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びろうどの角

草を食むもたげた頸のその先に天鵞絨の角すと天仰ぐ

くさをはむ もたげたくびのそのさきに
びろうどのつの すと てんあおぐ


牡鹿に行き合った。

友人の家に続くトレイルはほぼ垂直に落ちてくる日差しに晒されて白っぽく、人通りはほとんどない。
靴の下で軽い音を立てる砂利を踏みながら歩いていくと、右手の森から悠々と目の前を横切っていったのは、身体の大きな牡鹿だった。
その大きさに反して角は短い。牡鹿はゆったりとした調子でぱし、ぱしと白い尾っぽを振りながら、先の丸い角を突き出すように首を屈め、道端の草を食べはじめた。私が近づくのもお構いなしで。人に慣れているのだろう、このような深くもない森を行き来して暮らしているのだから。

歩をゆるめて、そうっと距離をつめた。食事の邪魔はしたくないのだけれど、もう少しだけ近くで見たい。砂利の音をうるさく感じた。
と、牡鹿がつと頭を上げた。背筋を伸ばし、しゃんと立つ。角は天を仰ぎ、それを覆う産毛が光って天鵞絨びろうどのように見えた。

美しいな、
飼い犬や飼い猫にはない、人慣れしているようでも完全には解くことのない緊張感を、そう感じたのだろうか。

牡鹿はふいと向き直り、出てきたときと同じように白い砂利道を横切って、森の側の茂みで食事を続けた。
私は軽い音に戻った砂利を鳴らしながら、トレイルを行った。

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