見出し画像

「言葉のナイフ」を作ってみた。

「言葉は凶器」とか「言葉の刃物」とか、そういう比喩があるけれど、とはいえあんまり実感しづらい気もします。言いたいことは分かるけど、そうはいっても言葉は言葉だしなあ。




それなら実際に、"物質としての言葉のナイフ"を作れないだろうか?

そう考えたのが今回の作品の始まりです。美大生はいつもこんなことをしています。


今回の文章には、人によってはセンシティブな言葉が出てくる可能性があるので、少しご注意ください。まあでもたぶん大丈夫。僕らは強い。




ところで、最近言われて傷ついた言葉ってありますか?

僕はホテルの朝食バイキングで、コーヒーの出し方が分からず困惑していたら、横からおじさんがやって来て、無言でレバーを引いてコーヒーを出してくれたあと、「ちゃんと考えましょうね」って言われたとき、ちょっとグラってなりました。

いや教えてくれたのはありがたいけれど、その一言いるか?? メンタルが弱くてすみません、Z世代なもんでね、なんて思ってねえよバカ。



さてそういう具合に、言葉によって人が傷いたりすることは、いつの世も変わらず行われてきたことでしょう。傷つける方が悪いのか、勝手に傷つく方が悪いのか、それは恐らく場合によるんでしょう。

そしてこのSNSの時代では、それが集団で行われることにより凶暴性が増す、ということが特徴として挙げられるかと思います。

つまりは、「ひとつひとつは些細な意見や感想であっても、それが数十数百、数千数万と集まれば致命傷となりうる」ということです。ネットの炎上なんかが典型ですね。



あまり前置きを長くしても仕方がないので、実際の制作の様子に移っていくことにするぜ。

まずは以下を例に、"言葉のナイフ"の一部をつくっていきます。


言われるとあまり嬉しくない言葉ですねー。
「変」ってワードは、時に相手を排斥して孤独の淵に追いやる表現だから、使いどころをかなり気をつけないといけないと思う。ちなみに僕はこれ何回か言われたことあります。

高校のころ何かのバグで生徒会長をしていて、人前で話すことが多かったんですが、普通に喋っているつもりなのに「めっちゃ格好つけて話すじゃん笑笑」など言われたりしてました。

「そんなことないわ笑」と明るく振舞っていたつもりだけど、内心傷ついていた、十六歳の夏。



これを紙に印刷します。机がすっげえ汚い。前に絵を描いたときの絵の具の名残りですね。マットとか敷いとけよと思います。



厚さ1mmの塩化ビニルの板に貼り付けました。厳密にはアクリサンデー社のフォーレックスという商品です。全く覚える必要がない情報。


文字と文字の離れているところを描き足し、繋ぎます。

何をしてるのか分からなくても、まあ一旦見ててくれよ。



文字のアウトラインをカッターで切っていきます。


全部切り終わりました。慎重にフレームと切り離していきます。


取り外しました。のちに黒く染めるのですが、とりあえずこれで一個完成です。


さてこの時点で、この「なんか喋り方変だよね」という言葉は、単なる意味や音ではなく、"物質"になりました。

今回つくろうとしているのは、この物質化した言葉をたくさん集めて刃物の形にする、という作品です。


そうすることで、何気ない言葉のひとつひとつも集まれば人を殺しうる凶器になる、という怖さを可視化できるんじゃないか、そう思っての試みです。
こういうの初めてやるので、上手くいくかわかりません。それはいつものことです。



言葉を書き出しました。見ているとうんざりしてきますね。

これらは全て、SNSや掲示板などのインターネットから見つけてきたもの、あるいは僕自身が言われてきたもの、そして、僕自身が言ってきたものです。

誰だって被害者にもなるし加害者にもなる。僕は僕が清廉潔白だなんて一ミリも思ってないし、意識的にせよ無意識にせよ、言ってしまった相手には心から申し訳ないと思う。

100種類作るのが目標だったのですが、間に合いそうになく、87種類になりました。



いくつか紹介していきましょうか。かるーく読み飛ばしてくださいね。

「喋り方変だよね」の派生で、これもよく言われました。
声とか喋り方をいじるのはほんと危険なことで、それが刷り込まれると人前で喋るのが怖くなってくるんですよ。

自分が話すといじられる。なら話さない方がいい。
そうやってコミュニケーションが怖くなり、性格が内向的になっていってしまうリスクがあります。僕は精神が強いので平気だったけど、そうじゃなかったら危なかった。


そんなこと言ってるからか、これもよく言われました。中学生の一時期、ナルシがあだ名でした。別に良いことじゃんね。

ところで最近ナルシストって言葉めっきり使われなくなりましたよね。いい変化だなと思う。


これネットで見つけたんですが、切れ味すごくないですか? 的確に自尊心を傷つけに来すぎてて思わず笑ってしまった。その語彙力を優しさに使ってくれ。


実際のところ、傷つく言葉の多くはこういうのなんじゃないかなとも思うんですね。今風に言うなら「マイクロ・アグレッション」ってやつでしょうか。友達とか、あるいは親に言われた人もいませんか。

言う側には悪意はないんですよ。だけど言われた方はじわじわきて、寝る前なんかに思い出しちゃう。もう同じ服着れなくなっちゃう。自分も言わないように気をつけないとね。



言われるとちょっとしんどいですね。学校で似たようなこと言われたことある人もいるでしょう。

でもこれって、悪口や陰口ってよりは注意で、客観的に見ればこういう場合は、言う側より言われる側に非があることも意外と多いんじゃないかなと思います。


たとえば、美大では作品の学内展示などをよくするのですが、展示スペースは当然限られているため、他の学生と時々トラブルにもなります。以前僕もスペースを多く取りすぎて、隣の人たちに怒られたことがあります。あれは間違いなく僕が悪かった。

炎上もそうですよね。やっぱり何か問題を起こしたり悪いことをしたことで叩かれたりしてるので、非難する側にも一定の正当性があったりもします。だからって人を叩くことを良しとはもちろん思わない。人の社会は難しい。



そろそろ制作の方に話を戻します。


マスキングテープを使って、家の床にナイフのシルエットをつくります。横幅はたぶん2m強くらいでしょうか。角度のせいで持ち手が大きく見えている。



たくさん言葉を切って、こうやってシルエットの中に敷き詰めていきます。

これらは最終的には吊るして、インスタレーション作品にする予定です。


Q.インスタレーションとはなんですか?

A.なんか、作品そのものだけじゃなくて、その周りの展示空間全体を含めて作品だよってやつ。たぶん。


どんどん増やしていきます。密度を考えると、もっともっと重ねていかないといけません。

順調に増えてはいますが、文字を切り取るのは結構大変で、ひとつ作るのに1~2時間くらいかかったりします。



察しの良い美大生なんかは「これレーザーカッター使えば早くね?」と思うかもしれません。

レーザーカッターという便利な機材が大学にはありまして、データを送るとその通りにモノをレーザーでカットしてくれるというものです。

なので今回なら文字のアウトラインデータを送れば、わざわざ手作業でカットしなくても自動で、しかもクオリティ高く完成させてくれるわけです。


ただ、当時はそんなものの存在知らなかった。誰か教えてくれよ。
これを作ったのは実はもう2年半くらい前なんですが、今思うと非効率的すぎてアホかと思います。使っていれば時間をマジで10~20倍くらい短縮できたかもしれませんね。


そんなわけで、洗濯機の存在を知らずに洗濯板でゴシゴシ洗うみたいな制作をしていたわけですが、結果的には言葉と長く向き合う時間ができて、それはそれでよかったんじゃないかなあと思います。そのぶん愛着も湧くしね。前向きにいこう。




かなりの密度になってきた。ここまでで2週間くらいですね。なぜこうやって斜めにしたりしているかというと、最終形に近い重なり方を確認するためですね。
制作の途中から完成のイメージを持つことは、どんな制作においてもめちゃくちゃ大事。




この時期は大学にもほとんど行かず、1日中家にこもってアマプラでコナンの映画とか見ながら作業してました。そういえば沈黙の15分で、コナンが「言葉は刃物なんだ」って言ってましたね。良い台詞だと思う。

「そこまでだ。二人ともそれ以上言うのは辞めろ。一度口に出しちまった言葉はもう元には戻せねーんだぞ。言葉は刃物なんだ。使い方を間違えると厄介な凶器になる。言葉のすれ違いで、一生の友達を失うこともあるんだ。一度すれ違ったら、二度と会えなくなちまうかもしれねーぜ。」

劇場版 名探偵コナン 沈黙の15分


ちなみにコナンの映画では「ベイカー街の亡霊」が1番好きです。最後のコナンとヒロキの対話グッとくる。



さて作品の方も大体できてきたので次に進みます。まずはこれらを黒く染めていきます。


なんかグラフィカルになってる。
ダンボールの上に文字を置いて黒スプレーをかけ、乾いたあとそれらを裏返した時の写真です。これはこれで格好いいですね。


染め終わるとこんな感じです。ところでこの、文字が密集していくとどんどん真っ黒になっていくの、なんか良くないですか?

提出締切まではあと10日くらいあります。ここから第2ラウンドです。ここからが大変なんだ。



最悪な言葉が浮いてるけど一旦気にしないでください。

いよいよここからは作った文字たちを吊るしていきます。さすがに家ではもう作業できないので、大学のアトリエを使用しています。



文字にはテグスを2本結びつけていて、それが上にある網フレームみたいなのと繋がっています。1本ではなく2本なのは、1本だと回転してしまうからですね。

ただ2本で吊るすと、両方の長さがぴったし同じでないと斜めに傾いてしまうので、調整するのが大変なんです。
これ伝わってんのかな。とにかく大変だってことを感じてくれ。


網フレームとはこんなやつです。ホームセンターに売ってます。制作の時期は、僕は画材屋よりホームセンターで材料を買うことが多いです。そういう美大生は多いんじゃないかな。そしてだいたい本来と違う使い方をします。



この写真だと分かりやすいですね。上の方に網フレームが机の間に架かっているのが見えます。あそこにテグスを結びつけています。


もうそろそろで完成です。



文字を吊るす作業は最初アトリエで行っていたんですが、提出の際には展示会場に運ぶ必要があります。でもこんなでかくて重いの一人じゃ運べないから、何人かの力を借りて一緒に運ぶわけです。

するともう、運ぶ時にテグスがめちゃくちゃ絡まるんですね。マジで地獄かってくらい絡まる。おれが何時間もかけて調整した長さが、絡まることで無に帰す。ふざけてんのかと言いたい。

展示した後は撮影スタジオに運ぶので、また同じことをします。そんでまた絡まる。時々文字が引っかかって割れたりする。おれの心も割れたりする。


心が割れてる様子


たぶんもっと賢いやり方があるはずなんですけどね。効率的な組み方とか、絡まらない運び方とか。そもそも文字をもっと頑丈な素材にして、レーザーカッターで切り出していたら、運ぶ途中に割れたりもしないのに。

でも正直そんなん分かんないんですよ。初めてのことやってるし、時間も気持ちも余裕がないから、行き当たりばったりは仕方ない。まだ大学生なんだし、知識も技術も不足していて当然。

ゴールがどこか分からんけど、「たぶんこの道なんじゃねえかな」って進んでいくしかない。最短距離じゃなくたっていいし、いっそ別のとこに着いても、それはそれで構わない。作品をつくるってそういうもんだろ??





ようやく完成しました。



白い背景の中に、黒い文字がいくつも浮いています。このように普通に見ると、なんの形にもならずバラバラになります。

でも。






このように、正面の一点から見ると刃物の形になります。言葉のナイフ。

ここから少しでも、見る位置や角度がズレると、ナイフのシルエットは崩れます。



ちょっとだけ拡大。落ちる影が綺麗なんだー。

あらためてこの作品は、「大量の言葉が吊るされていて、普通に見るとそれらはバラバラだけど、ある一点から見ると刃物の形になる」というものです。

そしてそのある一点というのが、その言葉を言われている人の視点です。


あらためて、「炎上」を例に出すと、当事者ではない一般人から見れば、たくさんの声はただの言葉でしかなくて、「なんか盛り上がってるなあ」「大変そうだなあ」くらいの感想しか出ないかと思います。

だけどその炎上の当事者、心無い言葉を言われている被害者から見れば、それらは全て集まって自分を刺す言葉のナイフに見える。そういう、視点と立場による見え方の違いを表しています。



今更だけど、言葉がこうやって物体になっているの面白くないですか。言葉の内容はともかく。

本来言葉って、声に出すときはただの空気の振動で、文字になった時もインクや画素の集まりでしかありませんよね。

でも今ここには、言葉が意味を伴ったまま、質量と体積を持って存在している。指で触ることができる。光が当たれば影を作る。


光の角度を変えて影を強めることもできます。綺麗なんだけど、ちょっと怖くもあるかも。


僕たちはこういった言葉たちをきっと言われたことがあるし、そしてきっと、言ったこともあるでしょう。

生まれてから一度も言葉を間違えなかった人はいません。
思い出せちゃうんだ、言葉を間違えて目の前の人を傷つけたあの時の感触。無理に笑って誤魔化した相手の顔。



僕たちは言葉という素材を持って生きていて、それは非常に便利な素材で、固くもできるし柔らかくもできるし、尖らせることもできれば、なにかを包み込むこともできて、なんて危うくて美しいんだろうと思います。

愛することも殺すこともできるなら、愛に使いたいよな。なかなか難しいですけどね。



なんだか真面目な話になってしまった。今回の制作は大体こんな感じです。


撮影を終えたあとはその日のうちに解体しました。あんだけ時間かけたのに、終わる時は一瞬。それもそういうもん。ちなみにかかった費用は、大体2万円くらいでしょうか。これくらいなら安い方ですね。


それじゃあまた会いましょう。くれぐれも言葉には気をつけて。






いいなと思ったら応援しよう!