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歌集『家路』


満月は三日月とちがい水に浮くんだよこれは四月の嘘だよ

なんにでも成れるかにぱんの足をもぐ なんにも成れないわたしもぐもぐ

この星はいろとりどりのピクミンで満たされている うららかな孤独

青信号だけがぼくらに行けという春から逃げる夜のバイパス




ほどかれた髪からませて薫る風ひらりひらめく本のはしがき

高らかに鳴る炊飯器のファンファーレふたりで暮らしはじめた部屋にて

残さずに食べてくださいそしてたまにわたしを思い出してください

本日もプールびらきは順延です のたりのたりとはう蝸牛




Numlockみたいな雨が降り止まないからあの人に電話できない

穴のあく網戸を抜ける虫、ぬるい風、もろもろとまじりあう夜

剥げかけたネイルを塗り重ねていく歪わたしが増殖してく

水難に注意と出た日ビニルホースが暴れ出す朝の花壇で




校章シールめくり捨てたら夏になる野良自転車はどこでも行ける

破裂するチーズ夜更けのベランダにたつ後悔の焼き上がる音

ファミレスで出鱈目の名前書いた日のわたしはわたしではないわたし

八月の秘密抱えてもつれあう糸瓜に白き蟷螂の湧く




うずのめの線香回る四畳半ぐるぐるとまた夏はまた去ぬ

いつまでも空いたまま在る背凭れにだんだん柔らかくなる時計

朝焼けに白飛びしてるアスファルトの上を泥だらけの靴でゆく

つぎはゾウガメにでも生まれてきてよ、もっと一緒に生きられるでしょ




注意・この面からは開けられません こころにも裏側があるので

きみが気に入ってたパジャマ、今はもう掃除道具です そんな日々です

ここへ来る口実としてのシャンプーを半分残したままの風呂場で

どこからが殺しだらうか午前二時フローリングにはじけるたまご




愛犬のおなかのうえでねむるとき しずかにうなる海のざわめき

あきらめた愛を物干しにぶら下げて今日もあなたの好物を煮る

君のアトリビュートいつもそばにある小麦胚芽のビスコと麦茶

なまちろい背中に散った点をつなぐ つつがなくふる土曜の星座




パチンコがチンコになったままの町 新幹線はもう来ませんか

しゃっくりは千回しても死ねないしプロキシマ=ケンタウリは遠いし

ほろびゆくシャッター街の店先に立つカーネルは今日もあかるく

わからないことはわからないままでもいいよ水飲み鳥のうなづき




銀のエンゼル微笑んで どぶ川にきらめくテールランプはじいて

力なく茹だる白菜もう戻らない人を待つ昨日みた夢

その耳のあつさにとけていく雪をただ眺めてるバスの来るまで

うすごおりぱきゃんと鳴らす着膨れたこどもの燃ゆる頬の紅色




羽根は生えますか いつかはわたしにもあなたがわかる時が来ますか

三月を攫って波はとどろいて握り返した手のあたたかさ

花束はぜんぶにせものでできていて解放されたせかいのみどり

春はふわふわのけものの格好でひっつき虫をいっぱい連れて、




アンパンマンのほつれをなぞり三年を過ぐせば三年分のおもひで

祖父の誕生日を乗せたハスラーはデイサービスの車になった

気づいたらとうにあなたを追い越している背丈 はるのひはまばゆ

いつか忘れる今日のこと母の背でまどろみながらゆく家路とか



2022.5月までの短歌集。
自分用の記念に製本したから掲載短歌まとめ。
歌の並びもかなり熟考したので、そのままの形で載せる。本当は50首載せるつもりだったのに配置がうまいこといかず44首にとどまった。
またいつかの機会に2冊目が作れたらいいなあ。

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