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《短編小説集》なにがしかの話

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物語の半分はほろ苦さでできています
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#恋愛

好きな人ともう一度眠るまでの日々の話

 お布団には、夜の12時までに入るべし。  それが、この家でのルールだった。 「佳夜ちゃんは育ちざかりなんだから、これぐらい早く寝なくちゃ」  それが、家主である月子さんの口ぐせだった。でも私に言わせれば──同年代の、中学に入学しようかという少年少女なんて、もっと早くに眠っていると思うのだ。そのルールはむしろ、月子さん自身のためなのだろう。私がこの家に来るまでは、いつも夜の3時すぎに寝ていたらしいから。  ともあれ、私は今日も今日とて、月子さんと一緒に寝る準備をする。お

失恋歌を聴くようになった12年間の話

 僕が幸せなラブソングを聴かなくなったのは、いつからだっけか。  確か、中3の12月。英語の授業で洋楽を紹介された頃のことだ。そこで教師が取り上げたのは、三つの曲だった。ワムの『Last Christmas』とカーペンターズの『I need to be in love』、それからもう一つ──。  飛び跳ねんばかりに陽気で、ポップな曲調。そのくせ、配られたプリントの和訳歌詞には「傷心」だの「別れ」だのと物哀しい単語が散りばめられている。若い女性と思しき声は、教室の古びたカセ

好きになりそうな人と写真を撮った夜の話

 ES──エントリーシートなんてのは、自室でひとり粛々と書くに限る。大学のラウンジで、それもお喋りな女友達と一緒にやるべきことではないのだろう、たぶん。 「ところでさ、にっしーは今度の日曜って忙しい?」 「いちおう空いてるけど」 「了解、じゃあ『デート』の件はその日にしない?」  予想外の単語が耳に飛び込んできて、俺は危うくESの清書をミスりそうになった。「いやちょい待ち、どういうことなの」手を止めてそう問えば、イチカワは「飲み会での話、忘れたの?」と目を丸くした。瞬間、

最後にあなたへ祈った夜の話

 ねぇ神様、この恋を実らせてくれよ。  困ったときの神頼み。いや、正確に言えば「頼って」なんかいない。おれとしては、むしろ挽回のチャンスを与えてやっているんだな。  なのにさ、神様ってヤツはことごとく裏切ってくれやがるんだよ、これが。 「ごめんね、ハジメは『可愛い弟』なの」  先輩女子にフラれたのが、大学2年のこと。 「すみません、私にとっては『兄』なんです」  後輩女子にフラれたのは、大学3年のころ。 「人としては大好きだけど……」  そして、大学4年の今日であ

彼を吸い終えるまでの8年間の話

「サクラダ先輩、僕と付き合ってください」  蚊の鳴くような声が、涼やかな空気を微かに震わせた。  大学二年生の秋、校舎裏の喫煙所で。  告白された。サークル後輩のエコウくんに。  いやまぁ、予想通りではあった。  新歓の時から目を付けていた、温厚そうな男の子。  動物で例えるならば、まさに羊だ。  牧場の隅っこで黙々と草を食しているような。  向こうから好意を寄せられていることにも、うすうす気付いていた。  私は彼氏と別れたばっかで、ちょうど男を切らしていたわけで。年