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『フェラーリ』マイケル・マン~前を向き走り続ける男の顔~

画像(C)2023 MOTO PICTURES, LLC. STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

マイケル・マン監督はどちらかというと、光と闇を巧みに操りながらサスペンスに満ちた夜の映像を美しく撮るイメージがある。『コラテラル』にしても『パブリック・エネミーズ』『ヒート』『マイアミ・バイス』も犯罪アクション映画が多いからなのか、役者をしっかり描きながら、緊張感のある迫力ある夜の戦いを描いてきた職人監督だと思う。

さて本作は、カーレースものというよりは、どちらかというとF1界の帝王、エンツォ・フェラーリの人生ドラマを描いた映画だ。ジェームズ・マンゴールドの『フォードvsフェラーリ』という映画があったが、これは24時間耐久レースのル・マンに挑むフォードのクルマ開発者とドライバーとの友情と戦いを描いたカーレースの映画だった。この映画のエグゼクティブ・プロデューサーにも入っていたマイケル・マンは、フェラ-リへの愛着も強く、創業者であるエンツォ・フェラーリの人間像に迫る映画を30年も前から構想していたらしい。亡き親友のシドニー・ポラック監督とともに具体的に動いていたが、これまで企画が実現しなかった。そんな並々ならぬ思いを込めてマイケル・マンが製作したのが本作である。

カーレース映画を主軸にしている映画ではないため、イタリア全土1000マイルを走る過酷なロードレース“ミッレミリア”を迫力を持って描くシーンはあるものの、その決着がすべてではない。勝つか負けるか、死を賭したドラーバーたちの男の戦いがメインではないのだ。ドライバーたちに「死を恐れず、ブレーキを踏まずに走り続けろ!」と叱咤するエンツォ・フェラーリの鬼気迫る人間像は描かれるのだが、それで勝負の勝利を得る映画のカタルシスはないのだ。

映画は1957年のエンツォ・フェラーリを描く。前年に最愛の息子ディーノを病気で亡くし、1947年イタリアのモデナ近郊で妻ラウラ(ペネロペ・クルス)と共同で立ち上げた会社フェラーリは経営危機に陥っていた。大きな会社と経営統合をしなければ、レースの資金も調達できないほどであり、妻ラウラとの夫婦関係も破綻しかけていた。過酷なロードレース"ミッレミリア”に勝つことだけが、会社を存続できる唯一の道となっていた。

冒頭は、愛人関係にあった女性リナ(シャイリーン・ウッドリー)の家から静かに自宅に戻る朝のエンツォの姿から始まる。二人の間に出来た息子ピエロをフェラーリ家の息子として認知できるかどうかという問題を彼は抱えていた。朝帰りのエンツォに対する妻ラウラの怒りは凄まじい。壁に拳銃をぶっ放しながらエンツォを責める妻のペネロペ・クルス。本作では、彼女は怒り、嫉妬し、悲しみと寂しさを抱えている女性像を激しく演じている。この夫婦には一人息子を亡くした傷が大きく横たわっているのだ。共同経営者でもあるラウラとの関係、愛人リナと息子ピエロとの生活。そんな家庭のトラブルをエンツォは抱えていた。戦争で死ぬべきだったのは兄ではなく、エンツォだったと母が言うほど、親子関係も冷たくなっていた。一方で経営者として、フォードとの合併話の噂を記者に書かせ、フェラーリ存続の資金を得ようと策略をめぐらす知恵も持っている。さらに元レーサーであり、カーエンジニアであり、次々と友人ドライバーの死を見てきた男、死を顧みずレースに勝つことしか考えていない勝負師としての鬼の厳しさを持っていた。そんな熱量と狂気も併せ持つ様々な顔のある59歳のエンツォ・フェラーリを、アダム・ドラーバーは髪を白く染め、クールで厳しい世界を生きる孤独な男を貫禄たっぷりに演じている。

この映画は動きの中で顔のアップを巧みに捉えている。エンツォのそれぞれの場面での表情、あるいはレーサーたちの緊張感、女たちの感情などが、役者たちの動きの中で見事に描かれているのだ。単なる顔のアップをカットバックするような作りではなく、アクションの中で、それぞれの心情に迫る顔の映像が見事だ。特にエンツォはどんな時でも前を向き進み続けている。レース場面では、助手席から撮ったような迫力ある臨場感、そしてドローン映像などの空撮、さらに事故の場面の人が吹っ飛ぶ凄まじさ。死と隣り合わせの男たちの緊張感と、その男たちを戦場に送り出すような指揮官としての激しさ。一方で、幸せだった頃のペネロペ・クルスとの家族の場面の光の美しさ。マイケル・マンは職人監督としての確かな映像演出力がある。


2023年製作/130分/PG12/アメリカ・イギリス・イタリア・サウジアラビア合作
原題:Ferrari
配給:キノフィルムズ

監督:マイケル・マン
製作:マイケル・マン、P・J・ファン・サンドバイク、マリー・サバレ、ジョン・レッシャー、トーマス・ヘイスリップ、ジョン・フリードバーグ、アンドレア・イェルボリーノ、モニカ・バカルディ、ギャレス・ウェスト、ラース・シルベスト、トーステン・シューマッハー、ローラ・リスター
原作:ブロック・イェーツ
脚本:トロイ・ケネディ・マーティン
撮影:エリック・メッサーシュミット
美術:マリア・ジャーコビク
衣装:マッシモ・カンティーニ・パリーニ
編集:ピエトロ・スカリア
音楽:ダニエル・ペンバートン
視覚効果監修:クリス・リトボ
キャスト:アダム・ドライバー、ペネロペ・クルス、シャイリーン・ウッドリー、サラ・ガドン、ガブリエル・レオーネ、ジャック・オコンネル、パトリック・デンプシー

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