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【企画参加】 しなやなぎ色 〜 色見本帖つくります③

 文香が住込みで奉公する新橋の料理屋は、小さな路地から一日中誘われるような美味い香り漂う中にある。昔ながらとはまた違う明治からの文明開化ですらっと新しい感じのする鉄道発祥の町である。ここは銀座七、八丁目からの流れと永田町からの流れが合流する言わば良い漁場でもあった。得てして芸者や財界人が集まり花街を形成した。

 かの新派劇の父、『オッペケペー節』で有名な川上音二郎とその妻元芸者の貞奴もここの出であったらしい。彼女が伊藤博文のお抱えであったことを考えれば説明はつく。

 烏森神社で御参りを済ませた徳次と文香はそこからゆらりと続く柳通りを歩いていた。道の両脇は柳の並木であった。

「後ろからばかり着いてこないで前を歩いておくれよ。」

 文香は意味がわからず大きな目をぱちくりさせた。女たるもの三歩後から歩くもの、とばかり思って大きくなってみたがどうやらそれは間違いだったか。そんな思いが伝わったのか、

「この流れるような柳の下で流れるように歩いている君は綺麗だね。ゆらゆらと揺れている。」

 はて、今日は歌の師匠と朝から一杯やって来たのか、と気になりながらやや斜め肩越しに徳次を見やり前へ出る。やんわりと西へ傾いてきた陽が小さな丸眼鏡に反射してどんな表情なのかがはっきりしない。

「おおっと。ちと止まっておくれ。」

おや、どこぞに何か忘れ物でも?
立ち止まって指折り数えている。

「できた、できた。

『柳の下でつくった科を晩秋の陽受けしなやなぎ』

と。都々逸できた。ちと字余りかな。今の君を目に焼き付けたよ。今度は写真機を持って来よう。逆光の良い写真が撮れる。」

 まぁ。徳さんや、ゆらゆら揺れて。そんなアンタに ほの字です。

あたしも都々逸できました。と心の中で返歌を呟く。

 柳通りもゆらゆら過ぎると虎ノ門へと抜ける大通りへ出る。その向かい側に徳次の目当ての店があった。大正元年創業の和菓子屋「新正堂」である。徳次が自然に文香の手を取り通りを渡る。こりゃ困ったな、とアンコが苦手な文香は思いながら店へ続く。入って精巧な武者絵の描かれた小さな箱に目が止まった。暫くじいっと見ていると棚の向こうから、いらっしゃ〜い、の声がかかる。

「四十七士を箱に描いた『義士羊羹』如何です?」

徳次は間をおかず、

「では『義士羊羹』をひとつ。それから名物『切腹最中』をひとつ。そろそろ季節の大きな栗入りは出ましたか。」

ささっと包んで貰った小さな包を手に店を出た。夜の帳が近づいてそろそろ給仕へ戻らないと。帰り道『義士羊羹』を渡しながら、

「しなやなぎ色のひとときでした。」

と徳次が囁いた。




 


〈今日のBGM〉
柳よ、泣いておくれ / ベビィ・フェイス・ウィレット




新橋の老舗和菓子屋「新生堂」。
アンコ嫌いの姐さんもイキたいっ!
ビジネスマンの商談手土産に最適な『切腹最中』。




今日もこちらの企画に参加しておりますん。
どうやら間に合いましたかね。




都々逸どいつ 独逸の何処イク いんどしな



あはん♥

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