自分の身体の一部
こんばんは。ななゆきです。
noteで面白そうな投稿コンテストがあったので、ちょっとしたエッセーとして投稿します。
はじめて虫歯になったのは小学生の頃だったと思う。
学校の検査で引っ掛かって、歯医者に行って治してもらい、歯磨きの仕方を教えてもらう。
かといって、別に自分の歯の健康に意識を向けていたわけじゃない。
歯医者に行って、何日かは鏡を見ながら丁寧に磨こうとする。だけど、そのうち面倒くさくなって、テレビを見たりゲームをしたりしながら歯磨きをしては、ときどき親に見つかって怒られたりしていた。
もともとあまり歯並びが良くないのもあり、そんな手抜きな磨き方をしていたら当然磨き残しがあるわけで、すぐにまた虫歯になる。
そしたら、歯医者に行って治療する。
歯磨きの仕方を教えてもらう。
そのうち適当に磨くようになり、また虫歯になり、また治療してもらう。
それを何回か繰り返した。
だから、歯医者には行き慣れているし、怖いと思ったこともない。
あの局部麻酔の唇の感覚が無くなる感じとか、詰め物が入った時のごくわずかな違和感とか、私にとっては慣れ親しんだものだった。
かなり深い虫歯になってしまった歯もあり、大学に入る時点で、金属製のインレーが四、五個はあったような気がする。
ある日、鏡の前で自分の歯の中にある金属の異物を見て、ふと思った。
「このまま、歯が無くなったら嫌だな」
何かきっかけがあったわけじゃない。
強いて言えば、成長するにつれて、自分の身体の大切さに目を向けられるようになったのかもしれない。
虫歯になった部分は二度と元に戻らない。
もし、永久歯を抜いたとしたら、当然、二度と生えてこない。
別に入れ歯になっても生きていけるとは思うけど、それよりも、自分の身体の一部が死ぬまで失われたままになる、ということに、なんとも言えない不安を覚えた。
それから、定期的に歯医者に行くようになった。
治療のためじゃない。一~三か月に一回、口の中の検査をしてもらい、クリーニングをしてもらうために。
歯磨きも、できるだけ鏡を見ながら磨くようになった。
定期検査で教えてもらった歯磨きの使い方にトライしたり、デンタルフロスや、奥歯の隙間に使える細い歯ブラシも使い始めた。
どれだけ注意深く磨いても、やっぱり虫歯にはなる。それでも、小学生のころのような深刻な状態になる前に対処できるようになった。
なにより、歯医者に通い始めて一番変わったのは、自分の歯にとても詳しくなれたこと。
犬歯や奥歯の歯並びから、どこに汚れがたまりやすいか、虫歯になりかけの部分はどこにあって、どの部分をとくに注意して磨かないといけないのか、親知らずはどう生えているのか。何度も歯医者に通ううちに、そのすべてを理解して把握できるようになった。
正直、今でもときどき疲れて、歯磨きを適当に済ませてしまうこともある。
それでも、自分の歯の状態を知っているので、鏡を見ずになんとなくで磨いても、ある程度は磨きにくいところをカバーできる(もちろん鏡を見ながら磨くのが一番いい)。
大学を卒業して就職してからも、転勤しても、結婚しても、住む場所が変わるたびに家の近くで歯医者を見つけては通うようにした。
そうやって十何年、歯医者に通い続けて、大きな虫歯や深刻な歯周病にならずにここまで生きてこれた。これから虫歯以外にもいろいろな問題は出てくるだろうけど、その時々でやるべきことをやっていければ、少なくとも後悔することはないと思う。
最近は下の奥に埋没していた親知らずを抜歯した。
小さいころからどう頑張って磨いても不定期に腫れていて、若いうちに抜いておいたほうがいいだろうと先生と相談して決めた。これも、歯医者に足しげく通って、何枚もレントゲンを撮ったり、何度も口の中の様子を見ないと判断できなかったこと。
まだ入れ歯をするような年齢ではないけれども、今のところ食事を楽しむという点では何も問題が無く、ちゃんと自分の歯があってよかったとつくづく思う。
あの時に抱いた「自分の歯が無くなったら嫌だ」という感覚は、今でもずっと続いている。
自分の身体の一部が無くなってしまわないように。
そう思いながら、今日も歯を磨いている。