映画『川っぺりムコリッタ』生と死のあわいをユーモラスに描く佳作
©︎2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会
荻上直子が2019年に発表したオリジナル長編小説を、自身の脚本・監督で映画化。『かもめ食堂』から『めがね』、『トイレット』など、独特の世界観で奇妙なおかしみのある人間たちを描いてきた荻上直子監督。この作品も軽い感じのペーソスとユーモア溢れる人間喜劇なのかと思ったら、日本人の死生観も感じられる生と死の深遠なテーマを含んだ味のある佳作だった。
生きること、食べること、死を食らうこと、死ぬこと、死んだ後のこと、骨になること、魂、幽霊、宇宙、自然・・・など、いろんなことが描かれている。安アパートに住む住人たちの貧しき生活の物語。主役の松山ケンイチは、詐欺罪で服役した後に塩辛工場で働いている孤独な青年。アパートに越してきた時、隣の住人であるムロツヨシがいきなり「風呂を貸してくれ」と図々しく家に上がり込もうとする。友達もなく、他者と距離を取ってきた松山ケンイチは、そんな侵入を一度は拒否するのだが、金がなくなり、家庭菜園で野菜を差し入れしてくれるムロツヨシの強引さに負け、風呂を貸し、一緒に食事をするようになる。「食事は誰かと一緒に食べる方がうまいからね」と微笑むムロツヨシ。家庭菜園を一緒に手伝い、ぬか漬け野菜を食べ、工場でもらってきた塩辛と炊きたてのご飯と味噌汁。そんなシンプルな食事を日々一緒に取るようになる。食べるという行為が何度も出てくる。隣の墓石を売り歩いている吉岡秀隆とその息子がある日、墓が金持ちに売れて豪勢にすき焼きを食べていた。その美味しそうな匂いにつられて、ムロツヨシも松山ケンイチも、アパートの大家である満島ひかりとその娘も、箸と茶碗を持って吉岡秀隆の家に集まってくる。お互い様の相互扶助。やや強引とも言えるムロツヨシのキャラクターによって、そんな貧しき住人たちの不思議な共同体が成立していく。
また、松山ケンイチは、彼の父親が孤独死して何週間も放置され、アパートで発見されたという連絡を市役所からもらう。小さいとき離婚して、何年も会っていない他人のような父の骨。父が所持していた携帯電話の履歴から、「いのちの相談室」に電話していたことを知る息子。父の孤独な人生を想像しつつ、父の遺骨を持て余す松山ケンイチ。夜に遺骨が月明かりを浴びて光り、不気味で眠れない。思わず遺骨を捨てようとするが、遺骨を勝手にそのへんに捨てると犯罪になる。しかし粉々に砕いて捨てると罪には問われないらしい。地震がきて、遺骨は床に転がってバラバラになる。塩辛の壺に入れる遺骨。松山ケンイチは遺骨を石で粉々に砕く。
塩辛工場のグロテスクに切り取られるイカたち。たくさんのイカの目。そして孤独死をして腐った父親の遺体。塩辛を食べるムロツヨシは、躊躇する。死と食べることがそのままつながっている。アパートの大家である満島ひかりは、親から譲り受けたこのアパートを管理しているシングルマザーで、亡くなったご主人の骨を囓る場面がある。中原中也の「骨」という詩を思い出す。「ホラホラ、これが僕の骨だ」。白い骨をポリっと齧る。そして自分の股間に骨をこすりつけて自慰する場面もある。食べること=死=骨=性までつながっている。
風船ガムをいつも噛んでいる不思議な寺の坊主が出てきたり、花に水をやる死んだはずのアパートの住人のおばさんが幽霊として現れたり、宇宙と交信する少女や、ゴミ捨て場に棄てられた電話機に電話がかかってきたり、不思議なことが淡々と描かれていく。
ここには西洋の一神教的な宗教観はない。死んで放置され市役所に保管されている無縁仏の遺骨の数々。花火と一緒に空に舞い上がる散骨の話。金魚の魂が空に舞い上がるところを見たという相談室の女性(薬師丸ひろ子)の話。死も死後の魂も骨も、生とともにある。自然と共にある。生と死の境界はないかのごとく、同じ空間に共にある。そんな世界観がこの不思議な映画で描かれている。
ムコリッタ(牟呼栗多)とは、仏教における時間の単位のひとつで、1日(24時間)の1/30、48分を意味する言葉だそうだ。最短の時間単位が「刹那」で、『せつな たせつな ろうばく むこりった 』という仏教の時間単位の言葉が呪文のようにつぶやかれる。生と死の境目、生と死のあわい。台風が来ると増水して川っぺりのホームレスたちは流されてしまう。川という場所は、まさに生と死の境目である。夕焼けに染まる昼と夜の境目。魂が空に舞い上がるようなとき。死者の気配を感じながら、生きていくことの意味と時間の刹那をユーモラスな味わいで描いた映画だ。
元たまのミュージシャン知久寿焼がパスカルズとして音楽を担当し、出演もしている。
2021年製作/120分/G/日本
配給:KADOKAWA
監督・原作・脚本:荻上直子
企画プロデュース:水上繁雄 飯田雅裕
プロデューサー:野副亮子 永井拓郎 堀慎太郎
撮影:安藤広樹
照明:重黒木誠
録音:池田雅樹
美術:富田麻友美
編集:普嶋信一
音楽:パスカルズ
テーマ曲:知久寿焼
フードスタイリスト:飯島奈美
キャスト:松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、緒形直人、吉岡秀隆、江口のりこ、黒田大輔、知久寿焼、田根楽子、山野海、北村光授、松島羽那、田中美佐子、柄本佑、薬師丸ひろ子、笹野高史