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佐賀県三養基郡みやき町に千栗八幡宮というお社がある。たまに、そばを通ることがあって、気になっていたのだけど、先日機会をえて立ち寄った。 地図の示す駐車場にむかって車で上っていくと、混雑というか賑やかな気配がして、これは、とおもう。境内では高校生らしき吹奏楽部(?)が秋の(といっても真夏のように暑かった)神社に似つかわしくない音楽を披露している。 よりによって、と、なんともいい表せない心もちで、Kさんとお詣りをする。マツケンサンバを背中にうけとめつつ神社をあとにした。
まいとし夏至が過ぎると、あたまの片隅に(もうじき夏越の大祓だな)という思いがわく。意識しているような、していないような、そんな感じですね。 ことしも何度か浮かんだけれど、神社には行かなかったです。そして、梅雨の蒸し暑さに脳みそも蒸されて、日々が過ぎていった。 * いくつか前の記事に載せたトリコロール・ブリッジの写真の日、周辺の神社を訪ねたら、境内にはまだ茅の輪が設置されたままだった。これは、くぐらねばなるまい。とおもって、Kさんといっしょに(おしつけて)茅の輪くぐ
仕事の用で、久賀島に行ってきた。五島列島のいちばん大きな島である福江島の、北西に位置する島である。 昨年9月以来である。ちょっとした事情で急に行く必要が出てきて、連休に入ってしまう前にと急いで手配した。レンタカーが空いていてよかった、と胸をなでおろした。天気もわるくなさそうである。 今回は日帰りで、だけど福江と久賀をつなぐ定期船がドック中だったから、移動の時間にすき間ができた。業務上の用事を終えたあとに、久賀島内をのんびり車でまわり、福江島で帰りの高速船まで散歩して
正月初詣に三社詣とよくいわれますね。だからというのでもなく、年が明けてからお詣りした神社は三か所です。 近所にある住吉神社は子どものころからなじみ深い。そのころ両親の店があったのもこの町で、参道の脇にある公園でもよく遊びました。 その公園のはす向かいにある中華料理店でお昼をごちそうになったあと、お詣りをしました。 むかしはここでもくんちをやっていて、通っていた保育園も参加していた記憶があるけれど、いつごろからか商店街と神社の折り合いがわるくなって、くんちをしなくなっ
毎日同じ言葉ばかり出てくるんだけれど、まあとにかく暑い。しかしながら暑いからってぼんやりしていたら、時間というものはただ過ぎ去ってしまうだけである。そうしていると、人生に記憶喪失みたいな期間がどんどん増えてしまって、どうもよくない。と、おもう。 私というのは何をするにもとにかく人よりも時間がかかってしまう性質で、これまでの人生何かというとまわり道をしたり、無駄なところにエネルギーを費やしてきてしまっている。でももう取り返しはつかないから、そんなこと言ったって仕方がないん
鹿児島の旅の2日目のことを、放ったらかしにしていた。 天孫降臨の地(のひとつ)と言われる高千穂峰のある霧島市には、行ったことがなかった。高千穂というとどうも宮崎ばかりをひいきにしてしまう。 それでも一度はやっぱり訪ねておきたいとおもって、2日目は霧島神宮に向かって車を走らせた。 霧島神宮の他に、霧島市内で訪ねたい場所があって、まずは参詣というので霧島神宮へ行った。ところがそのもう一か所というのが休みだというのがわかり、その後のスケジュールというのはなりゆきまかせに
この旅でのひとりの時間の過ごし方として、住んでいた時には訪ねていない場所に行っておこうとおもった。住んでいたといっても1年ほどなので行ってない場所というのも多い。 宮崎神宮でご挨拶 宮崎神宮は平日の昼間ということもあってか、参拝者が少なかった。日が高い時間帯で暑かったけれど、それでも木陰も多くきもちがよかった。長崎より空気がさらっとしていた。 この日はこのあと待合せだったので、バスでまた駅前まで戻った。住んでいたときは車での移動ばかりだったから、バスも初めて乗った。
島根県に行ってみたいとずっと思っていた。興味を持ったのがいつだったか、もう思い出せない。 きっかけのひとつは、妹尾河童さんの本である。「河童の手の内幕の内」という文庫本の中に「河童の『旅』」といういくつかの旅の記録が収められていて、そのうちのひとつが「神話の舞台『ザ・山陰』」。この方は旅に出る準備として二万五千分の一の地図を広げて、ルーペで拡大したりしながら地形を確認しておくと(写真付きで)書いてある。 好きな本や映像を繰り返し読む(観る)持病があって、この本も例外