オーバーツーリズム対策/世界遺産「仁和寺」と「日本救護救急財団」の新たな取り組み
非常に暑かった夏から少し風が涼しくなって少し秋の気配も感じられるようになりました。私たち、日本救護救急財団では、夏が1年で最も忙しい時期で、集客施設の常駐救護室の傷病者対応も急増しますし、非常に多くのイベントで救護活動を行いました。
夏の期間はイベントや集客施設で発生する救護件数は、春・秋・冬の救護件数とは桁違いで増加します。今年はコロナ明けで日本国内だけでなく海外からの旅行者が急増したことも相まって、当財団が運営する救護室でも非常に多くの傷病者を対応しました。正直、コロナ陽性の方が増加していたこともありますが、観光地やイベントは来場者が一極集中することで思わぬ事故や想定外の混乱が起きることもあります。
これはこの夏ごろから政府でも問題視されている「オーバーツーリズム」にも当てはまることで、観光先での体調不良者が続出することで救急車が不適切利用されたり、強いては、地域医療を脅かしかねない事態に陥り、地域住民の救急事案の対応が遅れるなどの問題にも繋がりかねません。オーバーツーリズムによる観光地の一極集中はまさに「災害」と同様に同時多発で傷病者の発生につながりかねません。
しかし、このようなことは前々から問題視されてきたことではありましたが、具体的な対応策が取られることもない状況でした。
そこで、私たちは、京都のオーバーツーリズムが問題視される前、2023年の春のお花見のシーズンに、日本有数の桜の名所である世界遺産仁和寺においてオーバーツリーズム対策の一環として観光客に対する新たな試みとしての救護活動を行っておりましたので、かなり時期がずれてしまいましたが、今年の春の活動について報告します。
コロナ後初のお花見シーズンを迎えるにあたって…
真言宗御室派総本山 仁和寺は、世界遺産に登録されているだけではなく、「御室桜」は遅咲きの桜として京都の有数の桜の名所として世界的な知名度を誇っています。この春の時期に訪れる参拝者数は日ごろの拝観者数とは桁違いに世界中から観光客が訪れます。コロナで行動規制が4年ぶりに解かれる2023年の桜シーズンに際して、観光客が急増するオーバーツーリズムの恐れを予測されていました。日本だけでなく世界中同じことになっていると思いますが、コロナによって観光に携わる労働者も減っているのはお寺においても同様で、急増する観光客に対応するだけの労働力が足りていないことは拝観者に対する安全対策に不安があるのは当然ことのように思います。
遠方からいらっしゃる方やハンディキャップがある方、外国人旅行者、すべての方が安全に御室桜のお花見を楽しんでいただくために、私たち、日本救護救急財団の救急救命士が拝観者が一極集中する春の時期に安全対策の一環として救護業務を請け負わせていただくことになりました。
仁和寺における救急救命士の業務
2023年4月1日から5月7日まで、桜のピークを迎える時期から旅行シーズンのGWまでの間、拝観にいらっしゃった方の体調不良やケガをした方の救護対応やハンディキャップのある方の車いすのサポートを行いました。
実際は一番重視したのは救護事案を発生させてないための「予防救急」の業務に力を注ぎ、救急救命士は社務所に一番近い宸殿の入口に待機し、宸殿を拝観される方の姿を見ながら、顔色や歩き方などから参拝者の体調不良や怪我にいち早く気づけるようにしていました。
拝観の業務に関わることで拝観者にお声かけをして、拝観者の方が不本意な体調不良に陥ることの予防に努めました。
救護対応があった際には現場に急行し現地での一次処置、搬送を実施します。救急救命士の処置は応急手当が主ではありますが、最も重要なのことは、体調不良の方が仁和寺で休息すれば予定していた旅程に戻れるかの判断をすることにありました。休息が必要と判断した場合は、空調管理ができる社務所に搬送し、バイタル測定の実施、症状に合わせた処置を実施し、症状改善まで付き添いを行いました。仁和寺を後にしてから体調が悪化してしまうことがないように医療者として判断しました。
また、宸殿前の待機の他に定期的な境内巡回やツアー団体への帯同も実施しました。定期巡回は気温が高くなる時間に合わせて行い、休憩所やトイレ前にいる方に熱中症予防の注意喚起を行いました。ツアー団体への帯同はご高齢の方で歩行に不安がある方をメインに付き添い、足が悪く団体に付いていけないから見学をあきらめてしまうということがないようにサポートしました。また、仁和寺主催のイベントを実施するときにはイベントに帯同し、救護発生に備えて待機していました。
その他にも宸殿の入口は階段になっていますので、車いすや杖歩行の方が参拝される際にはスロープの設置、歩行のサポートも救急救命士が担当しました。
予防に努めても救急事案は発生する
救急事案が発生しないよう予防に力を注いでも、それでも、日中だけで7000人を超える拝観者が訪れれば防ぎきれないことも出てきます。それは、観光でお越しになった方だけではなく、職員の方も含めです。
2023年4月1日~5月7日までの実際に発生した救護対応の一部です。
・団体ツアー参加者の脱水症状
・小児の怪我
・修学旅行中の体調不良
・外国人旅行者の転倒、怪我
・高齢者の低血圧症状
・外国人旅行者の脱水症状(病院案内)
・仁和寺職員の持病の再発(救急搬送)
病院案内になった外国人旅行者の方は、中等症の脱水症状がみられており、この後の旅程も考えると病院案内が必要と判断しました。救急救命士が病院に連絡をしウォークインでの救急対応の受診調整を実施しています。本件は、傷病者の症状からもし救急救命士がいなければ応急処置を実施することができずに症状が悪化し、救急要請になっていた事案だと思います。地域の救急車の適正利用にも貢献できましたが、一番は旅行者の不安の軽減ができたことだと思います。旅行者の立場からすると「救急車に乗ること」はとても不本意で不安なことで、特に日本の医療体制を知らない外国人にとっては救急車の利用はできるだけ避けたいという方が多くいらっしゃいます。
本件はタクシーで外国人を受け入れている病院が受け入れてくださいましたので、救急救命士から傷病者の方へできるだけ説明をして病院受診に際しての不安を少しでも軽減するように努めました。
「人手不足にも貢献」するオーバーツーリズムの救急予防業務
私たち救急救命士は医療従事者の中では他の医療者と違って活動する場面が様々あります。例えば消防であれば救急車にのるだけではなく、消防組織の中でも救急業務外に従事する救急救命士もたくさんいます。
消防組織の中にも予防課という火災の予防の専門部署があるように、日本救護救急財団の救急救命士は大型イベントや集客施設で培った「予防救急」の専門的知識を有しています。当財団ではこの業務を非常に重要な業務として取り組んでいます。ですので、集客施設やイベントに際しては、救急事案を予防するために運営そのものに携わる必要がありますので、他職の方々と一緒に運営業務に携わることでリスクマネジメントに繋げています。
今回の仁和寺の取り組みの中では、救急事案が発生しない時間は「拝観業務」という仁和寺の業務に直接に携わりました。このことでどのような拝観者がお越しになられているかを把握することができました。ご年配の方や足の不自由な方、ヘルプマークを付けていらっしゃる方など、お手伝いが必要であれば声をけて下さいとご参拝者にお声かけをしました。
この業務に直接携わることは救急事案の予防だけではなく、急増する観光客に対応するお寺の人手不足の解消にも貢献することに繋がりました。非常にたくさんの拝観者がお越しになる時期は業務量の多大となり、従業員の方々の負担も多くなります。
私たち日本救護救急財団の救急救命士は傷病者の発生を救護室で待つ医療従事者ではなく、救急事案が発生しない時間は、運営の一員として一般業務も請け負い、急病人が発生したら、その場所に現場急行して救護します。発生現場に行くことは、緊急度重症度判断にも非常に重要な判断材料です。
運営の一員として活動することは結果的に急病人やけが人の発生の予防につながっています。
世界中の人から「また訪れたい京都の仁和寺」と言われるように…
1130 年の歴史を持つ仁和寺は、広大な土地と建物を活用し、季節に合わせた多種多様なイベントを開催されています。
2023年の紅葉シーズンに仁和寺で行われたイベントの救護を当財団が請け負ったことで仁和寺と出会い、救急救命士という存在を知って頂きました。その直後に「春や秋の参拝者が多く集まる時期にどんな方でも安心して参拝に来られるような救護体制を構築する」ことを目的として今年の春の桜シーズンの試みとなりました。
この夏に京都のオーバーツーリズムが問題視されるようになりましたが、仁和寺の取り組みは非常に先見的で、お寺に救急救命士を常駐させるという発想は日本初のことですし、もしかしたら、世界初?!かもしれません。
さらに、京都は紅葉シーズンにおいては観光客が夏以上に増加することは既知の事実であって、この先もオーバーツーリズムが問題視されることになると思います。
このようなオーバーツーリズムの対策の一環としても仁和寺の業務を通じて救急救命士が活躍できることを立証できたのではないかと考えています。
仁和寺は鎮護国家を祈る寺院として888年に創建された長い歴史を持つ日本が世界に誇る寺院の一つです。この歴史を継承していくためには、バリアフリー化や休憩所の設置など新たな施しをすることが難しい点があります。
だからこそ、世界中の人たちから「また訪れたい」と思って頂けるように、私たち日本救護救急財団の救急救命士がオーバーツーリズムの問題解決の一翼を担っていけたらと考えています。