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『オッペンハイマー』クリストファー・ノーラン~人物の顔を中心に描く科学者の苦悩~

画像(C)Universal Pictures. All Rights Reserved.

第96回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィ)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞した話題作。日本でもヒットした。2006年ピュリッツァー賞を受賞した、カイ・バードとマーティン・J・シャーウィンによるノンフィクション「『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」が原作。

それにしても長い。3時間である。しかも人物の顔が中心、ほとんどバストショットの顔が次から次へと様々な人物が出てくるため、一度観ただけでは理解しづらい。そしてものすごいテンポで会話は交わされ、ロバート・オッペンハイマーの人生が語られていく。しかも、クリストファー・ノーランお得意の時間を巧み前後させ構成させて展開していく。

1954年にソ連のスパイ容疑をかけられたオッペンハイマー(キリアン・マーフィー)の聴聞会のシーンが映し出される。「プロメテウスは神々から火を盗み、人類に与えたために、岩に縛られ永遠に拷問された」という字幕と核爆発の炎をイメージしているオッペンハイマーの顔のドアップから始まる。「1,核分裂」と表示されるパートだ。カラーで描かれるパートは、オッペンハイマーの聴聞会の様子を軸に、彼の主観的な振り返りによる過去の半生だ。イギリスでの留学時代、教授への殺意、様々な出会い、恋愛と結婚、核開発の研究の過程やロスアラモス研究所、トリニティ実験の成功などが描かれていく。そして「2.核融合」と表示されるモノクロ画面のパートでは、水爆開発をめぐってオッペンハイマーと対立するルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr)の1959年に開かれた商務長官就任をめぐる公聴会の様子が描かれる。オッペンハイマーについて、ストローズの視点から語られていくのだ。このモノクロ映像が彼の半生を描く途中にいきなり何度も挿入されていくのでややこしい。しかもストローズのモノクロの回想もあるので時間が行ったり来たりして混乱する。そしていろんな人物が次々と登場するのだ。聴聞会や公聴会の座りショットはスーツ姿の顔が中心なので、余計に理解しづらい。そんな混乱する観客のことなど気にせず、クリストファー・ノーランはどんどん物語を進めていく。

オッペンハイマーがアインシュタイン(トム・コンティ)と池のほとりで何やら会話をする場面が描かれる。ストローズは、自分への悪口を言っていたのだろうと邪推するが、ラストでその会話の内容が明らかにされる。科学者の研究とそれを利用しようとする国家との関係がアインシュタインによって忠告される。栄誉や賞賛は国家のためのものだ、と。物理学者のエドワード・テラー(ベニー・サフディ)が、「熱核反応の連鎖反応によって大気に引火する」可能性をあると、マンハッタン計画の初期に指摘した。原爆によって地球そのものが破壊される危険を示したテラーの数式を、オッペンハイマーはアインシュタインに相談に行くシーンがある。結局、その可能性の数式は「ほとんどゼロ」だということで、原爆開発は推し進められていくのだが、ラストでオッペンハイマーはアインシュタインに言ったことが明らかになる。「我々は破壊した」と。

この映画は科学者として原子爆弾を開発する研究への知的好奇心と、それが実際に戦争で使われたことによって道義的に苦悩する科学者の姿が描かれる。「原爆の父」として賞賛された英雄、そして水爆開発に反対し、冷戦、赤狩りの時代を通じて追い詰められていく栄光と転落。原爆実験の成功と日本への投下と戦争の終結で終りじゃないところが、クリストファー・ノーランの本作を作った意図かと思われる。科学の研究、テクノロジーの開発とその危険性、リスク。いつの時代でもつきまとう科学の進歩と矛盾する問題である。オッペンハイマーは、原爆開発の研究の途中、何度も「ナチスよりも早く」と言う。ユダヤ人でもある彼は「反ナチズム」の考えが強く、結局は国家間の開発競争に巻き込まれていたということである。アメリカ政府は「ナチズム」から「共産主義」へと脅威であり倒すべき「敵」が変わっていったことによって、考え方も変わっていく。そういう国家戦略の流れに翻弄されていく個人がいつの時代でもいるということだ。

人間たちの顔を中心に描いた本作は、動きのある映像に乏しい。イメージや幻影は何回か出てくるが、単調さは否めない。日本への原爆投下の映像があるないなどはどうでもいいことで、役者たちの力量を中心に動かないで多層的な語り中心に彼の人生を描いたところが好き嫌いが分かれるところであろう。私は少し物足りなく感じた。


2023年製作/180分/R15+/アメリカ
原題または英題:Oppenheimer
配給:ビターズ・エンド

監督・脚本:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローベン、クリストファー・ノーラン
製作総指揮:J・デビッド・ワーゴ、ジェームズ・ウッズ、トーマス・ヘイスリップ
原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン
撮影:ホイテ・バン・ホイテマ
美術:ルース・デ・ヨンク
衣装:エレン・マイロニック
編集:ジェニファー・レイム
音楽:ルドウィグ・ゴランソン
視覚効果監修:アンドリュー・ジャクソン
キャスト:キリアン・マーフィ、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー、ディラン・アーノルド、デビッド・クラムホルツ、マシュー・モディーン、ジェファーソン・ホール、デベニー・サフディ、デビッド・ダストマルチャン、トム・コンティ、グスタフ・スカルスガルド、マイケル・アンガラノ、デイン・デハーン、オールデン・エアエンライク、ジェイソン・クラーク、ゲイリー・オールドマン

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