『台北暮色』ホアン・シー~ホウ・シャオシェンを受け継ぐ台湾新世代
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台湾映画はわりと好きなものが多い。台湾に行ったことがある人なら分かると思うのだが、台湾にはどこか昔の日本にあったような懐かしさ、郷愁を感じるのだ。この映画でも、路地裏でおじさんたちが将棋を指していたりお茶を飲んだりして、家の中と外の中間領域のような曖昧な場所があるのだ。近代化、都市化の波と人々の孤立化が背景にあるものの、まだゆるりとしたコミュニティが残っているような気がする。台湾映画の魅力には、偉大な映画監督ホウ・シャオシェンとエドワード・ヤンがいることも大きいだろう。ホウ・シャオシェンの『恋愛風塵』は大好きだし、エドワード・ヤンは『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』や『ヤンヤン 夏の想い出』や『台北ストーリー』など、どの作品も傑作ばかりだ。その『台北ストーリー』にちなんで、この日本語タイトル『台北暮色』はつけられたのだろう。私は、この作品をホウ・シャオセンの監督作品だと勘違いして見始めたのだが、ホウ・シャオシェンの現場で映画を学んできた女性監督、ホアン・シーのデビュー作品だそうだ。ホウ・シャオセンは製作総指揮をつとめている。
夜の台北の街が美しい。明るいレンズで台北に暮らす市井の人々の暮らしをカメラは映し出す。主な登場人物は3人だ。最初、車がエンストして動かなくなるフォン(クー・ユールン)の姿が映し出される。彼はその車で暮らしている彷徨える男のようで、便利屋のような仕事をしている。そして地下鉄に乗るリー(ホァン・ユエン)という少年が映り、同じ地下鉄内のでシュー(リマ・ジタン)という若い女性に声をかける。彼女が持っている空気穴の開いた箱には、「鳥が入っているんだろう」と彼は聞く。彼女はそれを否定して、地下鉄を降りて夜道を歩き出す。ついて行くリーだが、どうやら同じアパートで暮らしている顔見知りの女性だということが分かる。少年リーは、なにか障害を持っているらしく、すぐに何でも忘れてしまう。母親からメモをいつも渡されるのだが、それもイヤなようだ。リーの部屋の中は電飾が光っており、ちょっと不思議な空間だ。リマ・ジタン演じるシューは、目を引く美人で脚もスラッとしており、彼女の魅力がこの映画を引っ張っていく。鳥を家の中で何羽も飼っていて、鳥籠から出してインコを可愛がっている。このフォン、リー、シューを中心に、日々の生活が描かれるのだが、特別な葛藤のドラマは起きない。
シューの携帯電話には、なぜだか「ジョニーはいますか?」という間違い電話が何度もかかってくる。ジョニーの妻や友人から。しかし、シューにはジョニーという男についての心当たりはない。映画では結局、そのジョニーが何者なのかを明らかにしない。(「Missing Johnny」は映画の原題になっている)。シューには彼氏がいて泊まりに来るのだが、鳥はあまり好きではなく、二人の仲もあまりうまくいってない。経済的な援助をこの恋人にしてもらっているようだが、その関係も限界に来ている。さらに、後に彼女自身の告白で、7歳の娘がいて香港で暮らしていることが分かる。子供と離ればなれで暮らしている孤独。男に依存して暮らしつつ、そこから踏み出せない現実。一方、フォンは小さいとき両親が離婚して、両親から「どっちを選ぶ」と聞かれ、好きではない「母親を選ぶしかなかった」という告白をする。またフォンは高校時代の恩師の家庭で食事したりしているのだが、そこでの親子関係もケンカが始まり価値観の違いが浮き彫りになる。リーは新聞の切り抜き記事を朗読して、録音してそれを聴いたりする。いつも心配そうな母親と母親に分かってもらえないリーの孤独。兄が不在なようだが詳細は分からない。リーが高架下の水たまりを自転車でぐるぐると回るシーンがある。雨や水たまり、川べりの自然豊かな緑が印象的に描かれる。高架の上を走る電車とその下で傘を持って佇むリー少年のロングも印象的だ。
シューの飼っている鳥が逃げてしまう。フォンとリーが屋根にハシゴをかけて探そうとすることで、3人は出会う。人形劇の音楽が街中から聞こえてくる。フォンとシューは何度か会話を交わすうちに親しくなり、お互いに身の上の秘密を夜のコンビニの前で語り合う。そして歩道橋のようなところを二人で夜に走る場面が印象的だ。この映画は、誰かを失って孤独のうちに生きているものたち、その行き詰まりが描かれている。そして誰か(家族)を探しているのかもしれない。間違い電話のジョニーのように。ジョニーはどこにもいないのだが、そんな誰か(理想の家族)を求めて街(台北)を彷徨っている。娘に電話をして、夕暮れを街を見ながら佇むシュー。彼女の肩には飛べないように鎖で繋がれたインコがいる。どこかに飛んでいきたくても飛んでいけないジレンマ。最後にフォンの車が高速道路でエンストして再び動けなくなり、一緒に乗っていたシューとフォンは車を押そうとするがうまくいかない。高速道路の街の夕暮れのロングショットで映画は終わる。
豊かな自然が残る緑や昔ながらの大家族で暮らす人々と高速道路などで近代化された都市と孤独。そんな台北の街を映像で切り取ることに主眼があり、台北に生きるそれぞれのエピソードがその街に彩りを添える。静かだが心地よい映画だった。
2017年製作/107分/台湾
原題:強尼・凱克 Missing Johnny
配給:A PEOPLE CINEMA
監督:ホアン・シー
製作総指揮:ホウ・シャオシェン
キャスト:リマ・ジタン、クー・ユールン、ホアン・ユエン