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【企画参加】 手のひらの恋 〜 #青ブラ文学部


 駅直結の地下街にあるお世辞にもキレイとは言えないカウンターに浅く腰をかけ、とりあえずレモンハイを頼む。

待ってました、とゴクゴク喉へ流し込み、思わず「はー...」と息を漏らす。
遠慮がちに空けた席の向こうに男はひとり座っていた。

「よろしかったら、どぞ。」

出された大きな手のひらにどきりとした。甲の部分が広く、五本の指も節くれだって太い。思わず目が釘付けになる。指先は綺麗に洗われているものの職人であることがわかる。

「いただきます。」

丁寧に切った瑞々しいキュウリの歯ざわりとほのかに広がるもろみの甘さがレモンの酸味を際立たせる。

「あの、ハイボールもう一つ。」

その空のグラスを握った指に思わず口びるを寄せたくなった。
いや、私はまだ一杯目も終わっていない。

「この近くの方?」
「え、まぁ。これからまだひと仕事。」

無口であるのに何故か温かさを感じるのは大きな手への贔屓目か。

私が二杯目のレモンハイを頼んだ頃、その男はここの名物の焼きそばを頼んだ。
なんだ、もうシメか。

「よろしかったら、仕事場へ来ませんか?」

と言いながら、残り半分の焼きそばを私の前へ突き出す。返事もせずに食べ始める。いつしかそれを待ってたように。

地上へ出て、下町の赤い門の前を足早に通り過ぎると、細い道を曲がりぼんやり灯のともる古い家屋の前に来た。格子戸をガラガラと開け急な階段を足早に上る。

手狭な畳の部屋には名も知らぬ道具類が置かれ、一人の女が背中を顕に寝そべっている。

その背を前にした瞬間、男の目が変わっていた。

何かに取り憑かれたような、狂気のような。
さっきのカウンターでの温かさはめらめらと燃え上がり、それは内から溢れ出る怒涛のマグマであるように見えた。

あの手の大きさからは想像もできない精密さで、白い背に線が彫られてゆく。
鯉だ。あの手がこんなにも愛おしそうに女の肌を弄りながら鯉の腹にぶちを入れる。時々痛みに耐えかねた女の息遣いにさえ嫉妬を感じる。

額に浮かんだ汗の粒へ手拭いをあて、やっと私に気づいたように微笑みかけた。昇天している。

「私にも彫っていただけませんか、ここに。」

我慢ができなくなって、自ら胸を開け薄暗い灯りを受けた。
男は吟味する様に目を細めながらその太い指で、耳たぶ、首筋をゆっくりと撫で、小さな膨らみを手のひらに掴んだ。

「オレの手のひらの上でいつまでも泳いでいてくれるだけでいい。」

その大きな手のひらで私も昇天していった。




〈1000字〉




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今回こちらの企画に参加しております。






あはん♥




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