
『オフィサー・アンド・スパイ』史実を冷静な距離感で描くロマン・ポランスキー監督~
画像(C)2019-LEGENDAIRE-R.P.PRODUCTIONS-GAUMONT-FRANCE2CINEMA-FRANCE3CINEMA-ELISEO CINEMA-RAICINEMA
1894年フランスで実際に起きた冤罪事件“ドレフュス事件”を映画化した歴史サスペンス。ユダヤ人差別からユダヤ系フランス人であるフランス陸軍砲兵大尉のドレフュスが、ドイツに軍事機密を漏洩したスパイ容疑で終身刑を言い渡された。原題J'accuseは、「私は弾劾する」と文豪エミール・ゾラがフランス大統領フェリックス・フォールに宛てにドレフュス事件のことを抗議して新聞に掲載された公開状から取られている。
エッフェル塔が遠くに見える広場で、ドレフュス(ルイ・ガレル)が軍籍を剥奪される場面から始まる。軍の胸章を剥がされ、剣が折られる。まわりには野次馬たちが「裏切り者」と叫ぶ。ユダヤ人差別の空気が巷に広がっていることを示す。この映画で広がりのある空間が描かれるのは、この広場とドレフュスが収監されたギアナ沖の監獄島・悪魔島の広い海、あとピカール中佐(ジャン・デュジャルダン)が友人たちと過ごすルノワールやマネの絵画のように美しい光あふれた草の上のピクニックシーンと真犯人エステラジーにピカールたちが会いに行くキャバレー、ロートレックのムーランルージュの絵画のように踊り子たちが描かれている場面くらいだ。ピカール中佐がフランス陸軍情報部の部長をやることになり案内された場所は、外見は空き家のようで薄暗く、受付の男は居眠りし、ピカール中佐の部屋は窓も開けられない建物だ。窓はその後もピカールが開けようとするが開けられない。この映画はほとんど全編、この薄暗い建物の中など室内で展開する。密室の中で偽造文書は作られ、冤罪がでっち上げられた。告発者もまた幽閉される。この映画でもロマン・ポランスキーは閉ざされた空間を意識して映像を作っている。後半の別の建物で窓が開け放たれる場面があるが、すぐに弁護士の射殺事件が起こり、開放感の希望はすぐに潰され閉ざされていく。
ピカール中佐の冷静さが印象深い。反ユダヤ主義者でもあるピカールとドレフュストとは、士官学校時代の教官と学生の関係で、ドレフェスがユダヤ人であることと成績は別のことだとキッパリと彼にも告げている。ピカール中佐は、ドイツ大使館の掃除婦から入手した電報からスパイ容疑でエステラジーを調べていくうちに、彼の異動を願い出る手紙の筆跡とドレフュス事件の証拠となった密書の筆跡が同じであることを突き止める。筆跡鑑定でもハッキリと同じ筆跡だと分かったピカールは、ドレフュスの無罪を確信するのだが、軍の上層部は「ドレフュス事件は終わったことだ」と隠蔽しようとする。将軍が「君も反ユダヤ主義者だったはずだ。なぜそこまでして庇う?」とピカールに問うと、「無実だからです」と彼は言うだけだ。
ピカール自身の女性問題、人妻であるポリーヌ夫人(エマニュエル・セニエ)との関係まで暴露され、ピカールはチュニジアの奥地へと左遷される。ユダヤ人を擁護し、軍の決定を覆そうとすることで、ますます追い詰められていくピカールだったが、友人やドレフュスの兄、作家エミール・ゾラなどの協力者も現れ、ピカールが刑務所に収監されるときに、ゾラの「J'accuse 私は弾劾する」という公開状が新聞記事になる。ドレフュス再審の声も高まり出すが、裁判ではピカールの有罪判決が出され、ドレフェス再審の準備をしていた弁護士も何者かに射殺される。結局、ドレフュスの潔白は証明できないまま有罪判決がおり、1899年9月19日、大統領の特赦によりドレフュスは悪魔島より釈放されることになる。さらにその後、ドレフュスの無罪が確定し、彼は軍に復帰した。ピカールは一時収監されたが、その後昇格して高官まで出世した。軍に復帰したドレフュスが、無罪の罪で投獄された期間を考慮して昇格をピカールに願い出るが、あっさり却下される。ピカールとドレフュスはその後二度と会うことはなかったという。
赤い帽子と赤い襟、赤いパンツと黒の金ボタンなどのコントラストが美しいフランス陸軍の軍服姿の男たちがほとんどの画面を占めている。だからこそ、軍の胸章を剥ぎ取られ、軍服を着られなくなるドレフュスの悲劇が明確になる。そしてピカール中佐は、陸軍の体制、権力に抗ったヒーローと言うよりも、「事実に忠実であった」人間にすぎないという描かれ方だ。ドレフュスも悲劇の主人公として共感できるように描いているのではなく、ピカールに感謝するだけではなく昇格していないことの文句も言うし、淡々と描かれているだけだ。ピカール中佐とアンリ少佐との剣の決闘シーンも驚いた。まだそういうことをやっていたんですね。ユダヤ人としての苦しみを味わったロマン・ポランスキーの静かな怒りが垣間見える見応えのある映画でした。
2019年製作/131分/G/フランス・イタリア合作
原題または英題:J'accuse
配給:ロングライド
監督:ロマン・ポランスキー
製作:アラン・ゴールドマン
脚本:ロバート・ハリス、ロマン・ポランスキー
撮影:パベウ・エデルマン
美術:ジャン・ラバッセ
衣装:パスカリーヌ・シャバンヌ
編集:エルベ・ド・ルーズ
音楽:アレクサンドル・デスプラ
キャスト:ジャン・デュジャルダン、ルイ・ガレル、エマニュエル・セニエ、グレゴリー・ガドゥボワ、メルビル・プポー、マチュー・アマルリック、アンドレ・マルコン
いいなと思ったら応援しよう!
