ブルーダイヤル、コート・ド・ジュネーブギローシェ、クロノグラフ、スポーティバゼル、クオーツ、43mm、メタリックベルト

"ごっついの、お似合いです..."
一応ですけどね、他のモデルも出してみます。

2本目: ブラック、クロノグラフ、ゴールドのスポーティバゼルタキメーター付き、クオーツ、45.5mm、メタリックベルト
3本目: ブラック、クロノグラフ、オートマチック、42mm、黒革

一本試す度に、窺う視線。
(きゃっ、またその目。引き込まれちゃいそうだからやめて〜)

"(フッ...) いいですヨ、コレで"
(なにー!コチラの出方を見透かす様な余裕の表情)
と結局、私の努力の甲斐もなく、ハーレムを楽しむかの様な、自分の意見は曲げないアラブ型マッチョ。

なんだかやけにドキドキしちゃうな。
なんか今日、萌えてる?
お会計間違えないようにしなきゃ。
"お名前、教えていただけますか?"
(仕事です)
もちろん、アラブ名。
"ファーストネームは?"
"これで"
クレジットカードを差し出す。
"Djafar... ジャファール!!"
(えぇっ!アラジンでなく! アナタ、悪役だったの!?)


↑↑映画『アラジン』に出てくる悪役ジャファール。↑↑

聞きつけた上司と目が合う。
(アイツ、おんなじ事考えてるな)

"メタリックベルト、サイズ調整するので、見せて下さい"
と、再び手首を出してもらう。
野性味溢れる革紐だなぁ。
"ステキな革紐ですね"
"革、スキなんですか?"
(いや、別段特に...)
いつもは見られてると緊張するので、奥に入ってベルト調整するけれど、こんな時に限って他のお客さんが居るので仕方ない。ここでやるしかないか。
"目の前でやってくれるんですか?興味あるなー"
ってのっけからめちゃめちゃ緊張させてくれますな。
ミリ単位の仕事なので、間違えるとマズいんですよ。
ちょっといつになくスリリングな気分。
(きゃ、またあの目、見ないで〜)
ガンガンガン、っと叩きつける。
"大丈夫ですよ、時計は叩いてませんから"
って、なんていうツナギ。

"'どうぞー"
"おー、ピッタリだ!"
まるでシンデレラの靴がピッタリした時のような感動。
"なんてお礼を言ったら良いんだろう"
いや、別に仕事ですから。
"このまま腕にしたまま帰りまーす"

そして、アラジンは(じゃなかった、ジャファールは)、再び魔法の絨毯に乗って、去っていったのでしたー...

本日はお買い上げありがとうございましたー。アラジン🧞

🎵あ、ホール・ニュー・ワールド

1992年のディズニー映画『アラジン』の挿入歌、80'sから大好きだったピーボ・ブライソンとレジーナ・ベルのどっぷりブラコンデュエット「ホール・ニュー・ワールド」。
この人のシルキーボイスにはいつもゾクゾクしちゃうのでした。
でも、あの時はホントにアラジンにそっくりだった彼氏と一緒に見たんだよなー。と一瞬蘇る当時。

あー、今日はいい夢見れるかも。
アラビアン・ナイト。
いぇい✌️

それでは、また。



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