見出し画像

『帰れない二人』ジャ・ジャンクー監督の変わりゆく中国での壮大なメロドラマ

画像(C)2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France Cinema

中国の名匠ジャ・ジャンクーは好きで結構観ている。この作品は、彼の最も新しい2018年製作の作品。ジャ・ジャンクーのミューズ、チャオ・タオがいつものように出ていて、気の強い女を演じていて見応えがある。17年にわたる男女の壮大なメロドラマである。

山西省の炭鉱町・大同(ダートン)。炭鉱は廃れていくが、2001年、北京五輪開催決定などで活気づいている大同で、渡世人と翻訳されているがヤクザな男ビン(リャオ・ファン)とその恋人チャオ(チャオ・タオ)は、雀荘や娯楽施設を経営するなど地元で金と権力を持ち、クラブで「Y.M.C.A.」を踊ったりしながら華やかな生活をしている。当時の流行歌「CHA CHA CHA」に合わせて社交ダンスを踊ったりする男女も登場する。華やかな賑わいのダンスシーンは、『山河ノスタルジア』でも『世界』でもジャ・ジャンクーはお得意だ。

そんな煌びやかな生活が一転、ビンは新興ヤクザ勢力のチンピラに路上で殺されかけ、持っていたピストルをチャオが空に向けて発砲することで、彼は一命を取り留める。チャオは、ビンの拳銃であることを言わず、自分が罪をかぶることで刑期が5年になる。しかし、2006年彼女が出所しても先に刑期を終えたはずのビンは迎えに来ず、チャオは三峡ダムによって失われる街・奉節(フォンジェ)へビンを訪ねる。『長江哀歌』では、この水底に沈む街・奉節が舞台となっていた。長江を渡る船の船室で、チャオは同室の女に金を盗まれたりもする。だがチャオはしたたかな女だ。結婚式の招待客のフリして食事を勝手に食べ、レストランの個室で大家族で盛り上がっているような男を呼び出し、「妹が流産した」と姉のフリをして知らない男から金を騙し取るのだ。さらにチャオは乗せてもらったバイクの男にセックスを誘われた隙に、そのバイクの盗んで乗っていってしまう。ようやくビンを訪ねると、彼にはすでに新たな恋人がいた。

5年ぶりに再会した夜の船着き場で、目線を合わせないで会話する二人。さら宿の一室で、長い長いワンカットの二人芝居が見応えがある。ベッドの隣に座ったり、窓の方へビンが行くとその背中に声をかけるチャオ、さらにビンの移動とフレームアウト、チャオの振り返りがあり、ベッドで座って話す二人。そして厄落としのためにビンが盥の上で紙を燃やして、チャオがその火を跨ぐ儀式のようなことをする。「この手が命を救ってくれた」とビンはチャオの左手を握るが、チャオは「銃を撃ったのは右手。左手じゃない」と言う。それがすべてワンカット。5年の間にすれ違ってしまった二人の取り戻せない時間と距離がせつない。

チャオは夜行列車で乗り合わせた男と新疆のウルムチに向かうが、途中の駅で男を置き去りにして降りると、夜空にUFOの光に包まれる不思議なシーンがある。男はでまかせの嘘でUFO観光ツアーのビジネスの話をしていたが、宇宙やUFOにジャ・ジャンクーは興味があるようだ。『長江哀歌』でもUFOの光や廃墟となったビルがロケットのように空に向かって飛び立つ幻想的な場面が描かれていた。経済成長を遂げた中国の時代の大きな変化は、宇宙へのイメージまで広がっていくのか。

最後は再び故郷の大同、2017年になっている。チャオはかつての雀荘を仕切っている。そこへ病気で歩けなくなった車椅子姿のビンが助けを求めにやって来る。「渡世に義理はつきもの」とビンの面倒を見るチャオ。かつて渡世人だったビンの代わりに、チャオが渡世人になっている。火山が遠くに見える広大な大地で、車椅子のビンを押すチャオの姿が、かつて銃の撃ち方を教えてもらったビンとチャオの二人の姿と逆転して重なる。炭鉱も、拳銃も、かつての火は消え去り、監視カメラの映像が最後にチャオを寂しく捉える。


2018年製作/135分/G/中国・フランス合作
原題または英題:江湖儿女 Ash Is Purest White
配給:ビターズ・エンド

監督・脚本:ジャ・ジャンクー
プロデューサー:市山尚三
製作総指揮:レン・チョンルン、ジャ・ジャンクー、ドン・ピン、ナタナエル・カルミッツ、エリーシャ・カルミッツ、ワン・チョンジュン、リュウ・シーユー、チュウ・ウェイチエ、ヤン・ジンソン
撮影:エリック・ゴーティエ
美術:リュウ・ウェイシン
編集:マチュー・ラクラウ、リン・シュウドン
音楽:リン・チャン
キャスト:チャオ・タオ、リャオ・ファン、シュー・ジェン、キャスパー・リャン、フォン・シャオガン、ディアオ・イーナン、チャン・イーバイ、ディン・ジャーリー、チャン・イー、ドン・ズージェン

この記事が参加している募集