繰り返される岩井俊二ワールド『キリエのうた』
画像(C)2023 Kyrie Film Band
岩井俊二の2023年の新作。3時間近い作品とあって、劇場まで観に行かなかった。スルーしてしまった。岩井俊二は同時代の映像作家で、それなりに映像が好きだし、編集・音楽・リズムも含めて惹かれるものもあってこれまで見続けてきた。しかし、結局『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』や『花とアリス』のロマンチックな少女趣味と思春期の疼き、そして『Love Letter』の幻想ファンタジー的世界を同じように繰り返し撮り続けている感じがする。今回は明らかにアイナ・ジ・エンドの歌唱の魅力に負うところが大きい音楽映画である。それは『スワロウテイル』や『リリイ・シュシュのすべて』などの音楽に生きる力をもらう映画たちともつながる。ただ全編、音楽を入れ続けており、その過剰さはやや辟易する。アイナ・ジ・エンドの歌は確かにいいし、魅力的なのだが、こんなに使わなくてもいいだろうという気がした。それに、小さい頃にバレエを踊っていたという設定はまたしても繰り返し使われ、少女がバレエを踊る仕草を何度か見せるし、アイナ・ジ・エンドもまた歌いながら浜辺で舞う。音楽とバレエ・ダンスと組み合わせた少女、女性たちの物語という意味では、これまでと同じなのだ。
一面の雪原の中で戯れる二人の少女(『Love letter』の雪原を思い出す)。雪の中に仰向けに倒れる二人。これは女性二人がお互いを支え合う物語であることが示される。歌うことでしか声を出せないキリエ(アイナ・ジ・エンド)という路上ミュージシャンと東京で出会う青い髪の奇妙な女イッコ(広瀬すず)が描かれ、時間は前後を繰り返しながら人物関係を浮き彫りしていく。キリエは路花(ルカ)という名前で、イッコは真緒里という名前でいたときに、かつて二人は出会っていた。大学受験を目指す真緒里の家庭教師をしていた夏彦(松村北斗)の妹ルカとして。しかし、夏彦(松村北斗)には、キリエという婚約者(アンナ・ジ・エンドが二役演じている)がかつていて、東日本大震災で行方不明になってしまったという過去が明らかにされる。ルカは婚約者キリエの妹でしかなく、夏彦の本当の妹ではないのだ。死んでしまった姉を妹が同じ名前キリエとして成り代わるという設定は、『Love Letter』の「藤井樹」の二重性とも共通する。震災で両親や姉を失い一人になった少女ルカは、婚約者の夏彦が住む大阪までやってきて、小学校の先生であるフミ(黒木華)に保護される。そんな大阪、帯広、石巻の過去の物語が自在に挿入されつつ、現在の東京のイッコとキリエの時間が描かれていく。やがてイッコが結婚詐欺で多額の金を男たちから騙し取っていたことが明らかになり、行方不明になる。イッコが不在の間に、路上ライブでのキリエの存在は話題になり、プロモーターの北村有起哉が近づいてきたり、路上ミュージシャンたちの仲間も増えてくる。そしてイッコが再びキリエの前に現れる・・・。
3時間近い長い物語は、キリエと夏彦、ルカ(キリエ)と真緒里と夏彦、キリエ(ルカ)とイッコ(真緒里)のそれぞれの時間、そして13年間の人生のそれぞれの物語を丁寧に膨らませていく。飽きはしないのだが、使われている音楽同様に描きすぎなのではないかと思う。ちょっとクドいのだ。多分、登場人物たちに作り手の感情移入がされ過ぎているのだろう。
ラストの野外ライブを阻止する警察の中で歌い続けるというのもなんだかチープな設定だし、イッコの結婚詐欺というのも取って付けたような感じで、男に突然刺されるラストもまた違和感がある。キリエとイッコという女性二人が寄り添う物語は、そのまま「花とアリス」の二人の物語と重なっているようで、結局のところ、岩井俊二は同じ映画を作り続けているのだ。
2023年製作/178分/G/日本
配給:東映
監督・原作・脚本:岩井俊二
企画・プロデュース:紀伊宗之
音楽:小林武史
主題歌:Kyrie
キャスト:アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木華、広瀬すず、村上虹郎、松浦祐也、笠原秀幸、粗品、矢山花、七尾旅人、ロバート・キャンベル、大塚愛、安藤裕子、鈴木慶一、水越けいこ、江口洋介、吉瀬美智子、樋口真嗣、奥菜恵、浅田美代子、石井竜也、豊原功補、松本まりか、北村有起哉、武尊