ウィークエンド
AU BON VIEUX TEMPSのウィークエンドについて、良い機会なので書き留めておきたい。
ウィークエンドとは、オーボンビュータンという東急大井町線の尾山台駅にある老舗パティスリーで売られているパウンドケーキである。
このお店のスペシャリテと名高いケーキで、発売されてから長い年月が経っているにも関わらず熱狂的なファンは少なくない。老若男女、世代を越えて愛されている。
このケーキは、元々ウィークエンドシトロンというフランスの伝統菓子だ。ウィークエンドシトロンとはレモン果汁と皮を生地に練り込んだレモンのパウンドケーキをグラスアローでコーティングしたものである。
週末に大切な人と少しずつ分け合って食べるという意味を込めて、現地の人々はこの伝統菓子をウィークエンドと呼んでいたらしいが、現在のフランスではこのレモンパウンドケーキのことをウィークエンドとは呼ばないらしい。
日本でそうであるように、フランスでも豪華で華やかなスイーツが人々の身近になった今、わざわざ週末に誰かとパウンドケーキを切り分けて食べる人はあまりいないそうだ。
はじめてケーキの箱を開けた瞬間の匂いをまだ覚えている。果物に熱を入れた独特の甘酸っぱさと乳製品特有の甘くなんともやさしい香りは、欧州の空が滲むように時間をかけて陽が沈む季節の、ゆったりと過ごすティータイムを彷彿とさせた。
見た目は、写真の通り華美ではないのだが品の良いレモンイエローのカラーに、ピスタチオがリズムよく盛り付けられていて上品な雰囲気を纏っている。ケーキを口にすると、爽やかなレモンの香りが広がり、絶妙な加減の焦がしバターがベースとなった濃厚でしっとりとした生地に感動を覚える。味のアクセントとなる心地良い酸味の杏ジャムとアーモンドプードルのバランスがとても良く、一口味わう度に病みつきになり、五感のすべてを満たしてくれる。
シンプルが故にごまかしのきかない熟練の技術がこれでもかと詰まったこのケーキは非常に満足度が高い。おそらくこのケーキを一本一人で食べることは容易いと思う。しかしながら、食べる度にあえて人に分け与えたいといつも思う。
このケーキが持つどこか懐かしくあたたかい雰囲気の所為なのか、独りで食べるのではなく切り分けて大切な人と共に食べたくなる。味覚が満足する以上に、ウィークエンドの由来の通り人と共有し分かち合って食べるという、人間として普遍的な幸せを改めて感じることができるからだろうか。
フランスで失われたこのウィークエンドという名前の伝統のケーキが海を渡って、この島国で今日もどこかで誰かが大切な人とこのケーキを食べていると思うとなんとなく不思議で、感慨深いものがある。
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