冷えた指先が触れた背中の傷痕は
その日は今年1番の降雨量になると報道されるくらい雨が降る日だった。
「「「カンパーイ!」」」
大学生だった私は、車で連れて行ってあげるからどうしてもとバイト先の先輩に頼まれて合コンに参加していた。
奨学金とバイト代生活の学生だけでは到底入らないようなお洒落なお店で、興味もない話題に笑顔をふりまいてお酒に酔ったフリをした。
時が進むにつれてなんとなくペアができてきて、((あぁ、今日はこの人とこの人が同じ家に帰るんだな。))それぞれがなんとなくそんな雰囲気を感じとって、二次会が終わるとそれぞれ帰路についていった。
それが当たり前で、そうするべきとでもいうように、誰と話をすり合わせたわけでもない事がスムーズに進んだ。
そして、私と同じタクシーに乗ったのは今回の男性メンバーの中では1番年下で、私の1つ年上の彼だった。
タクシーの中で手が触れて、重なって、繋がれて、私もそれを拒まなかった。
車内に会話はなく、大きな雨音だけが響く。
雨で濡れた指先の冷たさを感じながら隣に座る彼に身体を預け、フロントガラスの上で忙しなく左右に動くワイパーを眺めていた。
タクシーを降りてから玄関まで頑張って走ったけれど、痛いほどに降り注ぐ雨のせいで着ていた服は肌に張りつき意味をもたないものとなっていた。
「ずっとこうしたかった。」
手を引かれるまま入った玄関のドアが閉まりきる前に抱きしめられる。
今日会ったばかりのくせに何言ってんだ。そう思いながら見上げると同時にキスをされ、脱いだ靴を揃える暇もなく床に押し倒された。
こういう時、背中に手をまわす以外の選択肢があるなんて、親も先生もその他の大人も歴代の彼氏もセフレも誰も、教えてくれなかった。
愛されたいと欲しがるくせに、手に入れても失うことばかり考えて怖かった。
与えられるのをただ待って、何も知らない、分からないフリをして受け入れた方が楽だから、流れに任せて受け入れる。
手をまわした彼の背中には、大きな傷痕があった。
子どものころに負った傷だと言っていたけれど、わりと生々しい見た目をしていて、その感触をまだ覚えている。
大なり小なり傷を負った痛みはいつか思い出せなくなる日がくるけれど、その時傷ついたということを忘れることはない。
指先で傷痕をなぞってみると、くすぐったいよと彼は笑った。
その顔はついさっき余裕なく押し倒してきた彼とは別の、まだ幼い少年のように見える。
と、そう思ったのも束の間。
ふたたびキスが降ってきて、欲と熱を帯びた目に変わる。
「今だけは、他のこと何も考えないで。」
そんなのは私の方が。
ずっとずっと誰かの1番になりたい私の方が思ってるよ。
濡れた髪から滴り落ちた雫をなぞる彼のキスは、冷たくて甘くて苦しかった。
本当に、何も考えずにいられたら。
傷ついた過去もその傷痕も全部なかったことにできたなら。
そうだったら、良かったね。