強風オールバック
家からいちばん近い図書館の棚にその本はあった。いま読んでおいたほうがいい、と呼ばれたようだった。
レベッカ・ブラウン『家庭の医学』は母を看取る話だ。冬子の母もわかりやすくやせたと思ったら、やはり病が身体を蝕んでいた。本と同じ病で、かなり進行していた。
熱が下がり、悪い菌も出つくしたのを確信し、冬子はすぐ母の様子を見にいった。母は思っていたより元気そうに見えた。話しぶりも変わらず、3食しっかり食べているという。後ろで結んでいた髪はショートになっていたが、くせ毛がよい効果となり、とてもよく似合っていた。
買い物は今までのように自転車で行くのは危ないため、ショッピングカートを探すことになった。家事も大変かと掃除を申し出たが、あっさり断られる。その日、冬子にできることはもうなかった。
帰ってから夏子に電話をした。ありがとう、元気そうだったんだ、と言ったあと、話がかわるんだけどと、岩井俊二監督の「リリイ・シュシュのすべて」を観て、へこんでいるのだ、といった。20年前に観たときと感じ方が変わったか確かめたかったらしい。
いちばんは、この先息子の百閒がだれと出会うか、悪い子と同じクラスになったりしないか、猛烈に不安になったらしい。今考えてもしょうがないんだけど、と絞りだすようにいい、たられば話が続いた。激しいジェットコースターに乗せられて、降りたくても降りられず、散々振り回されて最後、灰になっているひとのようだ、と冬子は思った。
百閒は最近どう?と聞くと、あいかわらずだよ、と夏子の声がワントーンあがった。虫を追いかけたり、気にいってる歌を無限ループで歌っていてうるさいんだよね。ちょっと笑っている夏子の顔が見えるようだった。
母の場合もそうだ。本を読んで、いてもたってもいられなくなり会いに行ったが、元気そうだった。頭の中で暴走してしまう不安と、自分の目で見たもの、信じたいのはなんなのか。
とりあえず今の百閒の現実はあかるいように見えるけど、と冬子が伝えると、根明というかラテン系というか、私たちには持ってないもの持ってるのよね。先のこと考えすぎても身がもたないわー、と笑いながら電話は終わった。
母も夏子も百閒も、そして私も、見せたい自分と見せたくない自分というのがあることを忘れないようにしよう、と冬子は思った。