見出し画像

『石がある』太田達成~無為な時間の中での出会いと別れ~

画像(C)inasato

2023年・第73回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に出品されるなど世界から注目を集めた太田達成監督作品。東京藝術大学大学院の修了制作作品「ブンデスリーガ」がPFFアワード2017に入選、『すべての夜を思いだす』の監督・清原惟が助監督として、『夜明けのすべて』の編集・大景子、『彼方のうた』」の音響・黄永昌がスタッフとして参加し、シンガーソングライターの王舟が音楽を担当。

なんとも奇妙なのんびりとした映画だ。まさに河原で石遊び。子供の頃に無目的に河原で遊んだ時間を思い出す。何も生み出さない無為なる時間。石を拾う映画と言えば、つげ義春原作で竹中直人が監督した『無能の人』(1991)があったが、あれは多摩の石を拾って売る男の話だった。石を拾って金に換える貧乏な男の家族の物語。竹中直人監督の秀作であった。しかし、この映画はまったく違う時間の使い方をしている石の映画だ。

小さな山を登ってくる女性のロングショットから始まる。どうやら城の跡がある山のようだが、何も残っていない。カメラは、ゆっくりとパンをしながら、ロングショットの長回しで女性を捉え続ける。軽トラが止まっていて、その男に「なにか見るところはないですか?」と女性が聞くが、男は特に思い当たらないのか答えられない。山を下りていく女性に「車で送っていくか」と男が声をかけ、女性は軽トラに乗って駅前に降り立つ。どうやら女性(小あん)は行会社に勤めているらしく、この町に仕事できたらしい。そして観光場所も見つからず河原で女性が休んでいると、河敷で遊んでいる子どもたちに「人数が足りないので、サッカーしませんか?」と声をかけられる。それもかなり遠くから声をかけられるのだ。ロングショットのまま、女性は子どもたちの方に歩いて行く。そして子どもたちとのサッカーが始まる。やがてサッカーに飽きた子どもたちが帰って行き、また河原にいると、の向こうで男(加納土)が石の水切りをやっている。男がのこちら側の女性に気づき、声をかけてくる。すると突然、女性のほうへと川を歩いて渡ってくるのだ。水に濡れながら川を渡ってくるこの男の行動には観客も驚く。「なんなんだ?この男は」と訝り、やっとドラマが始まるのかと思う。しかし、男は特に目的があるわけでもなく、ちょっとヘンな男だが、女性に石の水切りのやり方を教える。平べったい石を見つけて、横から水面近くで投げるんだ・・・と。女性も何度かやってみるがうまくいかない。それから、この男と女がただ河原を無目的に歩いていくだけの映画なのだ。

石の水切りから、石積み、あるいは砂地を滑り降りて遊んでみたり、石に小石をぶつけて点数を競ってみたり、拾った枝を二人で別の枝を使って運んだみたり・・・という子供の頃に河原で遊んだようなことを見ず知らずの出会ったばかりの男と女がただやっている。それを延々とカメラは二人を捉え続ける。物語らしい物語も始まらないまま、奇妙な「遊び」の時間が描かれている。「現代のヴァカンス映画」と世界で賞賛されたと言うが、なんとも無目的で無意味に自然の中で過ごす時間が描かれる。都会で時間ばかりに追われて、「タイパ」を優先し、無駄なことをしたくないという現代の人々にとってのある意味で「贅沢な時間」がここにある。この女性はこの町で観光地を取材して帰らなければいけないといった時間的制約や目的がないかのようである。男もまた「女性を口説こうとしている」というわけでもなく、ただ「楽しい」から女性と石遊びや河原歩きをしているだけのようだ。

川上に向かって二人が歩いて行くと大きな水門にぶつかり、それ以上は河原を歩けないところまでやって来る。その時、女性は「私たち、どこに向かっているの?」と初めて歩いている目的を聞く。男は「とりあえず、川上へ」と答えるが、それもとりあえずの答えでしかない。男は女性を背負って川を渡ろうとするが、女性はそれを拒み、土手を上って橋を渡ると言い、男は「それじゃぁ、向こう側の橋のたもとで」と待ち合わせをする。橋を渡りながら、ポケットからスマホを取り出して川の写真を撮る女性。川を歩いて渡る男が女性に「おーい」と手を振っている。女性はここで男と別れて川を去ろうとする。やはり橋の上と下とでは二人の距離が離れてしまったのだ。しかし、女性は再び河原に下りて男と落ち合う。女性が見つけて男が間違って投げてしまった「失くした石を探しに戻る」ことにするのだ。なんとも奇妙な二人の関係は続く。しかし、帰り道で二人はもう遊ばない。「もとの場所に戻る」という目的のために、足早に河原を歩く二人。いつの間に男の姿が見えなくなり、女性は一人になるが、男が再び現れ、「驚かそうと思って・・・」などと言う。そんな二人のやり取りも、もうすでに前のような関係には戻れない。「遊び」の時間は終わってしまったのだ。辺りは暗くなり、男はもうこれ以上女性と一緒にいられないと考え、「帰る」と行って去って行く。女性は暗い夜道を一人で歩く。どうやら宿も確保していないようだ。色とりどりの光の電飾が遠くに見え、女性の手元の携帯の光が突然消えて闇になる。そして休業しているガソリンスタンドに入って携帯の充電を借りて座っているうちに、女性は寝入ってしまうのだ。男は自宅に戻り、今日の出来事を日記に書く。翌朝、女性はガソリンスタンドに居着いている犬の散歩をし、電車に乗って帰る。そして電車の窓から、昨日の男性が川に入って彼女の石を探しているところを見るのだ。男性は彼女が持っていた丸い石らしきものを探し当てたようなところで映画は終わる。

こんな風に映画の物語を書いたところでなんの意味も無い。さしたる物語がないということが分かるだけだ。しかし、ささやかな出会いと別れのドラマはあるのだ。川を渡って出会った二人。そして目的のないままに石遊びに興じ、目的が出来たことで逆に「遊び」の時間が終わってしまう。電車で町を去って行く女性と、目的を一人で果たそうとする男性。電車の窓、鉄橋の上から川を見下ろす女性の視線。一人で川の石を探し、視線を下に向け続ける男性。もう交わらない視線のドラマがある。石は何を意味しているのか?川とは?橋とはなんなのか?と考えをめぐらすのも面白い。ゆっくりとしたロングショットのカメラワークと、男と女が行き止まって言葉をぶつけ合うカットの切り返し。弛緩した時間と空間のなかで、人と人が関わり合う何かを感じさせてくれる奇妙な映画である。


2022年製作/104分/日本
配給:inasato

監督・脚本:太田達成
プロデューサー:田中佐知彦、木村孔太郎
撮影:深谷祐次
録音:坂元就
整音:黄永昌
編集:大川景子
音楽:王舟
助監督:清原惟
キャスト:小川あん、加納土、稲垣創太、稲垣裕太、秀、瀬戸山晃輔、山下光琉、五頭岳夫、チャコ

いいなと思ったら応援しよう!

ヒデヨシ(Yasuo Kunisada 国貞泰生)
よろしければ応援お願いします!

この記事が参加している募集