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ポスト・ヌーヴェルヴァーグ恋愛映画『ママと娼婦』 ジャン・ユスターシュ監督が身を削るようにして作った恋愛ドキュメント
ポスト・ヌーヴエルバーグの旗手、伝説の映画作家、ジャン・ユスターシュの長編第1作。実体験を基にした三角関係を、16ミリモノクロ撮影でじっくりと長回しで描いた3時間39分の長編。カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリと国際映画批評家連盟賞を受賞。とにかく長い。ジャン・ユスターシュ自身を体現した役をジャン=ピエール・レオが演じており、とにかくよく喋る。どうでもいいような男女の会話が、カフェで、部屋で、延々と続く。かと思えば部屋でレコードを聴く姿が延々と映し出される。生々しい男女の三角関係がそのままドキュメンタリーのように描かれる。
「ここ数年 世界情勢はすべて僕に向かってた。文化大革命があった。五月革命。ローリングストーンズ。長髪。ブラック・パンサー。アングラ・・・。最近は何もない。そうだろ?モードも映画も、ろくなものがない。」
仕事をしてないモラトリアム的な青年アレクサンドル(ジャン=ピエール・レオ)は、ブティックを経営している年上の女性マリー(ベルナデット・ラフォン)の部屋で暮らしている。ある日、アレクサンドルは、元恋人ジルベルト(イザベル・ベンガルテン)に愛を告白して結婚を迫るが、あっさりフラれてしまう。その後、カフェでナンパした看護師のヴェロニカ(フランソワーズ・ルブラン)から電話番号を聞き出し、デートの約束を取り付ける。しかし、彼女にもすっぽかされるのだが、何度か会ううちにヴェロニカと親しくなっていく。一緒に暮らしているマリーがママ(La maman )で、看護師のヴエロニカが娼婦(la putain)ということだろうが、優しいがどっちつかずのアレクサンドルはそんな二人の女性に依存している。その優柔不断な姿にちょっとイライラする。パリの五月革命後の時代の空気、虚無感が描かれているようだ。
アレクサンドルはヴエロニカとカフェを巡り、水辺で夜を過ごし、家まで送るデート繰り返していたが、次第に金もなくなり、マリーの家にヴェロニカを連れてくる。そしてマリーがロンドンに出張していない部屋で、二人はセックスをする。帰ってきてマリーは怒るのだが、いつのまにか3人で裸で寝るような関係になっていく。誰とでもセックスをしてきたヴエロニカは、初めて男を好きになるのだが、その男は別の女と暮らしているという訳だ。
奇妙な3人の生活。酒を飲んでレコードを音楽を聞いて、眠る。3人で裸で寝ていて、ヴェロニカがアレクサンドルにセックスを求め二人が始めると、マリーが自殺しようとする場面がある。3人の関係は次第にどうしようもないところまで行き詰る。酒とタバコばかりのヴェロニカは、「これまで求められるままにセックスに応えてきたが、私は娼婦ではない。セックスが好きなだけ。だけど虚しい。赤ちゃんを作るセックスだけが愛だ」と涙ながらに延々と語る長回しがある。優柔不断なアレクサンドルを二人の女性が愛しており、男は言われるがまま強い意志がない。人生の目的もなければ、社会に関わろうともしない。生活している女性たちの方が強いのだ。アレクサンドルの空疎な無駄話は次第になくなり、今度はヴエロニカが喋り出す。経済的な基盤を持っていて、アレクサンドルを養っているような年上のマリーと、性を求めつつ虚無を感じ続け、寂しさを抱えているヴェロニカ。そんな二人の女性の姿が印象的だ。
最後はヴエロニカが部屋を出ていき、アレクサンドルが送っていく。マリーは一人部屋に残り、エディット・ピアフのレコードを聴く場面が延々と映し出される。ヴエロニカは家までついてきたアレクサンドルに悪態をつき、ゲラゲラと笑い出す。自分は妊娠している、最低で吐きそうだと言う。そんなヴエロニカにアレクサンドルは「結婚してくれ」と告げ、「結婚するなら洗面器をとって」と言って映画は終わる。
ベルナデット・ラフォンの演じたマリーの実在するモデル、カトリーヌ・ガルニエは本作の衣裳デザインを担当していたが、この映画のラッシュフィルムを観て絶望のあまり自殺したそうだ。そしてジャン・ユスターシュは43歳の誕生日の数週間前にパリの自室でピストル自殺した。なんとも赤裸々な自分の姿を映像に晒し、監督自らが身を削るようにして作った恋愛ドキュメントのような映画だ。
1973年製作/219分/フランス
原題:La maman et la putain
配給:コピアポア・フィルム
監督:ジャン・ユスターシュ
製作: ピエール・コトレル
脚本:ジャン・ユスターシュ
撮影:ピエール・ロム
編集:ジャン・ユスターシュ、デニス・デ・カサビアンカ
キャスト:ベルナデット・ラフォン、ジャン=ピエール・レオ、フランソワーズ・ルブラン、イザベル・ベンガルテン、ジャック・レナール、ジャン=ノエル・ピック、ジャン・ドゥーシェ、ジャン・ユスターシュ
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