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花嫁のご意見書

「Mちゃんからもらった手紙が、感謝の手紙というよりはご意見書だったのよ」

実家に帰った時に母がぼやいていた。

姉の結婚式で、両親宛に贈られた手紙のことだ。花嫁の手紙はたいてい、式の終盤で花嫁が両親に向けて読み上げる。一方、姉の場合は渡すだけだったので、私も内容までは知らなかった。

「お姉ちゃんは寂しかったらしい」 


寂しい。
思い返す子ども時代は、確かに寂しくても普通だったと思う。
両親は共働きで忙しく、平日は朝と寝る前に会うかどうかだった。
面倒を見てくれたのは二世帯住宅の一階に住む祖父母で、彼らには目一杯愛情を注いでもらった。

同級生で両親が働きに出ている子は、一人の家に帰る『鍵っ子』が多かったが、自分の場合は祖父母が家にいてくれた。家に帰れば彼らがいてくれたから、物理的な孤独は感じることはなかった。
特に祖母には、衣食住全てを整えてもらった、母同然の存在である。

ただ、寂しさが紛らわされていたのは、祖母の包容力ゆえ、だけではない。祖母との生活は、戦いの一面をはらんでいたから、それに必死で寂しさなど感じる暇がなかったのもある。

祖母は「女の子らしく」「たくましく」「気丈に」振る舞うことをよしとしていた。

矛盾しているようでもある。ただ、祖母が戦後の何もない時代に青春時代を過ごしたことを思うと、たくましさに重きをおくのも分かる気がする。一方で、お華や着物の心得も兼ね備えている祖母は、今なら時代錯誤と言われてしまう女性らしさにもこだわりがあった。
メソメソとしようものなら喝を入れられ、お茶碗の配膳や行儀も厳しく指摘された。

一年ほど前に、姉や自分の結婚が決まり執り行われた両家顔合わせでは、「何も躾けてないもので...」と謙遜した。
ここでいう躾けというのは、花嫁修行的なことだから、やはりある年齢に達したらこのくらいは「女として」やるべき、できるべきという理想像が彼女の中にはあるのだと思う。

『母不在の中、私がしっかり躾けなければ。』
そんな気持ちからか、言葉の端々に感じる厳しさや時として半分おせっかいな包容力をみせる彼女。
行き過ぎて、業火の如き怒りを爆発させてあたりを不毛地帯にしてしまうこともあった。

ソファーに座ったまま怒鳴り続けること、固定砲台の如く。怒号を発しながら、音が出るもの全ての音をたてて追いかけてくること、追撃型の戦闘機の如し。

怒りの矛先があっちこっちに飛び火してしまうので、一度火がつくとじっとしてガソリン切れになるまで待つ他ない。当時はどこに地雷源があるかわからない祖母の怒りを、抜き足差し足で掻い潜るのに必死であった。

わたしも姉も、どちらかというと内気なタイプなので1言うと3倍返しで返してくる祖母に反抗する気が起きなかった。
まずは未然に怒りを防止することが重要で、どこが地雷原なのかを推察し、できるだけいい子でいる。
どこにいても荒波をたてない。17時になれば家に帰って、配膳の手伝いは進んでする。怒られれば滝業の如く耐え忍び、心に火種の場所をメモ。『火薬庫には近づくな』と未来の自分へ伝言を残す。

年齢とともに多少穏やかになった気もするが、今思っても、祖母は怖かった。

姉の「寂しい」と当時の自分の心許なさを重ねると、おそらく我々は母に守って欲しかった。
祖母に怒鳴られて心を無にしている、「女の子らしさ」を説かれている。そんな時に、母に「そんなことない」と言って欲しかったのかもしれない。

*

歯切れ悪く母が言った。
「仕事をしなければよかった、っていうことでもないんだけどね」
子どもとの時間は、その時しかないから難しい、と。

いつだったか、私が保育園で書いてきた家族の似顔絵のことを思い出す。
紙の半分近くが祖母であり、残り半分を祖父を含めた5人で分け合う構図。良くも悪くも祖母は私の生活の中心で、好きも嫌いも全てが祖母に紐付いていたあの頃。

紙の端っこに書かれた母との時間は、仕事が休みの日曜日にあった。

週に一度だけは、2階のキッチンを中心に生活が回る。週に一度しか使われないキッチンは、汚れこそないがうっすら埃を感じる「使われていない」独特の綺麗さがあった。
母も父もいる2階の昼ごはんは大抵ラーメンで、夜はファミレスにいく。母は餃子の皮にチーズを包んで揚げた、通称「チーズ巻き」をよく作ってくれた。一汁三菜の一階とは大分違って、楽しみだったのを覚えている。
一階での生活は、食事中テレビをつけることはタブーだったが、2階ではよくアニメや大河ドラマを見ながら、ああだこうだと言って食事をした。
そんな何もない、日の光が差し込む日曜に、平日の「寂しさ」を引き立たせる穏やかな時間あったことは、覚えておきたい。

我々姉妹が独り立ちした今、もうあのキッチンでラーメンを啜ることはないけれど。
机にかかる透明なテーブルクロスにいれた写真に、あのころの我々の笑顔が光っている。幼い我々の声が、いたるところに反射している。

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