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創作大賞2024応募作品

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創作大賞2024応募作品『KOKUEN』

創作大賞2024応募作品『KOKUEN』

彼は鉛筆を13時間削り続けていた。
別段珍しいことではなかったが、今までのそれとは何かが違った。何かが違う、といっても私にはわからない。本来ならば、作者は書かない設定こそ大切にしておくべきだろうが、私にはわからないのだ。彼は私をすでに通り過ぎている。私の手から離れ、どこか遠い、ふるさとのような場所に行ってしまっている。坂口安吾はそれを「文学のふるさと」と表現した。が、ここでいう私のふるさとは違う、

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創作大賞2024応募作品『四月。』

創作大賞2024応募作品『四月。』

まだ四月だというのに、車内は窓を開けないと耐えられないほど暑かった。男は信号待ちの間、煙草に火をつけようか迷ったが、結局つけなかった。チクチクと胃の辺りが痛むからだ。ここのところ物事が上手くいかず、気分もすぐれなかった。不惑という言葉が男の脳裏をかすめた。「こんなものか」男はハンドルを握りながら独りごちた。遠くの方でクラクションを鳴らす音がした。一瞬、それが何処から聞こえてきて誰に向けられた合図な

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創作大賞2024応募作品『銀の糸』

創作大賞2024応募作品『銀の糸』

男は線を引くことに取り憑かれていた。
内容はなんでもよかった。その日の気分次第。簡単な絵を描くこともあれば、日記やエッセイ、ショートショートを書くこともあった。真白な紙にどれだけの細い線を引くことができるか。その線をどこで繋げ、重ね合わせることができるのか。毎日が実験だった。男にとってそれだけが重大な任務であった。

まず一冊のノートを用意する。無地が好ましい。次に愛用のメカニカルペンシルを持つ。

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創作大賞2024応募作品『白い花』

創作大賞2024応募作品『白い花』

静かな夜だ。霧のような雨が朝から降り続いている。
私のアパートの向かいにある5階建てのマンション、204号室で男と女が口論をしている。もう1時間は口論をしているだろう。内容はわからないが、どうも心中穏やかではない感じだ。
突然、女が泣き出した。その場に力なく座り込んだ。男は女の前で立ち尽くしている。女はすぐに泣くのをやめた。男が床に転がっていたボックスティッシュを女に手渡した。女はティッシュを受け

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創作大賞2024応募作品『七月の踏切を渡る』

創作大賞2024応募作品『七月の踏切を渡る』

どこまでも続く原始そのままの蒼い空を見たとき、彼は真夏の球児たちを思った。青空の下、白球を追いかけるそのまっすぐな視線を想像した。視線の先には夢があった。夢には果てがなかった。そこには嘘がなかった。かつての彼もまた、球児だった。手のひらに豆をつくりながらバットを振った。自分の投げる白球の先にはグローブがあった。受け止めてくれる誰かの手があった。彼が声を出せば仲間も声で応えてくれた。白球でも言葉でも

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